第68.53小節目:ミス コンテスト(エントリーNo.3:波須沙子)

「それでぇ、次は誰の撮影するのぉ?」


 英里奈えりなさんの撮影も無事に終わり、教室を出る時に小悪魔さんに訊かれた。


「そうなあ……」


 おれはふむ、と思案しあんする。


 次は、沙子さこ吾妻あずまのどちらかということになるのだが、吾妻はおそらく昼練に器楽部に行っているだろう。


「沙子かな。じゃ、4組か……」


 おれは、小さくため息をつきながら、だらりと腕を下ろした。


 以前ほどにはその負荷ふかは大きくないものの、やはり自分のクラスじゃないところに行くのは気が引ける。あの『よそ者が来ましたけど、ご担当者どなたですか?』みたいな雰囲気ふんいきがどうも苦手なのだ。


「そっかぁ、そんじゃ、4組に行こぉー!」


 うなだれるおれの腕をぐいっと引っ張って、英里奈さんが歩き始めた。


「え、英里奈さん?」


 戸惑うおれに、前を歩く英里奈さんは顔を半分こちらに向けて、本場のウィンクをかます。


「たくとくんはどうせたくとくんだからぁ、他のクラス行くの嫌でしょぉ? えりなはそーゆーの全然気にしないもぉーん!」


「お、おう……!」


 なんだこの人、めっちゃいい人じゃん!




 ……と思ったのもつか


「どぉもー! 小沼おぬま拓人たくとくんがやってきましたよぉー!」


「ちょっと!?」


 4組に入るなり、にっこにこの笑顔で大声で言う英里奈さん。何してくれてんの!?


 一瞬、教室は静まり返り、みんながこちらをじろっと見た後に、「なんだ、英里奈えりなひめのいつものやつか……」的な感じでそれぞれがおしゃべりやら食事やらを再開した。なんか、慣れていらっしゃいますね……。そして誰も対応はしてくれないんですね……。


 教室の入り口で立ちすくんでいると、


「どうしたの」


 と、助け舟を出そうとしてくれたのか、それともクラスの空気を乱されて怒ってるのかよく分からない無表情な声に話しかけられる。


「あ、さこっしゅー!」


 英里奈さんがあざとい仕草しぐさで手を振ると、沙子がそのふわふわな頭に軽くチョップをかます。


「つーか、あんたは小沼拓人じゃないでしょ」


「そぉだけどぉー、たくとくんの代わりに大声出したんだもんー」


 頭をおさえながらわざとらしい涙目で上目うわめづかいで沙子を見る英里奈さん。絶対そんなに痛くないだろ。


「その大声がうちの拓人たくとを困らせてるんだっての」


「えぇー、えりなはたくとくんを助けるためにやってるのにぃー」


「はいはい。それで、拓人はどうしたの」


 口をとがらせて抗議こうぎする英里奈さんを軽くいなして、こちらに視線をうつした沙子が質問してくる(多分)。


「ああ、それなんだけど……」


「たくとくんはぁ、さこっしゅに会いに来たんだよねぇー?」


 英里奈さんがニターっとした笑みを浮かべて、こちらを見上げてくる。


 いや、それはそうなんだけど、とんでもなく語弊ごへいがありませんか?


「……そうなの?」


 すると、沙子が表情はそのままに、語尾を上げておれに問いかける。


 その試すようなまっすぐな視線に射抜いぬかれてしまい、おれはゆっくりとうなずいた。


「ま、まあ……」


「……そっか」


 沙子が肩のあたりにおりた金髪きんぱつの毛先をくりくりといじる。


 わずかに漂う謎の照れ臭い空気に、その空気を作り上げた悪魔様が二ヒヒと笑い、


「それじゃぁ、えりなは行くねぇ! たくとくん、頑張ってねぇ!」


 その『頑張ってねぇ!』もなんか悪質だな……。


「えっと……、ちゃんと説明するから、一旦場所を変えても良いか?」


「……うん」


 沙子は、髪をいじったまま、若干じゃっかん目をそらしてうなずく。







「……ミスコン」


 先ほどの空き教室に戻り、いきさつを説明すると、沙子は珍しいほど露骨ろこつに嫌そうな顔をする。


「うち、そんなの出るって言ってないんだけど」


「いや、知らないけど他薦たせんらしいですよ」


「じゃ、出ない。棄権きけんする権利はあるでしょ。それじゃ」


「ちょ、待てよ!」


 一方的に話を切り上げられそうになり、ついつい某伝説級の男性アイドルのようになりながら沙子の細腕をつかんだ。


 そのおれの手を一瞥いちべつしてから、


「……なに」


 と訊いてくる。


 ……うーん。なに、と訊かれると、なんなんだろうか。


 別に実際沙子が出なくてもおれは困らないし、沙子の言う通り、棄権きけんする権利くらいはあるはずだ。


 なのだが。


 おれが腕を掴んでから、あからさまに去ろうとする意思が薄れているような感じがある。というか、皆無かいむでは?


