第2曲目 第75小節目:CHE.R.RY

「こんにちは、チェリーボーイズです!」


「「「おおおおおおおう!!!」」」


 壇上だんじょうに上がったはざまがライブの開始を宣言すると、会場がそれに呼応こおうする。


 それにしても、ファンが多いな、このバンド。いや、おれもか。おおおおおおおう!


 盛り上がる観客にはざまは満足そうにうなずいた。


「それでは、早速聞いてください! 曲はー?」


 はざまがそう言ってマイクをこちらに向けてくる。


 え、何、こっちに訊いてくるパターン?


「「「スピッツで『チェリー』!」」」


 そうみんなが叫ぶと、ドラムのフレーズから『チェリー』が始まった。


 いや、ていうか、ファンの統率力とうそつりょくやばいな? いつ練習したの?


 そこで演奏されている『チェリー』はやっぱり前回よりもレベルアップしていて、特に、やたらと安藤のギターが上手くなっている。


 しばらく聴き入って感心していたのだが、やがて、一つの疑問が芽生めばえてきた。


「あいつら、25分間もどうやってもたせるんだ……?」


 すると、横に立っていた市川が、


「ああ、なんかね、はざまくんに、持ち時間15分にさせてって言われたからそうしたよ」


 と答えてくれる。


「ほーん……え? じゃあ、おれたちもそうすればよかったんじゃ……」


 25分間やるために曲を新しく作るって話をしていたと思ったんだけど……。


「あのね、小沼くん。部長バンドがそんなことするわけにいかないでしょ?」


 腰に手をあてて顔をしかめて、こちらを見る天使部長。


「そんなもんすかねえ……」


 まあ、結果的には曲が出来るきっかけが出来たからいいんだけど。


「いやでも、だとして、15分もなにすんだろ」


「どうなんだろうね?」


 二人して首をかしげていると、『チェリー』の演奏が終わった。


「「「「ひゃっほおおおおおおう!!」」」」


 去年の学園祭や前回のロックオンの比じゃないほどの歓声にまぎれて、沙子が安心したように胸をなでおろした。


「今日は、何にもなくてよかった……」


 ああ、沙子さん、こないだのロックオンで公開告白されてましたもんね……。


 それでも会場から出ずに、しっかりと見届けようとするところが、沙子の偉いところだと思う。


 ……と、その時。とあることに気づいた。


「あれ、英里奈さん、いなくない?」


「英里奈ちゃん? ほんとだ……」


 あれだけ甲斐甲斐かいがいしくマネージャーとして働いていたバンドのライブを観られてないなんて、何かあったのだろうか?


 キョロキョロと見回すも、見つからない。


 おれが探しているに、壇上だんじょうはざまがMCを再開した。


「ここで、ゲストボーカルを呼びます!」


 ほーん、平良ちゃんみたいな感じで、チェリーボーイズもゲスト呼ぶのか。


 ……って、あれ、もしかして……!?




「ゲストは、おれらチェリーボーイズのマネージャー! 英里奈だー!」



 

「「「「ええっ」!?」」」


 amaneメンバー4人の声が重なる。


「「「「おおおおおおおおおお!!」」」」


 やけに雄々おおしい歓声に迎えられ、英里奈さんが舞台袖ぶたいそでから出てきた。


「えっへへぇー、えりなでぇーす! 一曲歌いまぁーす!」


「「「「おおおおおおおおおお!!」」」」


 マイクを通して会場に話しかけている。ていうか本当に男子からの人気すごいんだなあ、英里奈姫……。


 でもまあ、あれだけ分けへだてなく笑いかけ、自然なスキンシップされたら、そりゃあ大体の男は秒で落ちるよな。ちなみにおれは刹那せつなで落ちた。


「そっか、あれ、のど飴だったんだ……」


 沙子があんぐりと口を開けながらながらも、合点がてんがいったと言うようにつぶやく。


 のど飴……?


 おれは、一瞬首をひねり、そして、手を打った。


 ああ、夏休み終わってからやけに舐めてたやつか! 歌うからのどのケアしてたってことね ! いや、そんなことよりもマスクする方がいいんじゃない?


「まあ、英里奈は自分の顔に自信あるからね……」


 スキル《読心術どくしんじゅつ》を使った吾妻ねえさんが苦笑する。


「英里奈ちゃん、何歌うんだろー?」


 市川が首をかしげると、


「それでは聞いてください……」


 いつの間にかギターを肩にかけたはざまがマイクに向かって告げた。




 その、曲の名は。




「YUIで、『CHE.R.RYチェリー』!!」




「「その手があったか!」」


 おれと吾妻がハモる。


「ああっ、YUIのカバー……!」


 市川が意表いひょうをつかれたように、そしてちょっとねたように舞台を見上げる。


 あれあれ市川さん、さては、YUIのカバーは自分の専売特許せんばいとっきょだと思ってましたね?



