第3曲目 第49小節目:暴れたがっている

「私ね、今日、新しい曲作ってきたんだ」



「おお……」「うん……」



 たしかに昨日、新曲が出来そうだとは言っていたから、こうなる可能性は高かった。


 ただ、まだ有賀ありがさんからの質問に対する答えが出ていないおれと吾妻あずまにとって、それはタイムアップの宣告せんこくに聞こえてしまう。


 ……と、唇を噛んでいると、ぺしっと軽く頭をはたかれる。


「二人とも、新曲できたって言ってんだから、素直に喜べっつーの。あんたらの大好きなamaneの新曲なんだから」


 沙子さこが0.数ミリあきれた顔でため息をつく。


 そりゃそうだよな……。


「ご、ごめん天音あまね! 嬉しくないとか、そういうことじゃなくて……!」


 吾妻が少し慌てたように胸の前で両手を振り、そして、またうつむいてしまう。


「あたし、昨日必ず何か掴んでくるって言ったのにつかめていないのが情けなくて……」


 困ったように市川が笑った。


「ううん、全然いいんだ! 由莉ゆり小沼おぬまくんも昨日、そんなに眠くなるくらい、バンドのこと考えてくれたんだよね?」


「そうだけど……、でもまだ、結果が出てないから」


 吾妻の周りにはそれでもまだ重い空気が漂っている。


「あのさ、何言われたか全然知んないんだけど……答えを出さないといけないようなこと言われたの」


 沙子が不機嫌ふきげんそうに質問した。(多分)


 それにはおれが答えることにする。


「ああ、そんな感じ。amaneがよくなるための課題っていうか、考えるためのヒントみたいな……」


「ふーん。でもそれ、昨日の話でしょ。それが今日分かってるくらいの問題なら、多分ゆりすけも拓人たくとも自分でとっくに気づいてるでしょ」


「沙子さんの言う通りだと私も思う」


「そうかなあ……」


 なんだか、買いかぶられている気もする。


「つーか……」


 よほどイライラしているらしい、沙子が自分の金髪をわしゃわしゃとかきむしる。


「まじでシャキッとしてくんない。目の下にお揃いのクマ作って、なんなの」


「怒るところ、そこなのかな……?」


 市川が首をひねる。


 沙子はアンプに繋いだベースを軽くドン、と叩いた。それだけでも結構な音量で音が鳴る。


「……分かった。じゃあ、市川さんの新曲聴く前に、『キョウソウ』を一回通そう」


「なんで?」


 吾妻が首をかしげた。


「うちは、『なんか無理』ってなった時にあの曲を聞いてるから」


「そうなの?」


 その事実に吾妻が顔をあげる。


「そうだよ」


「いいね! そうしよ!」


 たしかに、有賀さんにも『キョウソウ』は良かったと言われた曲だ。もう一度見つめ直す意味でもやっておくのはいいかもしれない。


「分かった。じゃあ、カウントするけど、準備出来てるか?」


「拓人に言われたくない」「小沼くんに言われたくない」


「そっすね……」


 おっしゃる通り過ぎて返す言葉がない。


「……よし、じゃあ、やりますか」


 自分で自分に演奏できるだけの気合いを入れて、スティックを構える。


ワンツースリーフォー……」


* * *

靴紐がほどけて 踏んで 転んで

うずくまって動けなくなってしまった

それは多分 擦りむいたからじゃなくて 

擦りむく痛みを知ったから


再開におびえて ねて いじけて

ふてているうちに遠くまで行ってしまった

憧れには 手も足も届かなくて 

気づけば私は最下位だ


リタイアしかけたその時

どこかから力強い音が聴こえた

リズムを刻み ビートを叩くその音の正体は

自分の心臓の鼓動だった


自信なんかないけど 定義すら分からないけど

一番強くなるって 今、決めた

待ったりなんかしないで

すぐにそこまで行くから


息が上がりそうなその時

どこかから力強い音が聴こえた

花火みたいな ドラムみたいなその音の正体は

あなたにもらった言葉だった


自信なんかないけど 届くかは分からないけど

一番強くなるって もう決めた

待ったりなんかしないで

すぐにその先へ行くから


さよなら、拗ねていた私

さよなら、いじけてた私

さよなら、怖がってた私

さよなら、負けていた私


あなたたちがいてくれてよかった

私は、今日までの全部と一緒にこの曲を奏でるよ

* * *


「ほああ……」


 吾妻がパチパチと拍手をする。


「あたし、何やってんだろうな……。こんなにはっきり決意したのに、全然成長してないじゃん……!」


 吾妻の言葉を聴きながらおれの方がそうだとみする。


 喉元のどもとを過ぎる、というと少し違うが、つい、その熱さを忘れてしまっていることに自分でもあきれる。


 そして、吾妻は自分の両頬をパシッと叩いた。


「ごめん! 前進しないとなのに、ネガティブな雰囲気出した! もうやめる!」


 その宣言を聞いて市川は微笑んだ。


「ううん、全然。由莉も小沼くんも、前を向いてたから悩んでただけだもん」


「天音、お願い! 新曲、聴かせてもらえる?」


「うん!」


 市川はすぅーっと息を吸って、他3人は、固唾かたずむ。


 優しくて、強くて、そして少し寂しいコード進行で市川が歌い始めた。




* * *

昨日までがなくて、今日が最初の日だとしたら

同じ明日を選んでいたのかな

もしかしたら地球がでんぐり返ししたみたいに

たった数ミリ、致命的に景色がズレていたかもしれない


満点だったはずの答案用紙

いつの間にか裏面にできていた空欄

埋めるべきことばが初めて分からない

「教えて」なんて言わないけど


ラララララ……

* * *


 いわゆる一つ目のサビまでを歌いきって、そっと市川は演奏を終える。


 サビは全部『ラララ』で歌われていた。


「……これで、全部か?」


 思ったよりも短いその曲に、質問をする。


「ううん……。だけど、とりあえずここまで」


「なるほど……?」


 その意図いとつかみきれず、おれは首をかしげた。


 えへへ、と少し笑って市川は続ける。


「あのね、歌ってて、これってどういう感情なんだろう? っていうのが自分でもあんまり分からなくて……。分からないってことをとりあえず歌詞にしたっていう感じかな」


 そういえば6月ごろ、『「詩を書けない」って内容の詩を書けば良いから詩を書けない瞬間は存在しない』みたいなことを市川が言っていたのを思い出す。


「ねえ、小沼。だったら……!」


 吾妻が期待するような目でおれを見てきたので頷きを返した。


「そうだな……」


 おれには読心術スキルはないが、吾妻の言いたいことはさすがに分かる。


 おれは市川に向き直って、その目をじっと見る。


「なあ、市川」


 多分、これは、タイムアップ間際まぎわに誰かが用意してくれた、最後のチャンスなのだろう。


「この曲、おれと吾妻に一度預けてもらえないか?」


 視界の隅では、沙子が口角こうかくをあげるのが見えた。


 市川は大きく瞳を見開く。




「もちろん!」

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