 どうしたもんかな、と小さく首をかしげていると、


「……他には、誰が出るの」 


 と沙子から追加の質問が提示された。


 その質問には、答えやすい。


「えっと、市川と……」


「じゃあ出る」

 

 おっと、市川の名前が出た途端とたんに即答ですね。


「そ、そっか……それは良かったんだけど……なんで?」


 おれが訊くと、沙子は下唇を噛み、憎悪ぞうおがわずかににじみ出たような表情になった。


「……一個くらい、あの女の鼻を明かしてやらないと気が済まないから」


「あの女って……」


 一応バンドメンバーなんだから仲良くしなよ……。





 ということで仕切り直し。


「……笑ったりしたほうが勝てるかな」


 動機はどうあれ突然前向きになっている沙子に内心ほっこりしつつも、おれは考える。


「んー……、まあ、沙子はそのままでいいんじゃないか。無理して笑ってもあんま仕方ないと言うか、無表情の奥にある感情みたいなのは、なんとなく伝わるだろ」


「……それは拓人だから分かるんだと思うけど」


「そうか?」


 最近は英里奈さんとかの言動とか見てても、おれ以外も結構沙子の表情分かるようになったなあ、と思うんだが。


 そんなことを考えつつ、とりあえず、おれはカメラを構える。


「……まあ拓人が分かればいいや。それじゃあ、まあ、はい」


 沙子はそう言って、右の髪に手をかける。


「おっ」


 おれはその瞬間にシャッターを押した。


 それは、無表情な沙子がかしこまった時にやるくせなのだ。


「撮れたよ」


「ん、もう撮ったの」


 沙子が0.数ミリだけ驚いたように目を見開く。


「うん。きれいに撮れてると思うけど」


 おれは画面を見てふむふむとうなずいた。


 さすが、実行委員会に借りた一眼いちがんレフだ。その画像はかなり高画質きれいである。『一眼いちがん』の意味も『レフ』の意味も全然わかんないし、なんならこのデジカメが一眼レフなのかも分からないけど。スマホじゃないカメラって全部一眼レフだと思ってるんですけど合ってますか?(無知)


綺麗きれいに……そっか」


 なんだか画質の良さに対して謎にもじもじとしている沙子に、


「確認するか?」


 とカメラを差し出してみるものの、


「ううん、拓人がいいなら大丈夫」


 と言われる。


 そんな風に言われるとちょっと責任重大だな……。


 細かい手ブレとかがないかと、沙子の顔にズームしてみていたら、それ・・が目に入った。


「そういえば、高校に入ってから、そのヘアピンしてるな」


 金髪にえた5枚の紫の花びらをしておれは何気なくたずねた。


「これ。うん、まあ」


「それ、スミレかなんか?」


 花にはまったく詳しくないが、当てずっぽうで言ってみると、沙子がぼそっと答えてくれる。


「……ツルニチニチソウ」


「え、なんだって?」


 ついつい友達が少ない難聴なんちょう系主人公みたいなセリフを吐いてしまったが、単純に花の名前があまりにも聞き慣れないものだったから聞き直してしまっただけだ。


「だから、ツルニチニチソウだって」


「つるにちにちそう? 『ニチ』多くない?」


「そんなのうちが決めたわけじゃないんだけど」


「そうなあ……」


 うん、そうだよね。さこっしゅめっちゃ正論。


「……つーか、花の名前じゃなくて、花言葉で選んだし」


「ほーん……?」


 おれは吾妻ねえさんに怒られそうなあいづちを打ちながらも、グーグル先生に教えてもらおうとスマホを取り出す。自分にだってそれくらいの単純な検索ならしっかりばっちり出来るのですよっ!


「えーっと、『ツルニチニチソウ 花言葉』……」


「ちょ、ちょっと、ダメ!」


 すると、慌てたように、検索結果が出てくるその0.数秒のあいだにスマホの画面をきれいな両手が隠した。


「え、なんで?」


「なんでも」


 見上げると、普段からは想像できないくらいしっかり頬を赤らめて、うつむく沙子の顔。どしたのいきなり……?


「え、いきなりめっちゃ気になるんだけど……」


 おれが興味津々きょうみしんしんになっていると、真っ赤になった顔を上げて、キッとにらまれる。


「……もし調べたら、うち、ミスコン出ないし、拓人とくちきかないから」


「ええ……」


「絶対ダメ。約束して」


 そう言って、左手で画面を隠したまま、ずいっと右手の小指を差し出してくる。


「ああ、うん、まあ、分かった……」


 おれは右手で持っていたスマホをそっとポケットにしまい、そっと小指を出して、指切りげんまんをした。




 ……はあ、詰んだ。


 おれは、どうあっても沙子との約束をやぶるわけにはいかないのだ。


 そんなことになったら、火のついた花火を千本飲まないといけないし、それに。


「……良かった」


 この幼馴染の、小指を絡めただけで安心しきったような表情を見たら、それを反故ほごになんて、出来るわけないのだから。


「ありがとね、拓人」

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