第3曲目 第10小節目:センチメンタルジャーニー

「で、どんな曲にしよっか」


 月曜日の昼休み。おれの隣では吾妻あずま白飯しろめしを口に運んでいる。その脇には当たり前のように置いてある缶のカルピス。和食に甘い飲み物って合うんだろうか……?


「もちろん曲の打ち合わせするのは歓迎かんげいなんだけど、なんで昼休みの時間のない時に? 放課後、なんか予定あるのか?」


 今日は弁当を持って来てないから売店で何か買おうかなーと向かっている途中に、廊下ろうかでつかまり、食堂まで連行されたという形である。


 食堂の中でもぶっちぎりに不人気ふにんきで、そのため周りに人のいない、壁に向かった席に2人横に並んで座っている。まあたしかに座ってみると、なんで壁を見ながら飯を食わなきゃいけないんだよ、とは思う。


「予定もあるっちゃあるけど、放課後に小沼おぬまを借りたら、あんたの彼女めんどくさそうなんだもん」


 ふすー、と不満げに息を漏らす。


「いや、あいつはバンド活動のために時間使ってても何も言わないだろ……いてっ。なんだよ?」


 机の下で横から靴を軽く蹴られて見やると吾妻がむっとした表情でこちらを見ていた。


「なんかその『おれは分かってる』づらがむかつくずら」


「語尾……」


「小沼は知らないだけだよ。小沼とあたしが喋ってるとするじゃん? それに気づいた天音あまねは、まずぷくーってほっぺ膨らませて、そのあと口とがらせて『ふーん……?』みたいな顔して、そのあと『だめだめ』って感じで首を振って、自分で自分の顔をぺちぺち叩いてから、深呼吸して『よしっ』って自分の拳をぎゅって握って、それでやっと普通になって話しかけてくるんだから。その過程がまた可愛いのなんのって……うへ」


