第19小節目:『私小節』
「うん、やっぱり……すっごくいい曲!」
弾き語りとは別で用意していたアレンジバージョンを何度か聞いた後、バンドで一曲通すと、市川がこちらを振り向いて笑う。とびきりの笑顔が眩しい。
「いや、市川さん、
「え、どこかな?」
「冒頭からちょっとおかしいっていうか……ねえ、ゆりすけ」
「んーそこはまだ仕方ないけど、あたしが気になったのはむしろアクセントかな」
「アクセント!?」
アクセントに手こずる市川(悪戦苦闘とは言わない)と、やんややんや言っている
昨日の解散宣言からこれまでこの世の終わりみたいな空気が嘘みたいに、おれたちはamaneのスタ練(スタジオ練習)をしている。
悪夢を見ていただけなんじゃないかと思ったりするが、あれが夢だったとしたら生まれてなかった曲を今演奏したばかりだ。
「この曲初めて歌うんだよ!? 2人とも厳しくない!?」
「ライブまでに仕上げないといけないんだからそりゃそうでしょ」
「さこはすの言う通りだよ、むしろ今回のライブがそれでいいって思ってる?」
「……思ってない!! 教えてください!!」
なんというか、少し吹っ切れたのかもしれない。
現状を維持しようとすると、自然と物事は停滞する。
たとえそれがラストライブに向けてだとしても、おれたちはまた、動き始めた。
動いてこそ、バンドなんだな、とそんな当たり前のことを思ったりする。
「小沼くん!」
「は、はい」
突然声をかけられたおれはつい舌がもつれてしまう。
まるで初めて話したあの時のようだなどと
「カウント、お願いします! 忘れないうちに歌い込まないと!」
「お、おう」
それでもやっぱり、まるで最初のロックオンの前みたいな彼女に
「
「ということで、セットリスト会議です」
書記・
「12月のロックオンのってこと……だよな?」
「だね。現実的にそれが天音のいうところのラストになるでしょ」
思ったよりも吾妻はサバサバと口にする。
「で、いいよね? 天音」
「……うん」
少しの微笑みをたたえて、しっかり頷く市川。
「ライブハウスでやるロックオンだから、曲数も少し調整できるだろうし」
「だね。まあ、あたしたちはロック部員だからね。ロックオンでけじめをつけるのは悪くないんじゃない?」
若干のドヤ顔で告げる吾妻に、
「はい」
沙子が挙手する。
「はい、さこはすさん」
「……ゆりすけってロック部員だっけ」
「今更!?」
うん、まあたしかに器楽部のイメージ強いよね。あと青春部。
「あはは……。はい、私も挙手」
「はい、天音さん。……え、部長はあたしがロック部なの知ってるよね……?」
「うん、知ってるよ。そうじゃなくてね。セットリストの話」
市川は秘密を打ち明けるみたいに、そっと続ける。
「私も、一曲作ったんだ」
「え、そうなの!? いつ!?」
「……昨日、かな」
「うひゃー……あたしのバンドは速筆ばかりだな……」
「ゆりすけが言うことじゃないでしょ」
さこはすの言う通り過ぎる。
おれが曲を作って数時間であの歌詞を書き上げたんだ。
「……だから、歌ってみてもいいかな」
返事を待たずして、市川はアコギを抱えて、
「私がamaneのために作る最後の曲」
お辞儀するようにC G Cのコードを弾いてから。
その曲を歌い始めた。
* * *
『
それは私自身よりも私自身だった
ひとりぼっちで書いた歌が
遠い街に住む運命の人たちに届いて
私の名前は
「私たちの名前」になった
それは『わたしのうた』よりも私の歌だった
1を4回掛け算した音に
70億分の私じゃ届かなくなって
「私の名前」に
私の声は小さすぎた
ねえ 自分にしか出来ないこと
やっと一つだけ見つけた
それはあなたの手を離すことだ
この場所が原点だから
放射状 踏み出す最初の一歩は
どうしても分かれ道で
進むほどに離れていくけど
それこそが ここにいた証拠になるのなら
言葉は難しいな
前に進まなくちゃって思うのに
『前』って『過去』のことで
『前』って『ラスト』のことだ
この星は球体だから
まっすぐ進んだらいつか辿り着けるかな
文字通り一回り大きくなったら
もう一度一緒に鳴らせるかな
それならその場所を
どうかこの旅の目的地にさせて
ここに向かうことを『前進』と呼べるなら
私はきっと前を向いて歩いていけるから
きっかけは私の歌で
出会いはあなたの歌だった
平日に始まった私たちのキョウソウを
明日からの日々のおまもりにして
ううん
やっぱり思い出は
ちゃんとこの場所に埋めていこう
今日の涙を吸い込んで芽吹いた言の葉が
いつか待ち合わせの目印になるくらい
大きな木になりますように
旅の目的地の目印になるくらい
大きな木になりますように
* * *
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