第68.4小節目:This Christmas

「「買い出し?」」


「うん、よろしくぅー!」


 学園祭もいよいよ近くなったある日のこと。


 クラス委員長の英里奈えりなさんが市川いちかわとおれに命じた。


 ちなみに、我らが2年6組のクラス展示は『コスプレ写真館』。


 お客さんは、こちらが用意した色々なコスプレグッズに、教室の中に作られた着替えスペースにて着替えて自分のスマホやらで写真を撮影できるというものだ。


 何か飲食物を振る舞うコスプレ喫茶というわけでもなく、そもそも生徒がコスプレをするわけでもなく、ただただ来場者が自分で着替えて自分で写真を撮るという、生徒側の主体性が感じられないこの企画。


 本来であればなんかチャラいし通らなそうなものだが、コスプレの一つに武蔵野国際高校ムサコクの制服を置くことで、学校見学に来た中学生がそれを着て写真撮影をすることが出来でき、その結果として志望者数が増え偏差値が上がるから、という謎理論で通したらしい。


 とはいえ、他の2年生の企画もレベルは似たり寄ったりである。学園祭で引退する器楽部を含めて、2年生の多くは部活で参加する最後の学園祭になるので、クラス展示の方は割と省エネで出来るものを選ぶのだ。


 ちなみに、3年生は部活がないから、クラス展示にめちゃくちゃ力が入っているらしい。受験はどうした。


「分かった! それは、小沼くんと私で行ったほうがいいの?」


 市川がぴょこっと挙手しながら質問する。


「うん! たくとくんと天音あまねちゃんは、当日ロック部のライブがあるでしょぉ? 発表がある人は当日の店番はしなくていい代わりに、それまでの準備にしっかり参加して欲しいんだよぉー。当日は運動部のみんなが店番してくれるからさぁー。えりなもダンス部の発表があるから、準備係ぃ!」


「ほーん……」


 なるほど。なかなかすじが通っている。


 ん、でも……?


「そしたら、安藤あんどうも」

「分かった、2人で行って来るね!」


 某チェリーボーイズのメンバーもロック部じゃね? ということで名前を出そうとしたが、市川部長にさえぎられた。


「うへへぇー。まぁ、そうゆうことだから、よろしくぅ! 何種類か買って来てねぇ!」


 ニタニタと笑う小悪魔委員長に見送られて、おれと市川は教室を出た。






 ということで、やってきましたドンキホーテ吉祥寺駅前店。


「コスプレグッズか……おれにはえんがなさすぎてよくわからんな……」


「私もだよー」


 コスプレコーナーを物色ぶっしょくしながら、市川は上機嫌じょうきげんに鼻歌を歌っている。


 その視線の先には、メイド服、ナース服、警察服……。


 ……あれ、これ、もしかして男女二人で入って来ていいゾーンではないのでは?


 それに気づくと、妙な背徳感はいとくかんみたいなものがい出て来た。


「ねえ、小沼くん」


「ひゃ、ひゃい!」


 ついつい想像しかけていたあれやこれやに声がひっくり返る。


「ん、どうしたの?」


「な、なななんでもないです」


 いぶかしげに首をかしげる市川。この人が吾妻あずまみたいなスキル持ちじゃなくて良かった……。


「そう? ねえねえ、これなんかどうかな?」


 おれの挙動不審きょどうふしんっぷりをスルーして、商品を一つ胸のあたりにかかげて見せて来る。


 その服は。


「サンタ?」


「そう、サンタさん!」


 市川がにこにこ笑顔でそう言った。サンタにもさん付けを忘れないリスペクトの精神さすがです。


「あ、うん、いいんじゃねえの」


 市川の持っているパッケージのモデルの写真を見ると、赤いワンピースとサンタ帽のセットみたいだ。


 赤いワンピースはミニスカートになっていて、ふともものあたりが際どい。肩はオフショルダーっていうのかよく知らないけど、とにかく肩がなんか出てて、その上から肩掛け(?)を羽織はおるようなデザインになっているらしい。


