第1曲目 第31小節目:勉強会

 翌日、夕方のホームルーム。


「期末試験の補習日が決定しましたー。赤点取ったら、終業式の日、終業式後に補習です」


 担任教師がそう言い放った。


 はあ……。

 そうだった、試験の時期だ。


 ロックオンよりも前に試験があるじゃないですか。


 うちの学校には特に成績の順位を掲示するシステムはない。


 だけど、『成績優秀』との噂で名高い市川はなんのことはないんだろうなあと思って本人の方をなんとなく見やると、大天使と目があった。


 こちらを背中越しに、心配そうに見ている。


『なに?』


 と、口を動かすと、市川は


『あとで』


 の口をして、首を振って前を向いた。


 なんぞ?


「大天使とサイレント交信だと……? お前はどこまで行くんだ……」


 安藤が後ろで何かを言っている。


 てか、ああいうの、サイレント交信ていうの? なんかもっと良い言い方ないのかな……?


「それでは、ホームルーム終わります」


 担任がそう言って、教室から出ていった。


 それぞれが席を立ち、談笑やらしながら部活やら帰宅やらの準備をしながら教室を出ていった。


 窓際の席から市川が近づいてくる。


「ねね、小沼くんって、成績どうなの?」


 お姉ちゃん心配、みたいな表情を浮かべて訊いてくる。


「いや、普通だけど……なんで?」


「補習とか引っかからない?」


 何をそんなに心配してるんだか……。


「んん、まあ、教科によってはちょっと怪しいかもな」


「怪しいは困るよ!」


 ガッと市川が身を乗り出す。

 近い近い…… 。


「どうして?」


「だって、補習、ロックオンの日だから!」


「ああ、たしかに……」


 それでそんなに心配してくれたのか。


「小沼くん、勉強会しよう!」


「そ、そうだな……」


「沙子さんも誘わなきゃ。来週は部活休みだし、勉強しまくらなきゃね」


 市川さん向上心強いなあ、勉強嫌いだなあ……。


「たくとくん、それ、えりなも出たい!」


 英里奈さんが会話に入ってきた。部活行ったんじゃないの?


「英里奈ちゃんも?」


 市川が訊くと、


「うん!」


 と英里奈が答える。


「えりなもロックオン観に行きたいけど、このままじゃ補習になっちゃうよぉ……」


「分かった、じゃあやろう! 英里奈ちゃんはどの科目が苦手なの?」


「えりなは、国語がちょーっと苦手……」


 ああ、いかにもそんな感じするわ(失礼)。


「あ、たくとくん、失礼なこと考えてるでしょー?」


「あ、いや、まあまあ……」


 へらへらと笑ってごまかす。


「そういうたくとくんは、何が苦手なの?」


「おれは、英語ダメだな。日本大好き」


「ふぅーん?」


 英里奈さんがニターッと笑う。


 パンっ! と市川が手を叩く。


「そしたら小沼くん、英里奈ちゃんに教わったら良いよ!」


「へ?」


 なんで国語が苦手だって言っているこのいかにも勉強できなさそうな人に(めっちゃ失礼)教わらなきゃならんのだ。


「だって英里奈ちゃん、帰国子女だもん」


「は、そうなの!?」


「ふっふーん、そうなんだよぉ? 見直したー?」


「お、おう……」


 そしたら国語苦手なのも頷けるな……。仕方ない。ごめんなさい。


 誇らしげに胸を張る英里奈さん。


 まあ、楽しそうだからいいか。


「英里奈ちゃん国語が苦手なら、とっておきの先生がいるよ!」


「え、そうなのー?」


 まさか……。


「由莉に頼もう!」


 やっぱりか。


「あ、ゆり、国語の成績すっごくいいんだよねぇ。一年の時同じクラスだったんだけどさぁー。学校で受けさせられた模試あったじゃんー?」

 

 途中ちょっと沖縄の人みたいになってるからな。


「それでぇ、国語の偏差値87だってー」


「「はちじゅうなな!?」」


 何それ、偏差値なの!? 点数じゃなくて!?


「由莉、すごすぎるね……。それで私、国語だけ校内2位だったんだ……。そしたら、由莉にも訊いてみよう!」


 市川はそう言ってスマホを取り出してシュババっとやっている。


 え、今とんでもないこと言わなかった!?


「ゆりは、天音ちゃんとも・・『仲良し』なんだねー?」


 ニヤニヤしながら英里奈さんが言う。


「なんだよ……」


 なんだか照れてしまって頭をかく。


 すると、スマホがブブッと震える。


天音『来週、みんなで勉強会しよー!』


 グループLINEにメッセージが届いた。


 ああ、確かにその方が効率的ですね。


 ちなみに、おれ、まだ一回もこのグループに投稿したことがありません。


由莉『勉強会? 楽しそう!』


波須沙子『わかった』


 二者二様(少ない)の返答があった。

「英里奈ちゃん、由莉も沙子さんも大丈夫だって!」


 市川がぶいっとピースサインを出す。


「やったぁー! じゃあやるとき分かったら教えてねー!」


 そう言って、英里奈さんは部活へと向かっていった。


「それにしても、その勉強会、市川は得しなくないか?」


「ん? どうして?」


「だって、一人でも良い点取れるだろ?」


「あのね、小沼くん」


 またいつもの『お姉さん顔』でこう言った。


「私は、みんなでロックオンに出たいだけだよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る