第3曲目 第26小節目:スロウダンス
「あの、
「あたしのことは気にしなくていいよ」
「そう言われましても……」
翌日の昼休み、食堂にて、なぜかおれと吾妻は向かい合わせで昼飯を食べていた。
いや、正確には昼飯を食べているのはおれだけで、ねえさんは左手で
「ねえ、
吾妻がからかうように笑って小首をかしげてきた。
「なにそれ、
「しょうがないじゃーん、歌詞がもう一歩のとこで出来上がらないんだよー。ああー」
吾妻は、ふげー、とため息をつきながら、
「それがなんでおれの食事シーン見ることになるんだよ……。おれの顔には歌詞書いてないだろ」
「いやいや、書いてあるでしょ。一番書いてあるのそこでしょ」
視線だけをこちらに向けてスマホを持った方の手でを
「吾妻がスキル使いなのは知ってるけど、だとしても曲に書いたこと以上の情報はねえよ。曲に全部込めたし」
「え、なにそれかっこいい」
わあ、と子どもみたいに瞳を輝かせる。なんか今日の反応は、やや
「もしかして、あんま寝てないのか? 明日の練習に間に合わせようとしてくれてる?」
「うん、そりゃそうでしょ。だって明日までに
「まあ、そう決めたもんなあ。……ありがとう、吾妻。作り始めるのが遅くてすまん」
「いや、別にありがたくないし。あたしがやりたくてやってることだし。ていうかそういう小沼は大丈夫? 寝不足とかない?」
なぜ
「おれは
「へえ? どこで?」
「どこでってなんだし……。自分の家に決まってるだろ……」
勘の鋭い吾妻からの妙な質問が怖かったので、自分の視線を斜めに
「あ。それでいうと、
「何その許可……」
おれの顔が許可制になっていることも、その権利が市川にあることもおれは初耳だ。なにおれ、アイドルなの?
「全然アイドルじゃないっての。天音は『それで歌詞が書けるならもちろん全然良いよ! あとで私も見に行くね!』って貸してくれた」
「勝手に貸し借りの対象にしないでもらっていい? なんというか、2人とも、音楽のためだと色々な事情を飛び越えてくるよなあ……」
「それ、小沼が言う?」
「いや、言うだろ。おれ常識人枠だし……」
「最近怪しくなってきてると思うけどね。足並み揃えろなんて絶対に言わないけどさ、ちょっと寂しい気もする」
また拗ねたようにしている吾妻。
「過大評価だと思うけどなあ……」
と、つぶやいたその時。
「あー、本当にやってる!」
「声がでかいっつーの……」
「由莉、小沼くん、やっほー!」
浮かれてんなあ、市川……。やっほーって、山じゃないんだから……。
「やっほー、天音」
こだまでしょうか、いいえ、吾妻です。
「はあ……。で、何してんの、2人して」
沙子が
「
「は、どういうこと……ていうかゆりすけ、自分のご飯はどうしたの。何か買ってきてあげようか」
「ううん、大丈夫。ありがとうさこはす」
吾妻が姿勢を戻し、優しく
「なんか良い感じに笑ってるけどそもそもやってることおかしいことは自覚してね。あと、なんで市川さんはそんなに余裕なの」
「ん? 余裕って?」
「いや、いつもだったらもっと顔をふくれさせて『もおー!』とか言ってるじゃん」
「沙子さんて人の
そしてにへへ、と笑みをこぼしはじめた。
「あぁ?」
その笑顔が
「はあ……まあいいや。うちはあっちでご飯食べるから。ゆりすけ、うちらのことは気にせず頑張って。
「沙子、別に言うこと無かったら無理しなくて良いからな?」
「さこはす、ありがと」
沙子が小さく手を振るのに、吾妻がまたにこやかに返した。
「沙子さんちょっと待って、私も一緒に食べたい」
「いや、市川さんお弁当でしょ。うちは学食だから」
ついていく市川に沙子は
「お弁当持ってくるよ! 食堂だってお弁当食べられるでしょ?」
「他の人は食べれるけど市川さんはちょっと無理かもしれない」
「なんで!? え、私と食べるの嫌だ?」
「うん」
「うん!?」
段々小さくなっていく背中と声を見送ってから、吾妻はまた頬杖をつく。
「ぐへへ……amane様可愛い……!」
「おい、よだれ……」
おれがテーブルに置いてあった紙ナプキンを差し出すと、
「
とか言って口元を拭いた。
「……で、なんで天音はあんなに
「しらん」
ふいっと顔をそらす。
「……こっち向いてみ?」
吾妻の顔がおれの正面に来ようと追いかけてくるので、さらにおれは視線をそらす。
「いやです」
「へえー……まあ、なんにせよ、小沼がなんかしたってことかあ……」
なるほど、そういうばれ方もありますね……。
「本当に可愛いなあ、天音は。女の子なんだなあ……」
その表情は、なんだかさっきの信者モードとは違い、少し
「吾妻……?」
「んー?」
「いや、なんか……大丈夫か?」
そうおれが聞くと、吾妻は目を丸くする。
「あたしの心配してくれてんの?」
「するだろ、心配」
「……どうして?」
相変わらず大きな瞳でおれの顔を覗き込んでくる吾妻。何をいきなり……。
「どうしてって……、吾妻だっておれの寝不足心配してくれたじゃんさっき」
おれは
すると、
「……それが例えば恋じゃなくてもさ」
ぽしょりと吾妻はつぶやいた。
「はい?」
いきなりの話題転換にハテナマークがおれの頭上に浮かぶ。
「恋じゃなくても、気にかけてもらったら、嬉しいよね?」
「ん? うん、まあそうだと思うけど……」
「……だよね」
「ん……?」
神妙な顔でひとりうなずく吾妻を見て首をかしげるおれ。話が見えない。
「そっか……それだけのことだったんだ。話はもっと単純だったんだ」
「もしもし、吾妻?」
おれが呼びかけると同時、吾妻はすくっと立ち上がる。
「小沼、ありがと。あたし、行くわ。えーっと……よく噛んで食べてね」
「そんなに心配してもらわなくても……。歌詞、浮かんだのか?」
「うん、多分大丈夫。あとは、なんだろ……決意と覚悟の問題」
「はあ……」
相変わらずよく分かっていないおれに向かって、にひっと笑い、顔の横でピースサインともパーともつかない変な手をする。
「ありがとうね。あたしのこと、気にしてくれて」
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