第2曲目 第72小節目:『ねがいごと』

沙子さこさん、本当にカッコ良かったね」


「そう、だな……」


 前島まえじまさんと大田おおたさんに謝られて、一件落着したあと、ダンス部3人は衣装から制服に着替える為に一度引っ込み、吾妻あずまは13時からの器楽部の公演の準備をすると言うことで、器楽部の部室へと戻っていった。


 残された市川いちかわ平良たいらちゃんとおれは校舎こうしゃに戻る。


 すると、市川がはたと立ち止まり、首をかしげた。


「あれ、つばめちゃん、そろそろアレ《・・》の時間じゃなかったっけ?」


 その言葉に、小動物ちゃんはビクッと身体からだをはねさせる。


「あ、あのあのあの、そ、そうですね……!」


 目を泳がせてどもりすぎる平良ちゃん。


「アレって何?」


「これ!」


 訊くと、市川が天井てんじょうを指差す。


『……ということで、「校内歩き謎解きゲーム」の受付は1階、ミステリー研究会の部室です! ぜひお越しください、です!』『はい、ありがとうございます! 是非是非みなさんも行ってみてください! 以上、ミステリー研究会の天野あまのさんでした! 次の部活は……』


 気づけば、校内放送が流れている。


「学園祭実行委員が校内ラジオで、色々な展示の宣伝してるんだよ! 公演がある時間は公演の邪魔になるから流してないみたいだけど」


「なるほどな……」


 ていうか普通に校内歩き謎解きゲーム面白そうだな……。 


「それで、ロック部の紹介は、平良ちゃんがするんだ?」


「そういうこと! マイク一本のラジオだからバンドとかは出来なくて、弾き語りじゃないとダメだから、それでつばめちゃんにお願いすることにしたんだ!」


 市川部長が天使の笑顔で説明してくれる。


 その脇で、平良ちゃんが小さく挙手をした。


「あのあの、それなんですけど、やっぱりやっぱり自分よりも天音あまね部長がされた方がいいように思うのですが……。ほらほら、宣伝効果といいますか、なんといいますか……」


