第3曲目 第25小節目:夜に間に合うか
「はああああああ」
本当は一日中ずっとそれが気になっていたのだ。
今朝6時ごろにおれが市川に返信したメッセージに書いていたのは『ありがとう』や『おはよう』などの日本語ではなく、URL。そして、そのURLに飛ぶと再生されるのは、今朝出来たばかりの
「ねえ、小沼くん、あの曲、私のためだけに作ってくれたの?」
「ああ、うん、そうだけど……」
あまりにも
「私のための曲作らないと悪いなって思ったの?」
「別に、そういうわけじゃない」
市川に曲を作ろうと思ったのはなにも、罪を
ただ、英里奈さんを笑顔にするための曲を作っている時に、いかにこれまでおれが『わたしのうた』に救われていたのかということを改めて実感したのだ。いつもそばにいてくれる音楽があることで、ふとした時や人生の決断をしようとした時にどれだけ助けられていたか。
そしてそれは多分、amaneとしての音楽だけじゃなく、実際に市川天音と出会ってからもそうなのだろう。
その感謝の気持ちがはっきりと頭にあるうちに形にしようと思って出来上がったのが、この
市川は相変わらずにやけ顔が止まらないらしく「へー」とか「へへへ」とか言ってる。
「ていうか、聴いたなら返事くれよ、おれがどれだけ今日ハラハラしてたか……」
「ええー、だって、嬉しくて言葉に出来なかったんだもん!」
出た、
おれの頭の中では一日中、『あれ、やっぱり深夜(ていうか早朝)テンションでやっちゃいましたかね……!?』という疑問でいっぱいだったというか、もはやその疑問が確信に変わっていたと言うのに……。
「だからね、今日、小沼くんに会ったら伝えたいなって思ったけど、でも曲作ってもらったこと言っていいのか分かんなかったし、だいたいこんな顔、小沼くん以外に見せるわけにも行かないでしょ?」
「そうなあ……」
たしかに市川のそのゆるみきった笑顔は普段のイメージからはかけ離れてるし、おれも初めてみたし、なんというか、あまり他の人に見せたいと思う顔ではなかったし。なんというか。うん。
「仮タイトルが『
「お、おお……」
突然タイトルの話をされてギクリとする。
実はそれは、仮タイトルでもなんでもなく本番のタイトルのつもりだったのだが、黙っておいた方が良さそうだな……。
ちなみに最後まで
「ねえ、小沼くん、この曲はバンドでやる?」
「いや、勘弁してくれ……。これは、その……」
歌詞がないとはいえ、市川に
「他の人に聞かせる用じゃ、ないから……」
「そうー?」
ニマニマと笑う市川。昨日、曲のレパートリーがあることに驚いたばかりだが、笑顔のレパートリーもこんなにあるんだなあ、この人。
とはいえ、なんだかきまりが悪い……。
「にやけてばかりだと、私バカみたいだね」
そう言って、市川はぽん、と一つ手を叩く。
「そしたら、一旦バンドの話しよっか」
そして、すっと真顔になり、話し始めた。
「英里奈ちゃんへの曲は完成したの?」
「うん、おれのパートは、って感じだけど」
「小沼くんのパート?」
首をかしげる市川に、
「うん、このあと
「へえー……」
また市川の
「なんだよ……にやけないんじゃなかったのか?」
「ううん、いいの。これはバンドのことだから。嬉しいから、いい」
「なにが……?」
「『バンド』なのが!」
うーん、寝てないからかもしれないけど、おれには市川さんが何を言ってるのかよくわからないです……。
「ていうか、なんでおれが英里奈さんに曲作ってるって知ってたの?」
「沙子さんが小沼くんに頼みに行くって言ってたから」
「ああ、自分で言ってたんだ」
沙子がそんな話をするのは珍しいな、と思っていると。
「正確に言うと、
「そうなあ……」
吾妻のスキルの守備範囲が広すぎてやばい。
「まあ、とにかく、曲はちょっとだけ待っててくれ。自信作だから」
「うん、分かった!」
そう行って、パン、と市川はまた手を叩く。
「じゃあ、バンドの話はここまで、だね?」
なんか今日、そこにやけにこだわるな……?
おれたちは
池の見えるベンチに座ると、
昨日、あのあとどんな風に解散したかとか、沙子さんのあんな表情を初めて見たとか、由莉はどんな時でも冷静でかっこいいとか。
おれはというと、英里奈さんのための曲が自分の手を一旦離れていて、新曲を市川に贈ったこともなんとなく成功したことがわかり安心して気がゆるんだらしく、
申し訳ないと思いながらも、うとうとと船を
「あれれ。小沼くん、眠い……?」
右耳からおれを気遣う声がする。
「ちょっとだけ……」
「そうだよね、ごめんね。そろそろ帰ろっか?」
「いやだ……」
「そ、そうなの……?」
「うん……」
「……頑張ってくれてありがとうね、小沼くん」
おれの頭の左側を柔らかい手が撫でる。
それは今のおれにとってはほとんど
「別に……」
そこに、
「あはは……疲れてるなあ。ちょっとだけ寝てもらっちゃうね、ごめんね、おやすみ」
「
それでパッタリと意識が途切れる。
次に目が覚めたのは何十分後だったろう。
「あぅ……、起こしちゃった?」
左耳から
……ん、左耳?
「んあ!?」
ガバッと起き上がる。どうやら、おれは市川の肩に頭を乗せて眠ってしまっていたらしい。気づくと、おれの首には赤いマフラーが巻かれている。
「えっと、市川……!」
一瞬で
「えっと、あれ……?」
つい今さっき、
「ちょ、ちょっと、小沼くん……!」
市川が慌て始めた。
そして、首元をパタパタと触り、何かがないのに気づいたようにハッとしたあと。
市川は、自分の
「えっと、もしかして……」
「な、なんでも、ないってば……! マ、マフラー、返してください……!」
「あ、うん……ありがとう……」
おれが自分の首にかかっていたマフラーを差し出すとうつむきながら
「つっ、付き合ってるんだから、いいでしょ……?」
そして、目元だけをマフラーから出して、こちらを恨めしそうにじぃーっと見てくるのだった。
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