第3曲目 第13小節目:Julia
「むぅー、えりな、コーヒー飲みたかったのにぃー」
「じゃあマック戻るか?」
おれは背中から聞こえる
「違うよぉー、エクセルシオールのタピオカロイヤルミルクティー飲みたかったのぉー!」
「それ、コーヒーじゃねえし……」
ていうか、
吾妻は性格的に大人しく
「たくとくんったらぁー、なんかフキゲン? ゆりにカレシが出来たからぁー?」
「そんなわけないだろ、何言ってんの」
「そんなわけないのかぁー……」
英里奈さんがなぜか少し寂しそうな声を出す。
「そうじゃなくて、吾妻には迷惑かけらんないだろ。……ていうか、え、彼氏じゃないんじゃないか? 多分、少なくとも、まだ……。あれ? 彼氏かな? うそ、まじで?」
「えへへぇ、気にはなるんだねぇー……? んーまぁ、えりなも違うと思うけど」
ふぅーむ、と考えるような仕草をしたあと、英里奈さんはぱっと顔をあげておれの目を覗き込んでくる。
「どっちでもいいけどさぁ、」
英里奈さんのその表情を見て、ふっと笑いがこぼれた。
さっきまで悪魔みたいな意地悪顔をしていたくせに、
「ゆり、ちゃーんと幸せになれると良いよねぇ?」
突然そんなに優しく笑うものだから。
この人を心底で憎めないのは、多分、どこか芯の部分で、いつも
そんな優しい人が、とにかくあと約2日、なるべく苦しい思いをしないで、そしてできれば2日後のその時にめいっぱい笑えますように、とこっそり祈った。
家に帰って夕飯を食べ終わって、
ゆずはソファの
「何読んでんの?」
「ん」
口に出すことなく、その表紙をおれの方に向けてくる。そこには、『もう一度、恋した。』とタイトルが書かれている。
「ふーん。面白いのか?」
「うるさい」
「すまんね……」
読んでいる時に足置きに話しかけられるのがわずらわしいくらいには熱中しているらしい。誰が足置きだ。
心の中での1人ノリツッコミという高度なお笑いをやっていると、その時、テーブルの上に置いていたスマホが震える。
「うおっ」
「ん? えーっと、……
ゆずが視線をおれのスマホに向けて、画面に表示されている名前を読んだ。
「おい、画面を勝手に見るな。漫画読んでろよ」
「それより興味があるんだもん」
「その漫画そんなにつまんないのか?」
「は? めっちゃ面白いから!」
おれのスマホ画面にそれ以上のエンタメ性があるとは思えないんだけど。
「ていうか、いいから出なよ。アマネさんが怒るよ?」
「お、おう」
アマネさんが怒るのは勘弁だ……。部屋に戻るために立ち上がろうとすると。
「……おい、足」
「ん?」
ゆずがおれの膝の上に置いた足に力を入れる。
「足をどけてもらえませんか?」
「ここで出ればいいじゃん。ね?」
にひっと笑みを浮かべる。
「いや、そんなわけにもいかないだろ……」
「なんで? ゆずに聞かれたら困るの? アマネさんとの電話。っていうかほら、早く出ないと! LINEって、30コール通話に出ないと、着信拒否ってことになって、相手の人のこと自動で『ともだち』から削除する機能あるんだよ?」
「まじで!?」
やばい、と思ってもうすでにおそらく十数コールはしている電話に出ると、
『もしもし? 小沼くん?』
と綺麗な声がした。
「だまされてやんのー……!」
ニタニタとゆずが鼻から下を漫画で隠しながら笑う。嘘かよ……!
「お、おお。市川。どうした?」
『…………』
無言が返ってくる。あれ、一回つながってたんだけどなー……。
「どうしましたー……?」
『電話は「2人の時」には
「あ……」
呼び方のことをきっと
「えーっと、今はちょっと……」
『ふーん……じゃあ、切る』
「ええ!?」
スマホだからそんな音がするはずもないのだが、ガチャリと音を立てて通話が切れた。
「たっくん、もしかして、ほんとに怒られた……?」
ゆずが、『そしてたっくんはゆずのことも怒りますか?』という表情でこちらを見上げてくる。いつの間にか足も引っ込められている。
「ていうか、イチカワアマネさんとたっくんってもしかして……」
「部屋に戻ります」
「あ、はーい……」
立ち上がるおれを見て肩をすくめるゆずに。
「いや、気にすんなよ? 別にゆずのせいじゃないから」
と微笑み付きで告げておいた。
「あ、うん、ありがと……」
いやまあ、ゆずのせいなんだけど……!
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