第1曲目 第32小節目:中央線に揺られて
「うげっ」
文字にするならそんな感じの声が自分の喉から出ていた。
「ん? どうしたの?」
市川が心配そうに顔を覗き込んでくる。
その通り、今は市川との二人の帰り道。電車の中である。
amane様との帰り道にもだいぶ慣れてきたと思うじゃないですか?
ところが二人きりは体感的にはちょっと久しぶりで、おれの心臓はドキドキと強く血管を波打たせているのですよ。
そしてそんなドキドキをバクバクに変換するメッセージが、今おれの画面に。
Erina『作戦のこと、忘れてないよね?』
怖い!
顔文字なし、絵文字なし、スタンプなし、いつも会話には出てくる、伸ばし棒なし!
それで冒頭の「うげっ」が出てしまった。
何、さっき結構楽しそうに話してたように思うんだけど、思い違いですか?
「おーい、小沼くん?」
市川がひらひらとおれの目の前で手を振る。
「すまん、なんでもない」
とっさに取りつくろう。
「ほんと? カエルが踏まれた時みたいな声出てたよ」
「そんな声聞いたことねえよ……」
「あはは、私も聞いたことないけどさ」
無邪気に笑って窓の外を見る市川。
多分、英里奈さんが怒ってるのはこの天然天使が原因なんだろうな。
『えりなよりもぉ、天音っちと仲良くしてるんじゃないかなぁ?』ってなことだろう。
ていうか英里奈さん今部活中なんじゃないの?
休憩中にわざわざLINEしてきてるんだとしたら、相当に怒っていると見える。
まあ、英里奈さんからしたらそりゃそうだよなぁ……と思っていると、またスマホが震えた。
そっと画面をみると、
Erina『今日、作戦会議しよ。吉祥寺にいて』
とメッセージが来ている。
ていうか、普段と違いすぎない? どっちが素の英里奈さん?
「小沼くんってば」
ぎゅっと制服の二の腕あたりが引っ張られる。
「はいっ!」
横を向くと、市川がおれの裾を掴んでむすっとしていた。
「なんか、上の空だね」
口をとがらせてそんなことを言ってくる。
すねたような表情が、めちゃくちゃサマになっていて、なんだか焦ってしまう。
「ご、ごめん」
「ごめんじゃなくてさ、なんか悩みでもあるの?」
「あー、いや、おれの悩みっていうよりは、人の悩みを相談されてるというか……」
なんか、浮気を追及されてるみたいだ。
ていうか、どうしておれがしどろもどろにならなきゃいけないんだ……。
別におれが誰かの悩みを聞いていたって市川に詫びることなど何もないんだから。
「ひと?」
「人だよ」
あれ、おれは人間から悩みを相談されるのもおかしいです?
「友達ってこと?」
そう首をかしげている。
どうやら、『ひと』という言い方が引っかかったらしい。
『ひとって誰? どういう関係?』ってことだろう。
あらやだ、やっぱり浮気を叱られているみたいだわ……!
「友達っていうか、知り合い……?」
改めて訊かれると、おれと英里奈さんの関係は何だろう、と気になってしまう。
「ただの知り合いから悩みの相談なんかされるかな?」
「いや、されるんじゃねえの、知らんけど……」
「小沼くんは悪意なく天然で人を傷付けそうで怖いなあ」
天然天使に天然と言われてしまった……しかも悪い意味で。
さしずめ天然悪魔と言ったところか。
いやいや、それはどちらかというと英里奈さんのことだろう。
あの人のボディタッチはまじで凶器だからな……おれじゃなかったら秒で落ちてる。ちなみにおれは瞬で落ちた。
「自信を持って、友達って言った方が、きっとその人も喜ぶと思うよ」
ポン、と肩を叩かれる。
「悩み相談するくらい、信頼してるんだから。由莉も言ってたじゃん」
「そうなあ……」
「そうだよ」
優しく微笑む市川は窓の外からの夕陽に照らされて、本当に天使みたいだった。
「私に出来ることとか、ある?」
そう、首をかしげて訊いてくる。
この件そのものについては、おれが相談を持ちかけた時点で作戦失敗となってしまうだろう。(吾妻にはもう勘ぐられてしまっているけど)
「いや、特にはないな……」
「んー、そっか。残念だ」
もう一度市川が口をとがらせた。
『次は、吉祥寺。吉祥寺です』
車内アナウンスが流れる。
「それじゃね」
と市川が立ち上がったところ、おれも同時に腰をあげた。
「ん?」
なんで小沼くんも立ってるの? 小沼くんはこのまま新宿まで乗るんじゃないの? ストーカーなの? という表情で市川が首をかしげる。
「あ、おれも、吉祥寺に、ちょっと用事が」
「そうなの?」
「ああ、まだ早いけど……」
なんせ今部活をしている英里奈さんが部活を終えてからトコトコとやってくるのだから。
まったく割に合わないな……。
「ふーん、そしたら暇つぶしに、CD屋でも行こっか!」
でも、天使の微笑みが見られたからよしとしよう。
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