第7小節目:ヒラヒラヒラク秘密ノ扉
「えーと、ここがおれの部屋です……」
「う、うん。きれいだね……!」
「そ、
昨日の夜中からいきなりガタガタと作業し始めたからゆずが「何してんの?」と覗きに来たくらいだ。
ちなみに、
「よし、それじゃギターから録っていくか」
「うん……!」
ケースからギターを取り出しチューニングをしてから、レコーディング開始だ。
最初の数分は
ちなみに、おれのドラムと
「うん……今回はいいんじゃないかな。聴いてみるか」
細かいミスがあったりしたので何度か弾き直して、4テイク目くらいで良さそうなテイクが録れたので、最初から流してみる。
「「うーん……」」
二人して首をかしげる。
「フレーズは正確に弾けてるんだけどな」
「なんとなく心もとない感じがするね……?」
「そうなあ……」
実際に鳴っている音はライブの演奏と一緒なのだが、なぜかこうして聴くと音が足りない感じがする。
おれの録音技術とか音量調節とかの問題なのかもしれない。
原因を探るため、他の似た編成のバンドの音源を聴いてみると、どうやら、エレキギターとかピアノとかのバンド外の音が追加されていたり、ライブで3人では再現できないようなアレンジになっている音源が多いこと分かった。
「他の音を足すかどうかの判断をしないといけないってことか……」
「他の音?」
市川が首をかしげるのにうなずきを返す。
「そう。つまり、音源のクオリティを上げるために音を足すか、ライブで演奏する以上の音は入れないか、の判断」
「足したら音源のクオリティが上がるなら、音を足せばいいんじゃないの?」
「うーん、そう単純な話でもなくて。何回もギターを重ねたりすることになるから、音源上は市川が何人もいるみたいな状態になっちゃうだろ? つまり、ライブでは再現出来ないんだよ。そうすると、ライブに来たお客さんにがっかりされるからとか、そもそも嘘をついてる感じがするっていうことで嫌がるバンドもいるから、
「そうなんだ、なるほど……」
ふむ、と考えつつおれは立ち上がり壁にあるCD棚を眺める。
「まあ、今どき、音源だけ聴く人の方が多いから、音源の厚みを優先するバンドの方が圧倒的に多いだろうけど。一番鳴ってて欲しい音を鳴らすっていう意味では、そっちの方が音楽に誠実であるとも言えるし。でも、例えばリバティーンズは4人が同じ場所で演奏したものを機械で整えることもほとんどしないで音源化したらしいし、実際その空気感ってものすごく音に現れてて、これが結構好印象なんだよな。日本でも、スリーピース時代のチャットモンチーなんかは、ライブでの再現性にかなりこだわってて、3人で出来る音以外はほとんど入ってない。よく聴くと同じフレーズを何回か録音してたり、
おれが棚からチャットモンチーのCDを3枚ほど取って渡そうと振り返ると、市川がこちらをにんまり笑顔で見上げていた。
「……やっぱり貸さない」
「え、どうして!?」
「どうせおれはオタク特有の早口だよ……」
好きなことを話すのは誰だって楽しいんだから仕方ないだろ、と口の中でぶつぶつもごもご言い訳をする。
「小沼くんが語ってるの私いいと思ってるよ! もっと聞かせて?」
「いやです……。『語ってる』って言い方がすでにちょっとバカにしてるだろ」
「え!? それは完全に小沼くんの被害妄想だよ?」
楽器屋でギターの話をした時といい、おれがちょっと話そうもんならこの顔で見てくるんだこの人は。
「……とにかく。音を重ねるか重ねないかは、バンドの今後のスタンスを決める上で大事なポイントになるってこと」
「なるほど、それは理解しました。じゃあ、
「そうなあ……」
同意というよりは、考えるための導入としてその言葉を口にして腕を組む。
「そしたら、今日はプリプロはもう」「とはいえ、今日を無駄にするのももったいないよなあ。LINEで二人に聞いてみるか」
市川が何かを言いかけたが、上書きしてしまった。
「そうだよねー……」
「ん、どうした? なんか意見あれば」
「ううん、別に。私の邪念が顔を出しただけです。そして
「んん……?」
「もう、いいから、こっち見ないで」
顔を赤くした彼女がふいっとそっぽを向く。
「お、おお……。じゃあとりあえず二人にLINEするか」
座り直してスマホを取り出すと、
「あ、でもちょっと待って?」
市川がおれの手首をぎゅうっと押さえつけるように両手で掴んで
「ん……?」
すると、体重がこちらに乗っかる形になり、想像以上に近い。潤んだ瞳が息のかかる位置にある。
「ど、どうした……?」
「ううん、えっと、それだと家に来てること、バレちゃわないかなって……。小沼くんって、そういうのごまかすの下手だから……」
「ええ……」
信頼されてないらしい。……まあ、うまくはないかもしれないけど。
でもたしかに、そのためにゆずに家にいてもらってるわけだから、こんなところでボロを出すわけにもいくまい。
「とりあえず重ねて録ってみて、重ねたやつと重ねてないやつを明日聴かせるのがいいんじゃないかな? 私たちは今これを聴いてるからなんか足りないって分かるけど、由莉と沙子さんは今この段階で聞かれても分からないでしょ?」
「まあ、それもそうか。……じゃあ、何を重ねるかだけど」
「うんうんっ!」
おれが言おうとしたことがわかってるのだろう。瞳をキラキラ輝かせて前のめりになる市川。この人、なかなかテンションとか表情がコロコロ変わるタイプだな。
「……エレキギター弾いてみるか?」
「やった!」
わーい、と両手をあげて手を叩く。
「なんで嬉しそうなんだよ」
「憧れがあるんだよ、エレキギター! かっこいいじゃん!」
ジャカジャーンとお腹のあたりでエアギターをストロークするamane様。
「そうすか……」
やや
おれは顔を
「……じゃ、これ。いったん、アコギと同じフレーズ弾いてみて」
「分かった!」
ヘッドフォンを渡して、おれはエレキギターとパソコンをケーブルでつなぐ。ヘッドフォンの中ではギターが鳴っているのだろう。ジャカジャカと適当に弾きながら『わあ、ジャーンって鳴ってる……!』とかいってまた喜んでる。うん、可愛いな……。
……いや、そうじゃない。やり忘れてることがあった。
「ちょっとヘッドフォンとギターいったん借りてもいい?」
「ん? はい、どうぞ」
市川からヘッドフォンを借りて耳にかける。
ギターを鳴らしながら音量や
「……どんな音鳴ってるの?」
……ぴと。
市川がおれのヘッドフォンの外側にえいっ、とばかりに耳をくっつけてきた。
「んん……!?」
ヘッドフォンに耳をくっつけるということは、他のところもまあそれなりにというかかなりというかほぼゼロ距離でくっつくわけで、おれは急に走ったその感触に驚き身を引いてしまう。
「い、市川さん……?」
「音が気になっただけだもん……」
瞳をうるませて、頬を赤らめる市川。
「いや、でも……」
じゃあ、なんでそんな風に瞳をうるませて、動かずに、頬を赤らめているんだ?
本当に音が気になっただけなら、いつもの天然ムーブで『どうしたの、小沼くん?』とほけーっと首をかしげるか、『ご、ごめん……!』と言いながら身を引くはずだ。おれは市川の行動には結構詳しいんだ。
「……やだった?」
「やじゃないです……!」
「そっか、じゃあ、うん、まあ、良かった……。ごめんね、また邪念が」
「ああ、はい……」
市川の中に
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