第1曲目 第12小節目:おせっかい

 おれは、市川がいる手前、沙子が気に入らなかったCDがamaneのものだということは伏せながら、話をした。


「……もしかして、それが小沼が曲作りしてるのを周りに言わなくなった理由?」


「そうだ」


 二人は顔を見合わせている。


 おれと沙子の意外な接点に驚いているのだろう。と、そう思っていると、吾妻が言いにくそうに頬をかきながらつぶやいた。




「えっと……小沼、打たれ弱すぎじゃない?」




「……は?」


「ねえ、天音?」


「まあ、うん、ちょっと……?」


 市川もハの字の眉で同意する。


「どういうことだ……?」


 おれが戸惑っていると、はあー……、と大きくため息をついて、吾妻が説明してくれた。



「あのさ、そもそも、一回音楽の趣味が合わなかったくらいでダメージ受けるとかありえないでしょ。違う人間なんだから」


「いや、でも、おれらはずっと……」


「ずっと同じ曲が好きでずっと仲良しだったのにーって?」


「そ、そうだよ」


「でも、だったら、それって」


 吾妻が自分の頭をくしゃくしゃといて言う。


「一回否定されたくらいでくなっちゃうような友情だった、ってことでしょ?」


 おれは息を呑む。みぞおちあたりに空気の砲弾を打ち込まれたみたいだ。



「曲作りを周りに言えなくなる理由としてはまあ理解できるけど、それで、幼馴染の親友が友達ですらなくなっちゃう理由にはならないと、あたしは思う」



「由莉……」


 もう、おれは何も言えなくなっていた。


 これまでおれがこだわってたことは、周りからしたら、すごく小さなことだったのかもしれない。


 だけど、おれにとっては……。


 心の中で言い訳なのか思案しあんなのか、とにかく考えを巡らせていると。


「ただのおせっかいだし、めっちゃウザいかもだけどさ、」


 吾妻はおれの胸元に拳をトスン、と置くように当てる。


「仲直り、すれば?」


「でも、おれ……」


「んー?」


 姉みたいな優しい声音こわねになって、吾妻がその先をうながしてくれる。


「……あいつとまた、ちゃんと話せんのか、怖い」


 おれは自分でも意外なほど素直に、胸中きょうちゅうを吐き出していた。


「そりゃそうでしょ」


 吾妻は微笑ほほえみながら、言葉を続けた。


「傷つくのが怖いから、傷つくすんでのところで真空パックして閉じ込めて、さこはすとの時間を止めたってことなんだから」


 ポエム過ぎて分かりにくいはずのその比喩ひゆが、今のおれにはよくわかった。


 そうか。おれはずっと、逃げていたんだ。


 沙子の行動を裏切りだと決めつけて、目をそむけて、ずっと、全部、沙子のせいにして。

 

 ドロドロとした感情がぐるぐると身体の中を巡りはじめる。


 どうしたらいい? 何が悪かった? おれが悪かったのか? そもそも、やっぱり、おれの曲が......?


 どす黒いネガティブな思考のループにはまったおれの耳に。


 その時、声が届いた。 


「『痛みとか傷を避けて歩いてたら いつの間にか大切なものから遠ざかってた それはきっと大切なものの近くにいるのが 一番いたいからなんだろう』」


 不意に、吾妻が、小さな声で歌ったのだ。


 おれと市川がハッとそちらを見る。


「吾妻、それ......」「由莉......」


 それは。


 amaneの曲の1フレーズだった。



 おれが高校受験の時、何回も何回も聴いて励まされた曲。



「小沼」


 吾妻がおれの肩を強めに叩いた。


「大切なら、痛くてもそばにいなきゃだよ」


「そう、だな……」


 何百回も聴いた歌詞が、今更、こんな形でもう一回おれに突き刺さる。


「……ていうか、こんなクサいことすんの、かなり勇気いるんだからね?」


 顔を赤くした吾妻が咳払いをしている。


「……ありがとう」


 小さく呟いた俺の隣で、


「私の曲……」


 市川がそう呟いた。


 横を見やると、市川はうつむき、涙を流していた。


「「え!?」」


 おれと吾妻がギョッと、肩をはねさせる。


「ごめん天音! amane様の歌詞がクサいって言っているんじゃなくて、あたしのこの行動がクサいって意味で! 小沼、あんたが意気地いくじなしだからこういうことになるんだよ!」


「え、おれ!? そ、そっか、すまん市川!」


 二人して必死になって謝っていると、市川はそっと首を振りながら顔を上げる。


 その顔は、涙に濡れながらも、微笑ほほえんでいた。


「嬉しいなあ、そんな風に、私の曲、歌ってもらえて……。そんな風に、誰かの心に、届いていたんだったら、本当に作ってよかった……」


 うるんだその声は、かすれて、静かに、だけど、優しい響きを持っておれたちのところまで届いてくる。


「小沼、amane様を泣かせたからには……わかってるよね?」


 大きな瞳をうるませた吾妻が、静かに、しっかり、おれに問いかけてくる。


「……おう」


 おれはそっと拳を握り込んで、決意を固めていた。

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