第2曲目 第9小節目:Speak Now
「吾妻が、イジメ? 星影さんを?」
「はい、そうなんですっ!」
「んなわけないだろ……」
キリッと、真剣な顔でうなずく平良ちゃんを
「いえいえっ! 小沼先輩は吾妻先輩と親友なのでそういう風に見えてないだけなのかもですっ!」
平良ちゃんが前のめりに詰め寄ってくる。
「いや、親友とまでは……」
ていうか、なんだよ、親友って。照れるからやめれ。
「でもでもそもそも、おかしいとは思いませんかっ?」
やけに語呂の良い
「何が?」
「だってだって、ステラちゃん以外の器楽部員はみーんな今、合奏用のホールにいるんですよ? なんでステラちゃんだけここで一人でピアノを弾いているんだと思いますか?」
平良ちゃんは名探偵役が謎解きを披露するときのように、芝居掛かった動きで両手を広げる。
「いや、それは知らないけど、星影さんが望んで一人で弾いてるんじゃないのか?」
おれはよくあるよ、一人になりたい時。まあ、別に望まなくてもだいたい常に一人にはなれるんだが。
「それが、違うんですよねー」
チッチッチ、と指を動かす平良ちゃん。
「わかってないですねー」
……おれ、今わかった。
この子、可愛いけどめんどくさいタイプだ!!
平良さんはふぅ、と軽くため息をついて、星影さんの背後へとテクテクと移動する。
そして、星影さんを後ろからそっと抱きしめた。
すると、星影さんのピアノの音がひゅっと止まる。
「……なにしてんの?」
一応ツッコミを入れておくと、
「こうしないとステラちゃんは演奏をとめないんです、ぐへへ」
平良さんがこちらを見てニターっと笑う。
……いや、なんかぐへへって言ってるけど。別にそこまでしなくても肩を揺すったりしたら止められるんじゃないの?
あと、その笑い方、
「あ、つばめ……」
振り返りながら星影さんがそう言った。本当に、ここに平良ちゃんとおれがいることに今の今まで気づいてなかったらしい。
「ステラ、ロック部の小沼先輩連れて来たよっ。メトロノーム鳴らしてもらうんでしょ?」
「あ、amaneのドラムのひと……」
星影さんは軽くこちらに
なんだかちょっとした有名人にでもなったみたいで、微妙に居心地が悪い。
「ロックオン……良かった、です……。アンコール……、素敵、でした」
星影さんはかなりの引っ込み思案なのか、ピアノを弾いている時とは打って変わって、気弱な態度で細々とおれに話しかけてくる。
「お、おう、あ、ありがと……」
いや、おれも大して変わらないですねすみません。
「あ、小沼先輩、先にメトロノームお願いしますですっ!」
平良ちゃんはそう言って、ミキサーにつないだメトロノームを指差す。
どれどれ、と見てみると、本当に単純につなぎ方をミスっているだけだった。
「……平良ちゃん、宅録やってるんじゃなかっけ?」
「はい、やってますよ!」
「ほーん……」
じゃあなんでこの不具合が分からなかったんだろう、まあ別にいいんだが。
ケーブルを逆に挿すだけで、すぐにメトロノームから音が鳴り出した。
「わわっ! すごいです! さすが小沼先輩ですっ!」
「いや褒められるほどのことでは……」
いや、本当に褒められるほどのことではないんですけどね。
ちょっと
「ありがとうございますっ!」
平良ちゃんは、おれにお礼を言うと、星影さんに向き直り、
「ねえねえ、ステラちゃん、小沼先輩に話してみたら?」
そんな提案をした。
「なに、を……?」
「吾妻先輩とうまくいってないんでしょ?」
うおお、すげえ単刀直入。
「い、いや、だから、上手くいってない、とかじゃ、なくて、わたしの実力の問題で……」
星影さんはうつむきながらそう答える。
「もー、ステラちゃんは遠慮しいなんだから! ステラちゃんの実力なわけないじゃん! こーんなに上手いんだから!」