 どうやら本番を前に自信を喪失そうしつしたらしい。


「……つばめちゃんは、本当にそれでいいの?」


 その目を市川がじっと見つめる。


「うう、それは……」


 その視線を受け止められず、少しうつむく平良ちゃんに、語りかけるように、市川は話を続けた。


「つばめちゃん、『12時半からの放送ということならやります』って、言ってたよね。そこには何か意味があるんじゃないの?」


「は、はい……」


「どんな理由なんだ?」


 横から、問いかけてみる。


「あのですね、実は、その時間は吾妻師匠の器楽部の公演の前なので、そこに向けてエールをおくることが出来ればと思いまして……!」


 モジモジと、それでも、平良ちゃんは意思を伝えた。


「なのですが、よくよく考えたら、天音部長に『わたしのうた』を歌っていただいた方が師匠のモチベーションも上がるのではないかと、思うの、ですが……」


 その意思を聞いたとしたら、市川の答えはもう、変わらないだろう。


「ダメだよ、つばめちゃん」


 そう、きっぱりと言い切る。


「ねえ、つばめちゃん。つばめちゃんが伝えたいことは、つばめちゃんの届けたい想いは、つばめちゃんが形にしなきゃダメなんだよ」


 すっかりamaneの顔になった市川。


「小沼先輩ぃ……」


 その圧に負けそうになったのか、すがるような目でこちらを見てくる。


「例えば、さ」


 おれは、なるべく優しい声音をこころがけ、平良ちゃんに話しかける。


「平良ちゃんは、このあとの器楽部のライブで、星影ほしかげさんよりも上手く弾けるピアニストがいるとして、その人が出てきたら満足か? 星影さんの演奏を聴けなくても」


「それは、絶対にないです! 自分は、ステラちゃんの演奏が聞きたいです。ですけど……?」


 微妙に言いたいことが分からないという顔だ。


「平良ちゃんであることに、意味があるんだよ」


「自分で、あることに……!」


 平良ちゃんは、自分で改めて口にしたその言葉を噛み締めて、そっと飲み込もうとしている。


「市川も、一応おれも、そばで見てるから、やってみよう」


 あと一押し、そんな言葉を伝えると。


「なんですか、いきなり男前みたいなことおっしゃって……」


 照れたように、平良ちゃんがそう言った。


『いきなり』、か。


 本当にそう思う。


 でも、いい加減、おれも自分に嫌気がさしてんだよ。


 吾妻があんなことになってるのに手も足も出ない自分に。


 もう、いじけてる場合じゃない。出来ること、一つずつ、やってかなくちゃいけないんだ。


「平良ちゃんの歌を、吾妻に、届けよう」






 3人で、放送室の前に立つ。


 平良ちゃんは、ふぅ、と息を吐いて、身の丈よりも大きく感じるアコースティックギターを構えて、


「……よしっ」


 と決意を固めた。


 そっと唇を噛み締めて、平良ちゃんはそのドアを開ける。


 入りぎわ、少し振り返って、


「なんだか、授業参観を夫婦で観に来られてるみたいな気分ですねっ!」


 そう、ニヤッと笑う。


「「ふ、夫婦!?」」


 おれと市川は突然の言葉に動揺し、赤面した。


「えへへ、冗談です! ではでは!」


 いや、平良ちゃん、結構余裕あるじゃねえか……。


 平良ちゃんが実行委員会の人に「こんにちはっ!」と挨拶をしながら扉を閉じる。


 それを見送って、


「ていうかさ、誰が宣伝をやるとか、そういうのってどこで決まってんの?」


 おれが訊くと、今度は市川がビクッと肩を跳ねさせる。


「えーと、なんといいますか……」


「ロック部ライン?」


「だねー……」


 ばつが悪そうに頬をかく市川。

 

「……まだおれ入れてもらってないんだけど」


 横目でじーっとにらんでみると、


「……小沼くん、結構、人気者なんだもん」


「はあ?」


「いいからいいから! ほら、つばめちゃんの歌、聴こう?」


 (市川にとっては)ちょうどいいタイミングで、放送が始まった。


『こんにちは、ロック部1年の平良つばめさんです!』


『ここここ、こんにちは! 平良つばめです!』


 やっぱりマイクの前に座ると緊張するのだろうか。


「どもりすぎだろ……」


「え、それ、小沼くんが言う?」


 ツッコミが入るが無視する。


『今日は一曲歌ってくださると言うことで!』


『は、はい……!』


『それでは早速、曲紹介の後に歌ってください!』


 なんの曲を演奏するのだろう。


 さっきの話の流れだと、平良ちゃんバージョンの『わたしのうた』が聴けるのだろうか。


『えっとえっと、こんな勝手なことをしてもよかったのか分からないのですが、大好きな作詞家の方の歌詞に自分が曲をつけました』


「「へえ……!」」


 おれと市川は、感嘆かんたんのため息をつく。


 なかなか、粋なことをするじゃんか。


『元の歌詞が短いので、短い曲なのですが、自分の尊敬するししょ……先輩に届けば、と思っています! それでは、聞いてください、「ねがいごと」、です』


* * *

『ねがいごと』

作詞:山津やまづ瑠衣るい 作曲:平良つばめ 


遠くの街か 近くの町か

あなたは今 自分の呼吸と戦ってるのだろう

答え合わせと 間違い探し

その背中を そっと撫でることは出来ないかな


あなたの言葉に何度も救われて

あなたの言葉にこれまで生かされた


いつか出逢うことがあるなら

あたしは何を伝えるのだろう

「ありがとう」しか言えないか

それすら出来ずに倒れてしまうかもしれない


だけど

思い上がりだけど ワガママだけど 

あなたのおかげでここにいるあたしが

いつかあなたの力になれますように、と

奇跡みたいなねがいごとが

どうか叶いますように

* * *


* * *


 校内放送のスピーカーから突如流れてきた、聞き覚えのある、いや、書き覚えのある歌詞と、それにつけられた素敵な曲。


 あれは中学生の頃、amane様が活動休止をした時に書いたものだったと思う。


「……よし、じゃ、やりますか」


 愛弟子まなでしの演奏を聴き終わり、あたしは、そっとつぶやいて、部室にいる全部員を見渡す。


「器楽部一同!」


「「「はい!!」」」


「泣いても、笑っても、今日の演奏がこのメンバーでやる最後の演奏です」


「「「はい!!」」」


 もう涙声になっている部員がいて、あたしは苦笑する。


「今日の演奏が絶対に上手くいくように、練習を重ねてきました」


「だから、今日は、」


 なんて言いながら、あたしの涙腺るいせんもちょっとやばくなってるな。


「全力で、青春しましょう!!」


「「「はい!!」」」


 決意を胸に、引退の舞台へ向かうあたしたちは。


 今日だけはもしかしたら、『一番強い』ビッグバンドなのだから。


* * *

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