 目の前の市川がそれを着ているところが頭に浮かび、ついゴクリとつばを飲み込む。


『うわあ、このスカート短いね?』『なんか、肩がスースーする……』『タイツと靴下とどっちの方がいいかな……?』『ねえ小沼くん、背中のファスナーを』


「小沼くん?」


「は、はい、ごめんなさい!」


 背筋をピンと伸ばし、敬礼せんばかりの勢いで謝罪した。


「なんで謝ってるの……?」


「な、なんでもないです」


 天使がおれの目の前で首をかしげている。その目が純粋無垢じゅんすいむくすぎて罪悪感がやばい。強く白い光に照らされるほど、影は黒く濃くなるのです……。


「それにしてもこういうのって、誰が、いつ、何のために着るんだろうね……?」


 自分の手に持っているものを見ながら、むむむ、と難しそうな顔をしている市川。


「さあなあ……」


 おれがそう答えると、再びおれに目を合わせて、少し意地悪いじわるな表情で、


「さあなあー」


 と言いながら笑う。


「なに、真似まね……?」


「うん、小沼くんの口癖くちぐせの別バージョン出たなあって思って」


 そう言ってから練習するみたいに「さあなあー」ともう一回言っている。


「そうかあ……」


「そうかあー」


「いや、真似しなくていいんだけど……」


 照れ臭くなって頬をかくと、市川はえへへ、と嬉しそうにする。




「サンタさんの服を買うなら、こっちもセットで買わなきゃだね。えいっ」


 そう言いながら、いつの間にか手にしていたトナカイのつののカチューシャをおれの頭にかぶせる。


「あはは、似合うよ小沼くん」


 かぶせるためにぐいっと近づいた瞬間にふわっとかおったシャンプーの匂いにおれはドキドキしてしまう。ていうか無防備むぼうびに近づいて来るのやめてね……!?


「ん? 小沼くんの耳が真っ赤だ。赤耳あかみみのトナカイだね?」


「う、うまくねえよ……!」


 なんとか否定するのに精一杯だ。おれはつのを外して、市川に返した。


 市川はそれを、ふむふむ、みたいな顔でまじまじと見つめてから自分でも付けてみながら、


「……小沼くんは、クリスマスって毎年どうやって過ごしてるの?」


 と質問してきた。


「おれは、もちろん家族とだな。チキン焼いて、ポットパイ作って、ケーキ焼いて、食べながらビンゴ大会やって、プレゼント交換会して終わり」


「え、ビンゴ大会? 家族で?」


 驚いたような顔をしてこちらを向く。


「うん、賞品はお菓子とか文房具とかだけど」


「へえ、すごいね!」


「え、何が?」


 普通はしないの? 家族ビンゴ大会。毎年、ゆずがめっちゃ張り切って準備してくれるんだけど。


 市川は感心したようにおれを見たあと、なぜか少しかしこまった顔になる。


「……そしたらさ、今年もクリスマスはご家族で過ごすの?」


 手近にあった顔の大きさくらいの鏡を覗き込み、カチューシャから出た前髪をくしくしとかしながらたずねられた。


「多分そうだな」


「……そっか」


 市川は唇を引き結ぶ。


「どうした?」


 おれが首をかしげると、相変わらず鏡を見ながら、


「えっと、それはさ、イブも、クリスマス当日も?」


 と質問を重ねてくる。


「いや、イブだけだと思うけど……」


 おれがそう言うと、突然こちらを向いて、パッと顔を輝かせる。


「ほんとっ!?」


「お、おう……」


 またこの人は前のめりに近づいて来る……!


 おれの戸惑とまどう顔を見て、少し我に帰ったのか、市川は身体を戻してコホン、と咳払いをした。


「あのね、私ね、」


 市川がちょっと恥ずかしそうに息を吸う。


「12月25日が誕生日なんだ」


「あ、そうなの? クリスマス当日じゃん。珍しいな」


 知らなかった。どうりで天使っぽいわけだ……。


「あはは、珍しいってこともないよ。366分の1だもん。小沼くんの誕生日とおんなじ確率」


「まあ、たしかに」


「うん。……でも、だからね、クリスマスって、ちょっと特別な日なんだ」


「そうなんだ……」


 トナカイの角を付けたまま、コクリとうなずく。


「えっと、だから、小沼くんの予定がもし空いてたら、その……」


「お、おう……?」


 市川は、歌い始めみたいにすぅっと息を吸う。


「今年は、一緒に過ごせるといいなって」


 そう言って、にへら、と笑った。


 その笑顔があまりにもはかなげで可憐かれん印象的いんしょうてきで、おれはついほうけて、言葉を失ってしまう。


 その無言むごんに耐えられなかったのだろう、市川があわてたように、


「……ほら、えっと、amaneのみんなで!」


 と付け加えた。


「そ、そうだな……」


 その言葉のおかげで、なんとかおれが答えると、


「じゃ、じゃあ、これ買って来るね!」


 と手にしていたサンタ服を持ち上げる。


「お、おう……」


 レジに向かうその後ろ姿に、おれはハッとして声をかける。


「い、市川!」


「ん?」


 期待を込めたような顔で振り返る市川。


「えっと、つのはずしてかないと」


「あ、そうだね……!」


 市川は頬を赤くしながらカチューシャを外す。


「あ、あと」


「あれ、他にも何かついてる?」


 市川は、自分の頭を両手のひらでぽんぽんと軽くたたく。




「クリスマスは、空けておくようにする」




「へっ? ……あ、うん!」


 市川はえへへ、と、照れたように頬をかく。


 そして小指を差し出し、


「約束、だよ?」


 と幸せそうに笑うのだった。

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