第54.1小節目:青と夏
「まじかよ……」
今朝、夏休み中の予定のない日にも関わらず妙に寝起きの良かったおれは『夏休みにも学校は
だが、今おれの目の前に立っているのは『本日休校日』の立て看板。
たしかに、いくら夏休み中とはいえ、駅からここまでの道のりでうちの高校の制服を着た人を全然見ないな、とは思った。思ったが、まさか休校日とは……。夏休みに学校が
そもそも、おそらく休校日のお知らせは、プリントとかでももらってるのだろう。おれが知らないだけだ。にわかが聞きかじった程度の知識で行動するからこういうことになるんだ、すみませんでした……。
とにかく、閉まっているものはしょうがない。
せっかくこっちまで出て来たし
「お。
制服姿の
「あれ、吾妻。何してんの?」
「何してんのってそりゃ、部活しに来たに決まってるでしょ。小沼も部活? あれ、でも、もう帰るとこ? は、ていうか、なんで校門が閉まって……ああ!? 忘れてた!」
面白いくらいにくるくると表情を変えながら色々なことを言っていらっしゃる。
「そうじゃん、今日完全休校日じゃん……あたしとしたことが……」
やがて片手で頭を抱えて、深くため息をつきはじめた。
「完全休校日?」
休校日とは書いてあるが、『完全』とは? と首をかしげると、リア充先輩が察してくれた。
「ああ、そっか、小沼は知らないのか。生徒だけじゃなくて先生もみんな来ない日が完全休校日。生徒的にいうと登校禁止日って感じかな」
「なるほど」
ふむ。どうやら吾妻は今日が完全休校日ということを忘れて登校してしまったらしい。この普段しっかり者のねえさんは、たまに抜けていることがある。
「吾妻、大丈夫か……?」
「ああ、うん、部活の方は大丈夫……。みんなにはちゃんと部活がないって事前に伝えてたから」
「そうか……」
おれが訊いたのは吾妻の精神面の話だったのだが、部活のことが真っ先に返ってくるあたり、やはり部長としての責任感が強いらしい。ロック部の部長さんは完全休校日のことはまったく教えてくれてなかったので見習って欲しいところです……。
「まじか、ミスったなあ、どうしよう……。校門乗り越えて忍び込めないかな……」
今クーラーの効いた家にいるであろう天使さんに念を送っていると、横から何やら物騒な発言が聞こえた。
「いや、セコムとかが鳴ったらやばいだろ」
「やっぱ鳴るかな? でもさ、学校に忍び込んで警備員に追いかけられるとか、それはそれで青春じゃない?」
「警備員に追いかけられるののどこが青春なんだよ……」
青春部部長さんは相変わらずわけの分からないところで瞳を輝かせる。
「あたしが思うに、
「何がセーフなの? ていうか校庭まで入っても練習できなくない? 意味ある?」
「よし、ちょっと登ってみる。小沼、あたしのベース持ってて」
フン、と息を吐いた吾妻は校門に手をかけた。うーん、おれの質問は普通に無視されてますね……。
自分の
何度目かで成功した吾妻が校門にかけた腕を伸ばして、これから
「ちょっと、いつまで見てんの?」
少し頬を赤らめて口を尖らせる吾妻に、
「す、すまん!」
と、背を向けた。
危ない、吾妻ねえさんのスカートの中を見てしまうところだった……。
「まあ、スカートの下にスパッツ
いやいや、スパッツとやらを
何度かガチャガチャと細かく門の鍵が震えたあと、最後に一回ガチャン! と鳴り、タンっと靴音が響く。
パンパン、と手についたほこりを叩き払っているであろう音とともに、
「
と跳ね上がるような声が背中から聞こえる。
どうやらもう吾妻の方を向いてもよさそうなので振り返ると、
「ほらほら、小沼も来なよ!」
と、
いや、ていうか。
「おれは入る意味がないんだけど……?」
「は? 小沼が一緒に来なかったらあたしが入った意味ないじゃん!」
「なんでだし」
まずベースを門の上からそっと持ち主に引き渡し、それからおれのかばんを渡し、よっこいせと門に手をかける。
登りかけている時に吾妻と目が合うと、「ほえー……」みたいな顔でこちらを見上げていた。
「なんですか……?」
「へ? あ、いや、小沼ってひょろっちいのかと思ってたけど、案外腕の筋肉あるんだなあと思って……ドラマーだから?」
「いや、実際ひょろっちいだろ」
同じドラマーでも大友くんと比べたら全然筋肉量が足りない。
「歌上手いのとか筋肉とか喉ぼとけとか腕の浮き出た血管とか、ちょこちょこ小沼には必要ないモテポイントが付いてるんだよなあ……」
「そんなもんでモテたことがねえよ」
「あはは、うける」
「うけないです……」
答えながらおれは門を
「やばい! まじで誰もいない!」
「そうなあ……」
吾妻がなぜか両腕を広げながら校庭をはしゃいで横断している。(ちなみに
そりゃあまあ完全休校日だから、誰かいちゃまずいでしょ。ていうかおれら、いちゃまずいでしょ。
そんなおれの不安などどこ吹く風で、少し遠くから元気に吾妻がこちらを振り返る。
「小沼ー、校舎行ってみよー!」