お姉ちゃん気取りで平良さんは呆れ顔を作ってみせた。
そんな平良ちゃんを見上げて、星影さんはがつぶやく。
「えっと、つばめ、わたし、ピアノ、弾いても、いい……?」
星影さんは今すぐにでも練習がしたいのだろう。なるべく早く合奏に参加したいのかもしれない。
電子メトロノームを操作してテンポを設定する。
「ほんとにステラちゃんはピアノ大好きだねー」
「うん……!」
星影さんがニコッと笑う。
「くぅうううう!!」
その笑顔をみて、平良ちゃんが
まあ、でも、分かる。ミステリアスな雰囲気の子だと思ったが、笑うとギャップがあって、レアなものを見た感でちょっと嬉しくなるな。
星影さんは再度ピアノを弾き始める。
ひとしきり
「あのですね、小沼先輩」
「ん?」
「ステラちゃんは、器楽部に入って最初に弾いた時に『定期演奏会はソロピアノで出たら?』って言われたそうなんです。みんなビッグバンドで演奏しているのにですよ? これってイジメじゃないですか?」
吾妻との
「ほーん……」
確かに、さっきのソロピアノは目を見張るものがあった。
「それでですね、夏休みに入って合宿まで練習中、吾妻先輩に『やっぱりみなさんと演奏したいです』って言ったそうなんですっ! このステラちゃんがですよ? そこにどれだけ勇気が必要だったか……」
「そうなあ……」
それは本当にそうだろう。おれなんか同級生と話すのも難しいのに、先輩に
「そしたら、吾妻先輩なんて言ったと思います?」
「なんて言ったの?」
そんな前振りで大したこと言ってなかったら恥ずかしいよ?
「『分かった』って言ったんです!」
うわー大したこと言ってなかったー!!
「じゃあいいじゃん……? 何が問題なの?」
「違うんです! それで、メトロノームを渡されて、『これに合わせる練習をしなさい、死ぬ気で』って言われたそうなんです! 死ぬ気って! どこのブラック企業だよって話じゃないですかっ?」
「そうなあ……」
ブラック企業っていうか、昭和! って感じだったもんな。さっきホールで見たとき。みんな40秒で支度できたのかな……。
「トップが精神論しか言えない組織はダメになるのですよっ!」
ズビシッとこちらを指差してくる。
「でも、星影さんはメトロノームに合わせて練習したらビッグバンドに参加出来るんだろ?」
「そんなの絶対嘘ですよ! 一人でこんなところに
嘆かわしいっ! という感じで平良さんが頭をかかえる。
「きっと、ステラちゃんがあまりにも天才過ぎるので、嫉妬して、合奏に入れてあげてないんですよ。器楽部の2年はこの文化祭で引退ですし、こんな天才1年生に目立たれたら、立つ瀬がないじゃないですかっ!」
「そうなあ……」
「ちょっと、小沼先輩、聞いてますかっ?」
まあ、平良さんの悩みというか言いたいことはわからないでもない。
でも、今目の前で星影さんが弾いている
「……自分、人の才能をつぶすような人を許せないんです」
いきなりトーンを落としたその声に、ぞくっとする。
「小沼先輩、お願いですっ。どこかで吾妻先輩と話してもらえませんか?」
平良ちゃんがもう一度真剣な顔をして、手を合わせてこちらを見ている。
平良ちゃんも、友達思いで、星影さんのことが大事で、こんな風におれに頼んでいるのだろう。
「そうなあ……」
まあ、ちょうどおれも吾妻と話さないといけないことはあるしな。
「分かったよ、今夜、飯の後にでも話してみるわ」
「ありがとうございますっ! さすが情に厚いですねっ、ドラムを泣きながら叩いてただけはあります!」
「その話はやめてえええええええええええええ」
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