「可愛いのかめんどくさいのかどっちだよ……」


 ていうかそんなこと絶対やってないよ……。儀式ぎしきじゃん……。


「両方だよ、両方。めんどくさ可愛い」


 吾妻は最後の一口を食べて、小さく手を合わせ「ごちそうさま」とつぶやく。


「吾妻の市川に対する態度はムラがあるよな。信者みたいにあがめたり、ディスったり。amaneと市川天音の違い?」


 おれはなんとなく、沙子さこと話していたことを思い出し、そんなことを聞いてみる。


「別にディスってないっての。ただめんどくさいって言ってるだけ」


「その日本語の微妙な違いがおれには分からない……」


「どこまでがamane様でどこまでが天音あまねか、なんてあたしにもよくわかんないけど」


 そこまで言って吾妻はカルピスを一口飲む。


「でも、小沼の彼女はamane様ではないってことは確実じゃん。だって、あんたがその定義をしたんでしょ?」


「そう、だけど」


 その大きな瞳にまっすぐ見つめられて、うなずく。


「だったらいいんだよ。小沼の彼女はめんどくさくて可愛い。amane様は神。それだけのこと」


「そうなあ……」 


「ていうかそんな話してる間に時間なくなっちゃうって。どんな曲にしよっか?」


 話は振り出しに戻る。打ち合わせ開始だ。


「んー。『わたしのうた』がなくなったから、曲調的にバラードを作ってそこを埋めたほうがいいよな」


 おれがそう提案すると、吾妻が「はあ……」とため息をつきながら自分のひたいに手を当てた。


「なんだよ……?」


「小沼と話してると、『三歩さんぽ進んで三歩さんぽ下がる』ってことわざの意味を実感するわ……」


「そんなことわざねえだろ、進んでねえじゃん……。なに? どういうこと?」


「曲調から考えてどうすんの? って言ってんの」


「ああ……」


 吾妻の言いたいことは理解した。


『小沼のこの曲に、意思はある? 小沼拓人は、そこにいる?』


 あの日の言葉が思い出される。


 つまり、『曲調とかじゃなくて、あんたの伝えたいことを音にしなさい』と言っているのだろう。


「とはいえだな、別に今、伝えたいこととかないんだよなあ……」


『平日』(当時のタイトルは『日常は良い』)を最初に作った時にもあったわけじゃないけど、『キョウソウ』の時にはあふれる思いがあった。


 あの時ほどの思いが今心の中にあるかというと、怪しい。


「うーわ、表現したいことのない作曲家とか無価値……」


「言いすぎじゃない?」


 辛辣しんらつだなあ……。


「まあ、そんなにパッと出てきてるようなら、あんたはもう曲にしてるかあ……。だから曲調とかそういうことを切り口にしちゃうんだ」


「なんか信用されてんのかされてないのか、よく分かんないな……」




「……でもさ、あたしがデビューのためってけておいてなんだけど、言いたいこともないのにライブなんかして、意味あるのかな。それこそ本末ほんまつ転倒てんとう、かもね」




「そうなあ……」


 その一言が、なんとなく強く心に焼きついた。


「なんかないの? 天音への思いとか。……やっぱいい、そんな曲の歌詞書きたくない」


「自己完結するなし」


 いや、そんな曲はおれも書かないけど……。


「ていうか、そんなこと言うなら、吾妻はないのかよ? 言いたいことは」


「あたしはあるよ、毎日毎日。あたしは今あれだけ夢見た限りある高校生活を送ってるのに、何も言うことがないなんて日が1日でもあったら勿体もったいないもん」


 青春部部長は『当たり前でしょ?』と言わんばかりに首をかしげる。


「その情熱をおれに分けてくれよ……」


「はいはい、送ってあげるから受け取りなさい」


 吾妻はおれに、気を放出するように右手のひらを向けてくる。いや、受け取れるのは青春センサーだかアンテナだか持っているやつだけだろ。


「それじゃあ、吾妻の歌詞におれが曲をつけるってのは?」


「あたしも今同じこと思ってた。それ、やってみよっか。だとしても何について作るんだって話はあるんだけど……」


「ほら、吾妻のサイト、あったじゃん。そこから選ぶってのは……」「あれはダメ!」


 おれが提案しようとすると、少し大きな声で断られる。


「やばい、そうじゃん……。鍵かけとこ……」


「読まれて困る歌詞があるのか?」


「あるに決まってんじゃん。現役女子高生がポエムをアップしてるんだよ?」


「いや、でも、おれは別に吾妻の歌詞は良いと思うんだけど……」


「それは本当にありがとう! それでもあんの! 学園祭以降のやつとか読まれたら死ねる自信がある……」


 喜んでるのか怒ってるのか分からない顔をしながら吾妻はスマホを取り出し、シュシュっと操作しはじめた。


「ブログに鍵かけてんの?」


「当たり前でしょ? ……よし、終わった」


 スマホを机に置いてふう、と息を吐く。いや別に、吾妻が見て欲しくないなら見ないけど……。


「とにかく、今回のために新しく書くから大丈夫。テーマは……ま、ちょっと考えてみるわ」


「ありがとう。なんか、結局おれ全然役に立ってなくてすまん」


「いや、役には立ってよ。あたしが作ったあと、小沼が曲つけるんだから。あたしたちは2人で1セット。でしょ?」


 そう言ってこちらに強気な笑顔を向けてくる。


 なんか頼もしいなあ、と思っていると、ドタドタと後ろから走り寄る影があった。


師匠ししょう! 大変です大変ですっ! 閉じちゃいましたっ! 見られなくなっちゃいましたっ!」


 小動物的後輩代表の平良たいらちゃんが、スマホを片手に泣きそうな顔をして吾妻にすがりついてきた。


「何が……?」


「『あたしの歌詞うた』ですっ! ほら、ほらっ」


「もう気づいたの!?」


「当たり前じゃないですかっ! 自分は毎分楽しみにこのサイトを開いているのですからっ!」


 もう気づいたのもそうだけど、なんで吾妻がここにいることが当然のように分かってるんだこの弟子ちゃんは? そっちはつっこまなくて良いの?


「ごめんね、つばめ。色々あって鍵かけたの。読んでくれてるのはありがたいけど……」


 吾妻が苦笑気味に説明する。


「ええっ、そうなのですかっ!? うう、残念無念ですが、山津やまづ先生の決めたことなら自分はどうにもできませんね……。あのあの、師匠、一個だけお願いがあるのですが、そちらをきいていただくことは可能でしょうか……?」


「お願い?」


「あのあの、学園祭の次の日にアップされていた、失恋の歌詞が本当に素晴らしかったので、あちらだけでも別途べっと自分に送っていただくわけにはいきませんでしょうかっ……?」


 優しい顔をしていた吾妻がそのお願いを聞いた途端とたんビクッと身体からだを跳ねさせる。


「し、失恋とか言うな! ち、違うっての、あれはその……そう、器楽部を失った悲しみとか寂しさの歌詞であって……」


「そうなのですか? 自分には片思いの相手に対して、自分の恋は叶わなかったけれどそれでも応援をするような歌詞かとお見受けしたのですが……」


「うるさいうるさい、もう分かったから、それ以上話すならあっち行こう!」


 吾妻が立ち上がり、平良ちゃんの背中を押す。


「わわ、師匠とお話出来るのですねっ! 良い昼休みですっ!」


「あたしも良い昼休みの予定だったんだけど……。もう、小沼、今の話は本当に違うからね!? 忘れなさいよ? あと、歌詞書けたら送るから、待ってて」


「あ、小沼先輩いらっしゃったのですねっ、お疲れ様ですっ! こんにちはっ! さようならっ!」


 そう言いながら吾妻と平良ちゃんが去っていく。平良ちゃん、騒々そうぞうしいし失礼だな……。


 それじゃあおれも教室に戻るか、と立ち上がると、後ろからすそをぐいっと掴まれた。


「ん?」


 振り返ると。


「たくとくぅん……」


 いつから立っていたのだろうか、ピンクベージュの小悪魔が瞳を潤ませて見上げてくる。


「今日の放課後マック行こぉー……?」 

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