第3曲目 第47小節目:I’m So Glad

 放課後、吉祥寺きちじょうじのスタジオに30分ほど早く着いたおれたちは、ロビーの4人がけテーブルに座っていた。


 吾妻あずまは机に突っ伏して仮眠かみんをとっており、その横では市川いちかわがその寝顔を微笑ほほえみながら眺めており、沙子さこは壁際の雑誌が置いてある棚を物色ぶっしょくしている。


 フロントには今日も神野じんのさんが立っていて、なぜかそわそわと沙子のいるあたりを見ていた。


 おれはというと、向かいに座る市川をぼんやりと見ていた。


由莉ゆり、眠いの?」


「ねむい……」


 吾妻は突っ伏したままうなずく。


「ねえ、なんでかな? どうしてかな? もしかして、小沼くんが寝かせてくれなかったの?」


「うん……」


「んんー……!」


 市川はヤンデレみたいなことをしたあと、最終的にねたように頬を膨らませる。今朝けさといい、なんで君はわざわざ自分から突っ込んでいくの……?


「んん……どうすればいいの……魔王……怖い……」


 一方吾妻は昨日からのことを、ずっと考え続けているんだろう。半睡眠状態のままうなされている。


「由莉、ごめんね、うなされてるのに変なことして……。大丈夫?」


 会話はあまり成立していないのだが、市川はなぜか構わず話しかけ続けながら、その頭を優しく撫でた。すると。


「ああ、amane様の御手みて……。成仏じょうぶつしてしまう……」


「おい信者……」


 それを解決するんじゃないのかよ……。


 潜在意識にまで染み付いている吾妻の信者っぷりをあきれ目で見ていると、沙子が雑誌を持って戻って来た。


「ねえねえ、拓人たくと、聞いて。今日発売のバンマガがもうあった」


「へー」


「いつもは発売日の2、3日後になるのに。すごい」


「へー」


 おれの相槌 《あいづち》に満足げに(無表情だけど)うなずいた沙子は、持って来た雑誌に目を落とした。


 雑誌の名前は『バンドマガジン』、通称バンマガ。名前の通り、バンドに関するあれやこれやが載っている雑誌だ。さこはすパパがよく寄稿きこうしている雑誌でもある。今月号の表紙には、『特集:青春せいしゅんリベリオン 今年も開催!』と書いてある。


 娘が自分の仕事に興味を持ってくれてさぞ嬉しかろう、さこはすパパ……。


「そういえば昨日のこと、パパにお礼伝えておいたから」


「ありがとう。おかげさまで本当に勉強になりました」


「ん」


 沙子はそっけない返事をしながらペラペラとめくる。


「ん、折り目ついてる」


 ガタッ!


「本当だー誰がつけたんだろうね? こういうの、ドッグイヤーっていうらしいよ」


 覗き込んでみると、たしかに右上がちょこっと折られているページがある。


 沙子がそのページを開くと、


『青春リベリオン たて役者やくしゃの語る高校生限定コンテストの意義』


 という大見出しと、人物の写真。


「えっ!?」


 そこに写っていたのは、金髪ショートカットの女性。


「昨日会った人だ……!」


 大きな写真で、大黒おおぐろ月子つきこさんが、インタビューを受けながらろくろを回していた。


「なあ、吾妻」


「なによう……」


 吾妻の肩を揺さぶって起こす。


「あれ、小沼くん、さわれるようになったの……?」


 起きた吾妻が目をこすりながらおれが指差す写真を見た。


「この人。昨日会った大黒さんだよな?」


 ガタッ!!


「ほえ? あ、ほんとだあ」


 ぼーっとした目で紙面を見て、やがて「はあ……!?」とその目を見開く。 




「いや、本当にろくろ回してるじゃん……!」




「この人なんなの」


「そうなあ……」


 ……そうなのだ。そこに掲載されているのは、比喩ひゆではなく本当にろくろを回している大黒さんの写真だった。


 場所はいたって普通の会議室っぽかったが、ろくろの上に載った粘土ねんどか何かを触りながら爽やかに笑っている。


「ああ……月子さん、バディ・ミュージックで有名らしいよ?」


 ガタガタッ!


「何で。陶芸家とうげいかなの」


 沙子が0.数ミリ怪訝けげんそうな顔をして質問する。(多分)


「違う違う、なんだか変なことをいつもするからって。でも、なんでろくろなんだろう?」


 それは『ろくろを回す』と揶揄やゆされることの多いインタビュー写真で本当にろくろ回してやろうっていう遊び心 (?) なんだろうけど……。




「こんな奇人きじんがライブに来てくれるのか……」




「え」「そうなの?」「はああああああ!!??」


 ん、1人ちょっと遠くからすごく大きい声がするけど……。ていうかさっきからガタガタそっちから音がしてるんだけど……。


 と、そちらを見ると、「あ……あ……!!」と声にならない声を発しながら神野さんが驚愕きょうがくに震えていた。




「ど、どういうことだ……!?」


「あ、あの。昨日……色々あって偶然この人にあったんですけど、再来週さらいしゅうのレコーディング権争奪ライブ、この人が観に来てくれるらしいんです。なんか、青春リベリオンのスカウト枠とかいうのがあるらしくて……」


「おい、マジか……!? ライブってオクタうち主催のライブだよな!? そこに大黒月子が来るっていうことか!?」


「は、はい……」


 いつの間にか、こちらに来て鼻と鼻が触れそうなくらいに顔を近づけて来る神野さん。


「ちょっと舞花先輩、小沼くんと顔が近いです……!」


 市川が横から不快そうに声を出すが、神野さんには聞こえてないらしい。


「スカウト制度ってやつで認められたらこのコンテストの本選に進めるってことだよな……!?」


「は、はい。そうみたいです……!」


「舞花部長とは思えないくらい、理解が早いですね……」


 吾妻はなんでいつもこの人に若干じゃっかん厳しいんだろう。


「チャンスじゃねーか!」


 神野さんはおれにつばを飛ばしてから、震える手でスマホを取り出し、どこかへ電話をかけはじめた。


「舞花部長、勤務中なんじゃ……?」


 そんな後輩のツッコミも無視して、貧乏びんぼうゆすりをして電話がつながるのを待っている。


 やがて電話の相手が出たらしい。おれらをちらっと見てからちょっと離れたところに行く。


 詳細な内容は聞こえないが、「頼む!」とか「一生のお願いだ!」とか「死んでも無理!」とか「ぶっ殺す!」とか物騒な言葉が聞こえたあと、やがて電話を終え、そしてもう一度似たような電話をし、こちらに戻って来た。



 後夜祭で演奏していた時くらいに清々すがすがしい笑顔でニカっと宣言する。


「すまん、ユリボウと愉快な仲間たち!」


「は、はい……?」





「アタシら……Butterバターで、やっぱりそのライブ出るから!」

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