第3曲目 第2小節目:色彩

「「「ライブハウスのリスト」?」」


 学園祭から一週間ほど経ったある日、学園祭直後なので予約も入らず、ほぼ部長バンドamaneアマネ独占どくせん状態になったロック部スタジオでのこと。


 突然手渡された紙を前に首をかしげるおれと市川いちかわ沙子さこの前で、


「「そう!」ですっ!」


 満面の笑みを浮かべていたのは、吾妻あずま由莉ゆり平良たいらつばめの師弟していコンビだった。


「ほら、有賀ありがマネージャーが言ってたでしょ! ライブハウスで目をつけられるなり、オーディションなりの正規のルートでのし上がって来なさいって! それで、あたしたちがネットサーフィンをしまくって、すぐにでも出られそうなライブハウスを探して来たってわけ!」


「はいはいっ! ネットサーフィンは得意分野ですので自分も手伝いましたっ!」


 平良ちゃんがぴょこぴょこと挙手きょしゅしながら胸を張る。


「わー、ありがとう! 拓人たくとく……小沼おぬまくんも探してたよね?」


「市川さん、今なんか言いかけなかった」


「ていうかもうほぼ全部言ってたけど……」


 吾妻も苦笑気味である。おれはコホンコホンとわざとらしくせきむ。


「と、と、というか! 吾妻も平良ちゃんも、忙しいのに、こんなことしてくれてありがとうな。おれのリストよりも全然たくさんあるし……」


「あのね、小沼、忙しくないんだよそれが……。あたしの青春のすべてだった器楽部はもう終わっちゃったんだよ……。ああー……戻りたい……」


「ああーっ! もー、小沼先輩っ! せっかく師匠が他のことに熱意を燃やして器楽部離れしようとしてたところを邪魔しないでくださいよーっ!」


 突然うつむき深いため息をつくお師匠ししょう様とあわあわとあわてながらおれを責め立ててくるお弟子でし様。


 なるほど、吾妻は器楽部ロスになってるのか。


 おれはため息をつく吾妻を見ながら、学園祭での器楽部の演奏を思い出す。


 あれだけの演奏が出来るまで練習をして、高校生活をけていた部活がなくなってしまったのだ。寂しく感じない方がおかしいだろう。


『ありがとうございました! これが、あたしたちの青春そのものでした!』


 あの日の涙に輝く瞳で発せられたあの一言が今でも聴こえるようだった。


「青春そのもの、だったんだもんな」


 気づくとおれの口からそんな言葉がこぼれる。


「……うん」


 口をとがらせてねた子供みたいにうつむく吾妻ねえさん。


 するとおれの横から沙子が手を伸ばしてその頭をよしよしとでる。


「……なあに?」


「別に」


 無表情で撫で続けるさこはすさんと、無抵抗でされるがままにしているゆりすけさん。クール系ベーシスト×青春熱い系ベーシストの百合ゆりラブコメ『さこゆり』今月発売です。(嘘です)


「えっとえっと、とにもかくにもですね! ライブハウスでのライブ、出てみたらいかがでしょうか? ほらほら、高校生限定のイベントなんかもあるのですよっ!」


 健気けなげな小動物ちゃんが空気を変えようと、リストを指差してほらほらと見せてくる。


「うん! 本当にありがとう、二人とも!」


 市川はお礼を言ったあと、


「ねえねえ、小沼くん沙子さん、どれがいいかな?」


 と平良ちゃんから受け取った紙をこちらに差し出してくる。


「んんー、『高校生限定イベント』『オリジナル曲限定イベント』『コピーバンド限定イベント』……。どれに出たら良いのかよく分かんないな……」


「オーディションライブみたいなやつはないの」


 沙子が吾妻の頭を撫でながら訊いている。いつまで撫でてんだよ。


「ないこともないんだけど、amaneでのライブ経験って『ロックオン』だけで、ライブハウスでのライブってしたことないでしょ?」


 元器楽部部長がゆっくりを顔をあげながら質問に答えた。それに合わせて、すっと沙子も手を離す。


「その状態でいきなりオーディション受けるのもどうかなって。オーディションライブって、同じレーベルにつき1回しかエントリー出来なかったりすることもあるみたいだし。 多分ライブハウスでのライブとか、知らない人も観に来てるとこでのライブって、また違った難しさがあると思うんだよね。だから、もう少しだけでもライブ自体の経験積んでからの方がいいんじゃない?」


「へえ……」


 沙子がふむ、とうなずいた。


「あと、オーディションは音源審査が必要なところがすごく多いんだって。音源作るにもお金がかかるでしょ? ライブって、どれも普通は出演するだけで参加費が結構かかっちゃうんだけど、貸しスタジオがやってるイベントだと優勝商品で30時間無料利用券とかもらえるとか、楽器屋主催のイベントだと割引券もらえるとかそういうのもあるんだよ。金券きんけんが目的ってわけじゃないけど、今のところは、先立つものは無いよりある方がいいでしょ?」


「ほお……」


 なるほどな、バイトして自分でお金を稼いでいる人の言うセリフには重みがある。


「それで、これが一番大切かもなんだけど、ライブハウスにもやっぱりジャンル的な得意不得意があるらしいんだよね。やっぱりamaneの魅力みりょくは歌詞にあると思うから、ちゃんと歌を綺麗に聴かせるっていう評判のライブハウスをいくつかピックアップしてみたんだ。その、黄色い蛍光ペンで線引いてあるところ。轟音ごうおん系のライブハウスとかだともう歌詞なんか全然聴き取れないんだってさ。にくる人もそのライブハウスの色にあった音楽を聴きに来るんだろうから、条件面だけじゃなくて、そういうところちゃんと見て選んでいかないと」


