第1曲目 第23小節目:わがまま

『由莉 が グループ「プロジェクトamane様」に 波須沙子 を招待しました。』

『波須沙子 が参加しました。』


 その日の夜、風呂を浴びて部屋に戻ると、LINEの通知がきていた。


 放課後、LINE通知、おれ、ぼっちじゃない......!


 吾妻が歌詞を書いていることが沙子に知られたから、もういっそのこと一緒にしちゃおうっていうことみたいだ。


波須沙子『なに、このグループ名』


天音『わわわ、由莉、グループ名変えてから沙子さん呼んでよ!』


由莉『あ、ごめん笑』


 何やら会話が始まっている。


 眺めていると、吹き出しがぽん、と出てくる。


 うおぉ、リアルタイムだな......!


由莉『どうしようか?バンド名とか決まってるの?』


天音『あー、まだ決まってないなあ...』


由莉『決めた方がいいよね!ロック部の他のバンドってどんなのがあるっけ?』


天音『チェリーボーイズ、とか』


由莉『チェリーボーイズ!?』


天音『間くんのバンドだよ』


由莉『ケンジのバンド、そんな名前だったんだ笑』


波須沙子『一年の文化祭の時にスピッツのチェリーやったから』


由莉『あー、なるほどねー。天音、何かある?』


天音『んー...』


 何か言ってみようかと思って文字盤をさすさすしている間に、どんどん話が進んでいく。


 これがJKのスピード感か......。


天音『あ、ごめん!お風呂入れって言われちゃった!お風呂で考えてくるー!』


由莉『ほーい!あたしも入っちゃおっと!』


天音『行ってきます!』


ゆり『いってきま』


波須沙子『はい』


 お風呂......!?


 お風呂に入った映像を見るわけではないのに(当たり前)、なんだかドキドキする。


波須沙子『拓人?見てる?』


 うお、おれに話が振られた。


 この流れの中でも沙子はちゃんとおれの存在を忘れないでいてくれてありがたいなあ……。


 すると、ぴょこんとまた吹き出しが出て来る。


波須沙子『変なこと考えてたら殺すから』


 怖っ!?


 おれがひぇぇ……となっていると、スマホがまた震えた。


 なんだなんだ、と見てみると、


Erina『こぬまくん今日はありがとー!変なことゆってごめんね!』


 英里奈さんからのメッセージだった。


Erina『彼女からの初LINEだぞー!なんちってw』


 なんちって、じゃねえよ……。


 そもそも、おれは付き合うなんて言ってないのだから。


 英里奈さんの目論見もくろみはこうだ。


 今日の夕方のマックの光景を、おれは思い出していた。


 * * *

「えりなと付き合って、って言ったら、困る?」


「……はあ?」


 まじで何を言ってるんだろう。


「言い方がちょーっと違うかぁ。えりなと付き合ってると思われたら、困る?」


「困るってか、え、英里奈さんははざまのことが好きなんだろ?」


「そだよ?」


 首をかしげる英里奈さん。


 同じ角度に首をかしげるおれ。


「......まねっこ?」


「いや、言ってることの意味が全然分からん」


「あは、そりゃそうだよねぇ。えりなの考えてること、めっちゃズルっこいんだもん」


「はあ......?」


 シェイクをずずずっとすすってから、英里奈さんが口を開く。


「あのね、健次の気を引きたいんだよぉ」


はざまの気を引く?」


「そー! 多分ね、健次はえりながいつもそばにいると思ってるから、ぜーんぜんえりなのことなんか気にかけてくれないんだと思うの」


「ほう......」


「だーからね!」


 ピン! と人差し指を立てて解説してくれる。


「えりなが他の男子とくっついてるふうのとこ見せたら、『あれ? 英里奈がオレにとって一番大切なんじゃ......!?』って気づくってわけだよ!」


「はあ......」


「だからね、コヌマくんとちょーっとそう言う雰囲気っぽい感じになって見せつけてみたらどぉかなって!」


 どやさ! と言わんばかりの笑顔。


 ふう......とため息をつく。


「ピンと来ないかなあ?」


「いや、言ってることは分かる。けど、それは、悪手じゃないのか?」


「あくしゅ?」


 そういって英里奈さんはこちらに手を差し出す。


「いや、握手じゃなくて......悪い手なんじゃないかって言ってるんだよ」


「どーして?」


「そんなの、普通に......」


 ただただ祝福されたら終わりじゃねえか、と続けようとしたところで、ウッと言葉が詰まる。


 笑っている英里奈さんが小刻みに震えているのを見つけてしまったからだ。


 英里奈さんだって、怖いんだ。


 おれなんかが思いつくようなリスクなんて、とっくのとうに導き出してるんだ。


 それでも、この話をおれに持ちかけてる。


 それくらい、勝負なんだろう。


「ふつうに?」


「......おれなんかじゃない方がいいんじゃないのか」


 本音半分、ごまかし半分で、やっとそう告げた。


「ううん、コヌマくんがいいよ」


 だが、英里奈さんが言い切る。


「どうして?」


「コヌマくんじゃないと、意味、ないよ」


 そう言い捨てて、差し出していた手を伸ばして、机の上に置いていたおれの手を無理やり握る。


「ね、お願い?」


 * * *


小沼拓人『彼女ではないだろ』


 なんとか、そう返事をする。


Erina『えー?そうだっけ?ww』


 何が面白いんだ。


Erina『てゆうかさ、こぬまくん、下の名前何て読むの?たくじん?』


 たくじんてなんだ。


小沼拓人『たくと』


Erina『じゃあ、たくとくんだ!』


小沼拓人『は?』


Erina『そう呼ぶことにした!そいじゃ、お風呂入ってくるから!』


小沼拓人『え?』


 どいつもこいつも、おれに風呂の報告をしてから風呂に行くんじゃないよ。


 ちょっと心許されてる感が嬉しくなるだろうが。

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