「さすがに無理かー」
「そりゃそうだろ」
鍵のしっかりかかった昇降口の大きな扉を2、3度ガチャガチャとしたあと、あまり残念でもなさそうに吾妻がへらへらと声をあげた。
「んじゃ、とりあえず自販機行こっか!」
「はいはい……」
もう諦めたとばかりにうなずくと、吾妻が不満げな顔をする。
「ていうか、なんで小沼があたしをいなすみたいな態度取ってるわけ? 普段逆じゃない?」
「普段逆なのは同意だけど、今日に限っては吾妻のテンションが以上に高くないか?」
「いやいや、小沼。あんた状況分かってる?」
あんたバカァ? とでも言いたげな顔でこちらを見てきた。
「えーっと、学校に不法侵入しているとしか……」
「そうだよ! 真っ青な大空! 白い
瞳を輝かせて前のめりに語り始める。こんなにキラキラした表情で『不法侵入』って言うことあるんですね……。
「今、あたしたち、めっちゃ青春してるじゃん!」
ただ、そのあまりの熱心さと喜びに満ちた感じに、ついおれも
「あ、でも、夜の学校に忍び込むっていうのも捨てがたいよね。プールに服のまま飛び込んじゃう、みたいな! あはは、透けるか!」
「透けるだろうなあ……」
目の前の吾妻が制服のまま飛び込む姿を想像しかけて、いかんいかんと首を振る。
「ちょっと小沼ー、なに考えてんのー?」
「いや、今のはおれ悪くないだろ!」
意地悪な顔で訊いてくる吾妻に耳を熱くして答える。
「あはは、うける。とにかくまあ、今度は夜に来ようね!」
「いや、来ないだろ……。ていうか吾妻、夜の学校とか大丈夫なのか? 幽霊が出るシチュエーションとしてこれ以上ないくらい条件整ってない?」
「え、まじじゃん……。どうしよう小沼、あたしどうやって来たらいいかな……?」
「
「ええ、でも青春だよ……?」
つい今さっきまでとは打って変わって
「どうしても来たいならおれじゃなくて寺生まれのTさんとか連れてくれば?」
と、おれが冗談を言うと。
「はぁ?」
いきなり
そんなやりとりの後、
「暑い……疲れた……テンション上げすぎた……」
「そうなあ……」
さすがの青春ねえさんも炎天下で頑張りすぎたらしく、机にベターっとへばりついている。
「このままじゃ
「いやだ」
エネルギーを失ってへろへろになった吾妻が頭の悪そうなことを言い始めた。そのネタを知らないとお思いか?
「あはは、たしかに
「いやまじで大丈夫かよ」
今、もはや表情を見られずに
「あー、ありがとう、いい風……。風が語りかけます……あつい、あつすぎる……」
ていうか吾妻ねえさん、昔は
「そういえば小沼って、なんでうちの高校を受験したの? 家から遠いでしょ?」
おれの脳内も沸騰してわけわかんないことになってると、十万石饅頭の産地がおれと沙子の地元の方面だと思い当たったのか、おれに
「偏差値がちょうど良かったから」
「うわ、理由つまんな」
端的にわかりやすく答えたにも関わらず、そんな返事がかえってきた。
「いやでも、そんなん言ったら
「さこはすは別の理由があるからいんだよ」
「そう、すか……」
さすがにもう『その理由ってなんだ?』などとはぐらかすわけにもいかず、ゴニョゴニョと口の中であいづちを打った。
「えっと、じゃあ、吾妻はなんで
「青春したかったから」
これはまた端的な答えが返って来たなあ……。
「そうかもしれないけど、別に他の高校でも出来るだろ?」
「んんー、お兄ちゃんが通ってたってこともあって学園祭とか来た時に、『うわ、ここしかない!』 ってあたしの青春センサーが反応しただよね。こんな感じで」
吾妻は自分の髪の毛をひと束持ち上げて
そのピンと立てたセンサーとやらを軽くおれの方に向けてから手放し、
「結果的には、あたしのセンサーは正しかったってことだね」
吾妻はのそりと起き上がって、にひひ、と自慢げに笑った。
「まあ、完全休校日に学校に来ちゃうくらいだもんなあ……」
呆れ半分感心半分でおれは言う。
「あはは、たしかに。青春が好きすぎて、汗かいてベソかいて
「ベソはかいてないだろ」
「かいたかいた、かきまくってるよ。……小沼の知らないとこでね」
「はい?」
なんかいきなり意味深になった吾妻の言葉に首をかしげた。
「……でも、小沼のおかげで楽しかったから、ここまで来て、良かったな。青春を好きで、ほんとに良かった」
吾妻はそう言いながらふっと
「えっと、まあおれも、せっかく学校に来たのにただ引き返すよりは全然良かったよ。学園祭の器楽部の演奏会、絶対観に行こうと思った」
「へ? 器楽部? なんでいきなり?」
こちらを見て目を丸くする部長さん。
「だって器楽部は吾妻の『青春そのもの』なんだろ? 今日改めて、吾妻の青春にかける思いはまじで引くほど伝わったし」
「まじで引くとか、言うなし」
吾妻は照れくさそうに笑ってからはにかんで、
「……やっぱり、好きになって良かったなあ」
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