第2曲目 第8小節目:Stella by Starlight
それじゃ、とりあえずは市川の作った曲をラララでいいから練習するか、とそれぞれで楽器の準備をしていると、
「すみません……天音部長、いらっしゃいますかー……?」
と、小動物的なかわいらしい声が聞こえた。
入り口を見ると、今朝話した後輩、平良ちゃんが立っていた。
「あ、つばめちゃん。どうしたの?」
「あっ、天音部長いらっしゃいましたっ! なんだか、器楽部の友達のスタジオに遊びに行ったらメトロノームをつないでもスピーカーから音が出ないみたいでして……」
「えっと、遊びにって、器楽部の邪魔にならないようにね……?」
部長が部長らしく部員をちょっと叱ってる。新鮮だ。
「あ、ですよね、すみません……!」
そう言いながらも、ツカツカと部屋の中に入る平良ちゃん。
「って、はわわ! なんですかなんですか、この部屋はっ!!
などと急にテンションをあげて話し始める。はわわってリアルで言う人類初めて見たわ。
「こちらはやはりamane部長がお持ちの機材なのですかっ!?」
「ううん、これは、小沼くんの……」
なんだかバツが悪そうな顔をして市川が言う。てか市川さん今、amaneって呼ばれてたよ多分。
「小沼先輩のなのですかっ!?」
平良さんのキラッキラの視線がおれを射抜く。うぐっ。
「先輩やっぱりやっぱり宅録なさるんじゃないですかっ!
まあなんだ、高校で初めて後輩という生き物と接点を持ったけど、後輩ってこういう生き物なの? トニカクカワイイな。
「あ、いや、なさるというか、なさらないというか、ナサくんというか……」
「拓人は、ただのレコーディングオタクだから」
おれがしどろもどろになっていると、沙子が横から、少し
「そうなのですねー! こんな機材をお持ちだなんてっ! あ、このオーディオインターフェイスなんて、16チャンネルもあります! たしかに、宅録ぼっちさんでしたら、16チャンも必要ないですもんねっ!」
にこぱーっと笑顔が咲く。
……ちなみに、理解しなくても全く支障はないのですが。
オーディオインターフェース(パソコンとマイクをつなぐための箱みたいなやつ)が16チャンネルあるということは、簡単にいうと、16本のマイクから同時に録音できるということです。
つまり、通常1人で同時に演奏できる楽器は1つなので、マイクは1本で良いから、16チャンネル同時録音が出来る16チャンネルのオーディオインターフェースなんて必要ないですよねっ?
ということを平良さんは言っています。小沼拓人の宅録解説コーナーでした。
理解できなくてもこの先1ミリも影響しませんのでご安心ください。
「自分は宅録ぼっちなので、2チャンネルのしか持ってないですよー。先輩、すごいですっ!」
にこぱっ! と再び笑う平良さんマジ小動物。
ていうか、宅録ぼっちなんて言葉、勝手に作って使わないでね? おれもまだ一回も言ったことないんだから。初めて聞いたわそんな言葉。
「えーと、ソフトは何を使ってるんですかっ?」
興味津々でパソコンを覗き込んで訊いてくる平良さん。他の女子の例に漏れず近い……。なに、女子ってみんなこういう距離感なの?
すると、横で咳払いをする声が聞こえる。
「えっと、つばめちゃん? スピーカーから音が出ないんじゃなかったっけ?」
見ると、ニコニコとしながらも仁王立ちする天音部長の姿があった。
「はっ、そうでしたっ! 繋ぎ方ミスってるだけなのかもなんですけど……」
もじもじとする平良ちゃん。
「うんうん、そっか。じゃあ、行ってみようか!」
市川が『おー!』みたいな感じでこぶしを振り上げると。
「あ、小沼先輩に来てもらえれば大丈夫ですっ!」
と平良ちゃんが笑顔で制した。え、おれ?
「ん……? 私じゃだめかな……?」
「いえいえ、天音部長がダメだなんて
なにそれ、おれだったら別に申し訳なくないって言ってる?
「そ、そう……?」
市川がなんとなく納得しかねるといった感じで首をかしげると、
「拓人は、直せるよ」
横から沙子が割り込んできた。
「ちょっと沙子さん、そのくだり今入れるとちょっとごちゃつくから……。……えっと、うん、わかったからドヤ顔やめて?」
市川が困っている。
そんな不毛な議論をしている間に直せるだろ、という話になり、結局おれ一人だけでついていくことになった。
平良ちゃんに連れられて器楽部用のスタジオをのぞくと、一人、アップライトピアノを弾く女子がいた。
「小沼先輩、覚悟してくださいね」
はい? とおれが首を傾げたのもつかの間、平良ちゃんが防音ドアを開けた瞬間。
「……!」
おれは、息を呑む。
「まじかよ……」
その音がおれの鼓膜を震わせた瞬間から、スタジオの風景が、色が、まったく変わってしまうほどに、その女の子の奏でる音は生々しく、鮮やかで、艶っぽかった。
ああ、これが音楽なんだ、と妙に真理に一瞬で辿り着いてしまうような、そんな響きを持っている音楽が、そこで鳴っていたのだ。
「……すごいんですよ、ステラちゃんは」
「ステラちゃん……?」
「あの子の名前です。
んー、ギリギリ、タッチのオマージュ……?
「ステラさん……って、ハーフなの?」
「いえ、日本生まれ日本育ち、しかも両親ともに日本人らしいです。お父様もジャズピアニストらしいので、多分アーティスティックな家系なんでしょうね」
「ほーん……」
「えっと、先輩、興味持ってくださってますか……?」
「あ、悪い」
また吾妻ねえさんに怒られちゃう。おれが自分の
「見ててくださいっ」
そう言って、平良さんはいきなり大きく手を叩き始めた。
パシン! パシン! パシン! パシン!
え、何してんの?
おれが突然のハンドクラップに首をかしげていると、
「ああああああああああああ!!」
平良さんは大声を出しはじめた。
「ちょ、どうしたの!?」
あまりの奇行に、つい
星影さんは平良ちゃんのそんな行動もまったく気にせずピアノを弾き続けている。
……一年生、変なやつばっか!
「……こんな風に、誰がどんなに大きな音を出しても、ステラちゃんには聞こえないのですよ」
真顔で、平良ちゃんがそう言った。
「そう、なんだ……」
「天才って、多分、こういうことを言うんでしょうね」
平良さんが少し寂しそうに笑う。
「ところで、小沼先輩って、器楽部の部長さんと仲良しさんなんですかっ?」
突然明るい声で、平良ちゃんがおれに質問してくる。
「吾妻のことか?」
おれはついさっきまで吾妻が器楽部の部長だとは知らんかったけど……。
「はいっ」
「んー……」
部長をやってるってことすら知らなかったおれが仲良しを名乗って良いものなのかは実際のところさっぱりわからないし、普通であれば『いや、別に』というところなのだが。
こと吾妻についてだけは、おれはそれを出来ない事情というか恩というか、そういうものがある。
「仲良い、かな」
「そうなのですか?」
「……少なくとも、おれの秘密を教えられるくらいには」
それは、いつかの吾妻の言葉の真似だ。
「そうですか」
存外に冷たい声色で平良ちゃんはつぶやき、おれに向き直る。
「でしたら、小沼先輩、折り入ってご相談があります」
「ん?」
なに、折り入って、って怖いな。
なんて思っていると、平良ちゃんがありえないことを言う。
「吾妻先輩がステラちゃんにしているイジメを、やめさせてください」
「……は?」
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