「わあ……」


 市川が気の抜けたような声を出した。


「し、師匠……!」


 くいくい、と平良ちゃんが吾妻のそでを引っ張る。


「へ? な、なに……? あたし、また、喋りすぎた……?」


 不安げに瞳を揺らしてこちらを見る吾妻ねえさん。


「ううん、そんなこと全然ない! 由莉がすっごく考えててくれてて嬉しい!」


 すると、市川が目を見開き、満面の笑みで答えながら吾妻の手を両手でぎゅっと握る。


「ひゃうん……!」


 さすがにちょっとくらい慣れてきたはずなのだが、それでもamane様からのボディタッチに信者さんはとろけたような表情になり、今にも天に昇ってしまいそうだ。


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「ゆりすけ、マネージャーみたい」


 百合展開の脇で、沙子がいう。


「マネージャー? 英里奈えりなさんみたいな?」


「いや、あれよりももっとちゃんとした。あの市川さんの前のマネージャーの有賀さん、みたいな」


由莉ゆりがマネージャーかあ……!」


 市川がニコッと笑う。


 ここで『うん、絶対向いてるね!』とか言いそうで言わないところが、市川らしいな、と思う。


「し、師匠師匠っ! 今、師匠の話してますよっ! もーっ、天音部長も手を離してあげてください!」


「あ、ご、ごめん」


 市川がパッと手を離すと、吾妻の意識が帰って来た。


「はっ、ごめんまたあたし遠くへ……」


「いいのですいいのです、師匠はそういう抜けたところも含めて魅力的なのですっ! 逆に、抜けていない人よりも完璧カンペキなのですっ!」


「つばめ……!」


 にっこり微笑む平良ちゃんと、その言葉に目を見開く吾妻。


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「いや、まあ、ともかくそれは置いといて」


 突然素の顔に戻った吾妻はエアー荷物を脇にやるような動作を丁寧ていねいに行い、(「師匠ぉ……」と平良ちゃんが寂しそうにしている)


「さっき話したようなことかんがみて、あたしが出るべきだと思うのは、このライブ」


 と、赤丸のついたライブを指差した。




『スタジオオクタ主催 レコーディング権争奪ライブ!』




 ……なんて、何かの伏線回収のように出してはみたものの、ライブ名にさしたる意味はない。


 スタジオオクタはいつも通っている音楽スタジオであると言うことと、このライブに来た客からの投票で一番票が多いバンドは、レコーディング権を得るということが簡潔かんけつに伝わる良いタイトルだと思う。


「このレコーディング権で新曲レコーディングして、プロオーディションの音源審査に出せば良いんじゃない?」


 というのが吾妻あずまべんだ。


 なるほど、作戦は完璧だな……。


 ちなみに、1曲録音するのに費用がどれくらいかかるのかというと、レコーディングからミキシング、マスタリングを経て、曲の形にするまでに60000円ほどかかるらしい。


 なんだそれ、牛丼が200杯食えるじゃねえか……。一日3食牛丼にしたら、66日もそれで食いつなぐことが出来る計算だ。


 その分が無料で手に入るということなら、かなり美味おいしい話な気がする。(牛丼だけに)


「ここに、チケットノルマ2000円×10枚って書いてある。ゆりすけ、ノルマって何」


「2000円のチケットを10枚売ればチャラ、それ以下だった場合は差額を払わないといけないってことだって」


「ん、じゃあ1人も呼べなかったら20000円払わないといけないってこと」


「そうなんだよねえ……」


 吾妻はそっと頬をかく。


 校内でのライブである程度多い人数を動員できているとはいえ、2000円なんて大金たいきんを払って学校で聴けるものを聴きに来てくれる人なんかいるんだろうか。


 んん……と腕を組んだおれの横で。


「でも、さ。やってみるしかないよね?」


 と、市川が言う。


「『君は挑戦しなければならない』でしょ?」


「天音……!」


 吾妻が感動したような声を出す。


 たしか、それは、器楽部の演奏した曲『Ya Gottaガッタ Tryトライ』の和訳だった。


「……それもそうだな」


「だね」


 沙子もうなずく。


「それじゃ、いくら払えばいいんだ? 20000円は、4人で割れば1人5000円、か」


 と計算すると、平良ちゃんが、


「4人、ですか? 3人じゃなくて?」


 と首をかしげる。


 amaneの4人は顔を見合わせてふふ、と笑う。


「4人で間違いないよ、つばめ。ていうか小沼、1人も呼べない前提の計算するなし」


「念のためだって。おれのブタの貯金箱を割らないといけないかどうか考えてただけだ」


「割ってもしょうがないじゃん、あの貯金箱、1000円も入ってないんだから。ていうか、人を呼べばいいんでしょ」


「なんで沙子さんが小沼くんの貯金箱の中身を知ってるのかな……? まあいっか……それじゃ、満場一致だね!」


 市川の笑顔に、3人がうなずいた。


「なんかなんか、先輩方、バンドって感じでカッコいいですっ……!!」


 そうと決まったら練習あるのみ。ライブまでの練習の日々が始まった。

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