 安藤のギターフレーズから曲が始まり、さらに。


健次けんじ、ちゃんと練習したんだ……」


 合宿ではギターを持っているだけだったはざまが少したどたどしくはあるが、バッキングギターをしっかりと弾いていた。


 イントロが終わり、英里奈さんが歌い始める。


「わあ……!」


 市川が感嘆かんたんの声をあげる。


「萌えすぎと違うか」「可愛すぎと違うか」「天使と違うか」「小悪魔と違うか」「それな」「それな」「それな」「それな」


 白い服を着た4人組が前にずらっと並んで興奮していた。あ、みなさんこちらの舞台にもいらしてたんですね……。


 英里奈さんの歌は初めて聴いたけど。


「英里奈は、うまいよ」


 沙子が見透かしたように0.数ミリのドヤ顔で言ってくる通り、想像以上に、良かった。


 小さい頃にピアノを習っていたということだからだろうか、音感があるし、声も曲によく合っている。


 そして、何より。


 この曲は、まだ明かされていない片思いの曲だ。


 かすかに切なくも甘酸あまずっぱいメロディに、英里奈さんの感情がそのまま乗っかって、華やかな響きとなってフロアへと届いてくる。


 音楽の原動力はやっぱり感情なんだな、とありきたりのことを改めて感じながら聴き入っているうちに、曲は1番のサビ、2番Aメロ、Bメロ、サビと進み、そして、Cメロが終わる。


 少し静かになり、サビのメロディでフレーズを一周歌ったあと。


『最後のサビの一行目』を歌いながら、


「おお……!?」


 英里奈さんは一歩動いて、はざまの前に立つ。


 その首元のネクタイを掴んで、ぐいっと、自分の目の前、触れそうなほど引き寄せる。


 そして、ニタァっと、小悪魔の顔で言うのだった。



 

「たぶん、気づいているでしょ?」





 その異常につやっぽく蠱惑的こわくてきな笑みは、会場の一番後ろで見ているおれの目までも釘付くぎづけにするほど、とびっきりに魅力的だった。


 それを至近距離で見ているはざまは……。


「あう、あう、あ、あ……」


 顔を真っ赤にして、サビ前のメロディみたいなものを口からこぼすばかりだった。


 観客たちが「ヒョオオオオオオオウ!」「キャアアアアアアアアオ!」みたいな感じではやし立てる。


 せっかく練習したのであろうギターもおろそかになる。すると、安藤が快活に笑いながらそれをカバーするようにバッキングギターを弾いた。


 次の瞬間、パッとはざまから手を離した英里奈さんは再び前を向いて続きを歌う。


『えりなは、何をどうしても、健次の特別になるんだ』

『こんな状況なんだったら、『恋』としても『愛』としても、健次がえりなのことを好きになるのが一番最強じゃない!?』

『みんな幸せにならないと、いけないでしょ?』


 英里奈さんは、あんな風に見えて、でもきっと、誰よりも色々なことを考えていて。


 そんな彼女の一世一代の『告白』に、おれは、


「かっこよすぎだろ……!」


 感心も感銘かんめいも通り越して、もはや誇らしく思っていた。


 恋に、愛に、一生懸命な悪魔の歌うラブソングは、会場中をどんどんととりこにしていく。


「あははっ、英里奈、最高!」


 聞き慣れた声の聞き慣れないトーンに横を見てみると、腹をかかえて笑う沙子の姿がそこにはあって。


「英里奈ちゃん、そっか、そうなんだー……」


 市川が神妙にうなずき。


「英里奈は本当に強いなあ……」


 吾妻が微笑む。


 そんな、多幸感たこうかんに包まれた雰囲気の中、チェリーボーイズのライブが終わる。


「ありがとぉー!!」


 相変わらずほうけてすっかり腑抜ふぬけてしまったはざまの代わりに終わりの合図を告げる、まぶしいくらいの意地悪な笑顔。


 おれも、あらんばかりの力で拍手を送る。


「……私も、頑張ろ」


 隣では、そんな決意の声がした。




 そんな風に、音に乗った思いが交差して、ぶつかって、弾けて、輝いて。


 おれたちの学園祭は、その速度を、温度を増していく。


「……よし、じゃ、やりますか」


 そして、そんな学園祭の最後の演目、amaneのライブが、いよいよ始まろうとしていた。

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