第3曲目 第12小節目:For No One

「結構涼しくなったよねぇー、たくとくん」


ころもえは終わった? 小沼くん」


 帰り道、おれの右には市川いちかわ。そして左には英里奈えりなさん。


 2人に挟まれての下校である。


 すごい。両手に花だ。


「……天音あまねちゃんは来ないんじゃなかったのぉ?」


「……私がいると問題あるの?」


 ちがう。両手にとげだった。


「えーと……」


 ちなみに、どちらかと言うとおれの感想は英里奈さん寄りである。


 市川は今日、英里奈さんの緊急事態を助けると言うことでおれとマックに行くことを許可してくれたと思っていたんだけど……。とはいえ、そんなこと口に出来るはずもない。


 言いよどんでいると市川がため息をついた。


「はあ……。英里奈ちゃんと小沼おぬまくんで吉祥寺きちじょうじのマック行くんでしょ? 私は吉祥寺に住んでるから帰り道が一緒だからそこまで一緒に帰りたいなってそれだけだよ。そんなに邪険じゃけんにしなくてもいいじゃん……」


 頬を膨らませる市川さん。(可愛い)


「じゃけん……? 広島弁?」


『じゃけん』は広島弁だと言う知識はあるのに『邪険』を知らないのか、この人。


 そんな毒舌どくぜつまじえつつも毒にも薬にもならない会話をした後、お行儀ぎょうぎよく並んで電車に乗り、武蔵むさしさかいで乗り換え吉祥寺駅に到着。


 駅を出たところで、


「それじゃ、彼氏さんお借りしまぁーす!」


「んー……、ちゃんと返却お願いしますね?」


 市川は一瞬英里奈さんとバチッと火花を散らした後、おれの裾をぎゅっとつまむ。


「……小沼くん、ちゃんとかえって来てよ?」


 その上目遣いにきゅっと心臓がつかまれる感じがした。


「あのぉー、そろそろいいですかぁー?」


「あ、ごめん。それじゃあね、英里奈ちゃん、小沼くん」


 つまんでいた手を離し、その手を振って自宅の方へ帰っていった。


「……英里奈さんって、市川と仲悪いの?」


 おりに触れてこの話をしている気がするけど、改めて聞いてみる。


「うぅーん、別に仲悪いってわけじゃないんだけどぉ、天音ちゃんも天音ちゃんの彼氏クンも、からかいがいがあるんだよなぁー。たまにえりなも本気になっちゃうんだけどねぇー」


「どゆこと……?」


「たくとくんにはわからないよ、女の子同士のびみょーなことがあるのぉ!」


「そんなもんかねー」


「そんなもんすよぉー。ほら、いこいこっ!」



 ということでマックに到着し、英里奈さんのマックシェイク(チョコ)とおれのブラックコーヒーを買って2階に上がった。おれは市川にもおごらないのに、なぜ英里奈さんには奢らないといけないんだろうか……。


明後日あさっての水曜日、だってぇ」


 席に着くなり、突然英里奈さんが言う。


「何が?」


「……告白の返事」


「おー……まじか」


 思ったよりもヘビーな話がいきなり来て、みぞおちあたりがうっとなる。


「今日の朝、健次けんじと話したんだよぉー。とゆうか、えりなはちょっと避けてたんだけど健次から話しかけられてー……」


「それで?」


「明後日の水曜日、部活ないから、2人で話そうってわれたぁ……」


「告白の返事なのかな?」


「わかんないけどぉー……他のことだったらもぉってると思うもん」


 まあ、たしかに、沙子から聞いた話と照らし合わせてもほぼ間違いないだろう。


「それで、今日はなんで?」


 おれがたずねると、英里奈さんは机の一点を見つめて、


「……怖い」


 ぼそりとそう言った。


「だよなあ……」


 きっと、その不安の解消や、事態を好転させるためには、おれには具体的に出来ることも、して欲しいこともないのだろう。


 ただ、今日から水曜日の放課後まで、期日が決まっている分苦しくて、気を紛らわせる相手を探していたのだ。それが、まあまあ事情も知っていて、あんまり関係はないおれ、ということなのだと思う。


「今日はいいけど……、明日はどうするんだ?」


「わかんないぃー……」


 英里奈さんは机に突っぷす。


「部活は?」


「休むと思う……」


「だよなあ……沙子さこは何か言ってないのか?」


 英里奈さんは首を横に振った。


「今日休むって言ってた時は、『分かった』ってそれだけぇ……」


 すると、その時、机の上に置いていた英里奈さんのスマホが震えた。


「わぁっ……」


「ん?」


 英里奈さんがその画面をこちらに見せてくる。


さこっしゅ☆『明日、一緒にサボろうか』


 ……かっこいいなあ、沙子は。


「カッコよくなんかなくていいって言ったのになぁ……」


 泣いていいのか、笑っていいのかわからないと言う表情で、英里奈さんは首をかしげた。


「んじゃあまあ、今日、どうやって発散するかなあ」


「うぅー、どっか連れてってぇー?」


 んんー、発散するために行くところってなんだろう。おれは考える。


 おれが同じような状況になった時に行くところがあるとすれば……。


「ディスクユニオンでも行く?」


「は? なにそれ?」


 英里奈さんの目がスゥッと細められる。


「中古CD屋さんだけど……」


「うわぁー……全然行きたくないぃ……」


「ええ……」


「相変わらず女心のわからないダサい人だなぁ、たくとくんは」


 そこまで顔を見せずに言った後。


「……でも、ありがとねぇ」


 と小さく呟いた。


「でもねぇ、天音ちゃんに悪いから、ここで大丈夫だよぉー。なんか、たくとくんのダサさを久しぶりに見て元気出たしぃ!」


「そんなことある?」


「うんーっ!」


 ちょっと無理しているであろう笑顔をこちらに向けてくれた。



 なるべく関係ない話をして時間をつぶし、マックを出た。


 店の前で、突然英里奈さんが「あぁっ……」と声を上げる。


「どうした?」


 そちらを見ると、、目を見開いて立つ姿。


「うひゃぁー、みぃーつけちゃったぁー……!」


「何を……?」


 幼児向け番組のようなことを言い始めた英里奈さんの視線の先を追いかけて、


「んなっ……!?」


 おれも同様に息を詰まらせる。


 そこには、エクセルシオールカフェに入って行く男女二人組の姿。


「隣にいるのは誰かなぁ……?」


 その後ろ姿は、元器楽部のドラマー・大友おおともゆたかくんと。





「吾妻……!」





 amaneの作詞家・吾妻あずま由莉ゆりの姿だった。

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