第3曲目 第16小節目:ふわりのこと
その日の夜。
約束通り
昨日と同じようにおれの
「まだそれ読んでんの? 進み遅くない? まだ3巻じゃん」
「いや、4周目だから」
「は、まじで? そんなに面白いのか、すげえな……」
とはいえ、さすがに4周目ともなると集中力も昨日ほどではないらしく、漫画を自分のお腹の上に置いておれに質問してくる。
「ね、たっくんて、
「そうなあ……」
改めて確認されると、なんか恥ずかしいけど。
「だよねー、実際の幼馴染ってそんなもんだよね」
ゆずは、そう言いながらふむ、と
「なんの話?」
「この漫画、幼馴染の男の子と恋する話なの。それで、幼馴染っぽいシチュエーションが色々出てくるんだけど、実際こんなのあるのかなって」
「例えば?」
「えーとね……『高校から一緒に帰る』とか、『朝起きたら家にいる』とか、『地元の花火大会に一緒に行く』とか、『男の子が射的で取ってあげた景品を大事に女の子が持ってる』とか……いや、
「なにビンゴだよ……」
目を見開いている前言撤回マンを白い目で見てやる。
ていうか『朝起きたら家にいる』はゆずの
「あとはね……、『夜、家にいて妹と話している時に電話がかかってきて、駅まで呼び出されて、なぜか向こうの家まで送らされる』かな」
「なんだその限定的なシチュエーションは……。それはさすがに」
ない、と言い掛けたその時。
そうはさせるか、とばかりにテーブルの上に置いてあったおれのスマホが震える。
「たっくん電話ー。またアマネさん? じゃない! 沙子ちゃんだ!」
スマホを覗き込んだゆずが色めき立つ。
「うそだろ……?」
あごをくいくいっとやって、『出なさい』と指示してくる。まだ出てないから声出していいんだよゆずちゃん。
うながされておれはスマホを手にする。
「……もしもし?」
『あ、
お得意の語尾上がらない系質問だ。
「……いけるけど、なんで?」
『ちょっと説明するのは面倒なんだけど、うちの
「だろうなあ……」
これで違う用事だったらその方がわけわからん。
『は。うち、こんなこと頼むの初めてなんだけど』
「いやあ、
『なに言ってんのか全然わかんない』
「それも、そうだろうなあ。まあとりあえず行くよ」
『ありがとう。……いつも、ありがとう』
なんか重ね重ね御礼申し上げられつつ電話を切ると、ゆずが顔をのぞきこんできた。
「……ビンゴ?」
「……ビンゴ」
わあっと両手をあげて喜びを表現する我が妹。
「すごーい! 景品は?」
「いや、この場合って景品もらうのおれじゃない? ビンゴしたのおれと沙子じゃん」
「帰りにハーゲンダッツ買ってきてくれる?」
おれの言葉をナチュラルに無視するなよ。
「そんな良いもんなわけあるか。カルピスアイスバーで我慢しろ」
「そう言いながらもハーゲンダッツを買ってきてくれるところがすーきー!」
「はいはい……」
おれはもうなにを言っても仕方ないと諦めて席を立つ。
……いや、おれだって利用されてるだけだってこと分かってるからね? わざとだよ、わざと。
パーカーを
「沙子」
改札を出たところでスマホをいじっている金髪に声をかける。
「あ、拓人。ありがとう」
「っていうか今帰ってきたのか。遅くない?」
「ごめん」
「いや、おれに謝られても……」
おれ、沙子ちゃんのパパじゃないし……。
「遅いことは分かってるんだけど、
「ああ、そういうこと……」
そういえば、英里奈さんは今日沙子と一緒に部活をサボるとか言ってたな。
「だから、『部活の後にバンドの練習することになった』って、パパ……父親に連絡したの」
「いやもうパパでいいよ」
「そう」
少し首をかしげてくるので、「そうだよ」と返した。
「ま、拓人だったらいいか。んと、パパ、音楽のことだと甘いから。そしたら、『拓人君に送ってもらいなさい』って」
「そうかあ……」
「んじゃ、まあ、行くかあ……」
「ん」
「ていうか、こんな遅くまで付き合わされて大変だな。英里奈さんは
英里奈さんは
「英里奈は、今日が最後の放課後かも知れないからって言ってた」
「最後の放課後……?」
なにそれ。英里奈さん卒業すんの?
「どういう意味かはうちも聞けなかったけど、多分……うちらが普通でいられる最後の放課後ってことだと思う」
「なんだそれ……」
明日が
「……うちは、ちょっと分かる。大事な友達とちょっとしたことで……その、崩れることは、あるから」
内容が内容だけに言いづらそうに沙子は口にした。別に蒸し返したいわけではないのだろう。その
「うちは、」
沙子が小さく
「あの2人が付き合ったらいいなって思ってる」
「……そうなのか」
「でも、『付き合ったらいいのに』なんて、絶対に2人には言えない」
「だろうなあ」
英里奈さんはともかく、
「……本当に、最後の放課後になっちゃうのかな」
寂しそうな
「ん、もう着いちゃった。……ありがとう、拓人」
「お、おお……」
「気をつけて帰ってね」
玄関の
「沙子」
と呼び止めた。
「なに」
ドアにかけた手を一度離し、こちらを見て
「……さっきの話。その……友達とちょっとしたことで崩れたってやつ」
「ああ、うん」
続けて、とこちらを見つめてくる。
「でも……戻っただろ? むしろ、前よりも良くなった」
「…………」
「と、おれは思ってるんだけど……」
返事がなくて不安になり、つい弱気な言葉を続けてしまう。
「…………」
「えーっと、どうすかね……?」
なおも返事がないのでだらだらとまだ続けていたのだが、少し経って、沙子は「ふふ」と小さくだが、声を立てて笑う。
「だったら、嬉しい。……良かった」
どうやら、乗り越えた日々のことを思い出していたらしい。ついさっきと比べて
「ありがとね、拓人。ありがとう」
「おう」
「……じゃね」
今度こそ、沙子はドアに手をかけて、開けようとする。
……いや、あれ?
その時、おれはとある疑問にぶつかる。
「なあ、沙子」
「なに」
再度の呼びかけに、今度はドアに手をかけたままこちらを向いた。
「おれ、沙子のお父さんに会わなくていいのか? その、アリバイ的な……」
それが要らないなら、一人で帰って『拓人に送ってもらった』とでも言っておけばいいのでは?
「ああ……。拓人は簡単にだませて可愛いね」
「か、かわいい……!?」
自分を形容する言葉としては初めて聞く言葉に動揺する。
「ちょっと話聞いて欲しかったからだましちゃった、てへ」
「いや、『てへ』って、そんな無表情で言うことじゃないから……」
棒読みもいいところだ。ていうかだまされたのかよおれ……。
「ていうか、うちがだますの上手いのかも。だってほら、」
0.数ミリのドヤ顔で沙子は笑う。
「うちってポーカーフェイスでしょ」
「そうなあー……」
いや、それは本当にそうだね……。
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