第3曲目 第54小節目:feel my soul
* * *
真っ暗な部屋で秒針の音だけが小さく響いている。
「えへへ……」
ふやけたような笑いがこぼれた。
ついでに、ひとしずくだけ嬉し涙がこぼれそうになった。
急いで毛布をかぶる。喜びを、高鳴りを、ぎゅうっと閉じ込める。
『それは、市川にしか歌えない曲なんだ』
そんな言葉を、本当にかけてくれる人がいるなんて。
『ねえ、恋人よりも、バンドが大切?』
ごめんね、
別に、そんなこと、本当に答えさせたかったわけじゃないんだ。
めんどくさい女になりたかっただけ。構ってもらいたかっただけ。ドラマでよく聞くような言葉を言ってみたかっただけ。
私がぼんやりと想像した世界が、未来が本当に現実になっているのかなって、
あまりにも
嘘じゃないってことが、はっきり分かったから。
夢じゃないってことが、はっきり分かったから。
いつだって、そうだ。
私が諦めていたことを、無理だと思っていたことを、彼はいつも拾って、優しく手渡してくれる。
1つ目は、歌声だった。
声が出なくなった時に、もう一生自分の歌なんか歌えなくなるんだろうって、そう思ってた。
だけど。
『amaneは、おれの憧れなんだ。』
『絶対にまた歌えるようになろう』
彼は踏み出すきっかけをくれた。踏み出す勇気をくれた。
そして、私にもう一度歌声をくれた。
2つ目は、青春だった。
恋なんて知らないまま、友情なんて知らないまま、青春なんて知らないまま、このまま、そつなく、つつがなく、高校生活を終えていくんだって、そう思ってた。
ドラマで見たりラブソングに聴く、そんな感情の本当のところは私には分からないままなんだって、そう思ってた。
『小沼くんは、私の、憧れなんだ。』
だけど、小沼くんと出会ってから、世界は色づいた。
みんなに出会って、忙しいほどに怒って、笑って、泣いて、感情があふれて止まらなくて、もう自分では処理しきれなくなる。
そして、夢かと思うようなことを、彼は言ってくれた。
『おれは、市川天音に、たった一人の特別な女の子として、恋をしています』
私は、自分の心におさまらないほどの恋を知った。
3つ目は、バンドだった。
誰かと一緒に何かを
本当の本当は1人なんだって、そう思っていた。
『おれが、
だけど、私たち4人のことを『バンド』と呼ぶのだと、断言してくれた。
『今、多分amane史上一番いい曲ができた。おれにしか、おれたちにしか作れない曲が出来た。これをおれはどうしても二週間後、完璧な状態でライブしたい』
そして、バンドの未来を、自分にとって一番大事なものだと言ってくれた。
私はそのどれも全部、そんなの取り戻せないものだって、手に入らないものだって、そう思ってた。
ううん。
もっとふさわしい言葉を、私は知っている。
由莉があの曲の歌詞を書いてきてくれたあと、どうしてカタカナなんだろうって、辞書を引いてみたことがある。
きっと『競って走る』ことが最初にきて、もしかしたら、『強い』ってことなのかも、とかそんなことも思った。
へえ、いろんな言葉があるんだって思った中に一つ、それまで知らなかった言葉を見つけた。
意味は、『非現実的で、とりとめのない考え』『常識はずれでまとまりのない考え』。
『夢』って言葉の意味にも似ているそれは、私がそれまで欲しがっていたものの呼び名だった。
わめき方も、叫び方も、『そばにいて』の言い方も分からなかった私が。
本当は苦しいほど願って、狂おしいほど想っていたもの。
だけど届くはずもないと思っていたもの。
そして、みんなが一緒に現実にしてくれたもの。
ねえ、もしかしたら。
みんなでなら、本当に叶えられるのかもしれない。
妄想でも、空想でも、幻想でもなくなるのかもしれない。
本気で想ったことは、現実に出来るのかもしれない。
むしろきっと、
狂おしいほど想うことなんだ。
だから、私はもう一度、本気になる。
苦しいほど願い、狂おしいほど想い、手を伸ばす。
「私は、amaneを最強のバンドにしたい。」
私の大好きなあの3人と組んでいるこのバンドを、最強のバンドに。
きっとこんなの思い上がりだ。
でも、だからこそ口にする。だからこそ声を張り上げて歌う。
布団をかぶって、枕にぎゅっと顔を押し付けて、自分を励ますための歌を。
* * *
靴紐がほどけて 踏んで 転んで
うずくまって動けなくなってしまった
それは多分 擦りむいたからじゃなくて
擦りむく痛みを知ったから
再開に
ふてているうちに遠くまで行ってしまった
憧れには 手も足も届かなくて
気づけば私は最下位だ
リタイアしかけたその時
どこかから力強い音が聴こえた
リズムを刻み ビートを叩くその音の正体は
自分の心臓の鼓動だった
自信なんかないけど 定義すら分からないけど
一番強くなるって 今、決めた
待ったりなんかしないで
すぐにそこまで行くから
息が上がりそうなその時
どこかから力強い音が聴こえた
花火みたいな ドラムみたいなその音の正体は
あなたにもらった言葉だった
自信なんかないけど 届くかは分からないけど
一番強くなるって もう決めた
待ったりなんかしないで
すぐにその先へ行くから
さよなら、拗ねていた私
さよなら、いじけてた私
さよなら、怖がってた私
さよなら、負けていた私
あなたたちがいてくれてよかった
私は、今日までの全部と一緒にこの曲を奏でるよ
* * *
そして、顔をあげて、窓の外を見る。
小沼くんの書いた最強のメロディのあとに、由莉の書いた最強の歌詞のあとに、二行だけ付け加えた。
* * *
ほら、夜明けの方角を見てごらん
私たちのキョウソウがはじまる
* * *
もう、私1人の妄想じゃない、私1人の空想じゃない、私1人の幻想じゃない。
沙子さんも、由莉も、小沼くんも、似たようなことを考えてると良いなあ。
……なんて、そんなのさすがに出来過ぎか。
でも。
狂おしいほど想ったら、そんなことさえも叶ってしまうのかもしれない。
窓の外、空が白みはじめる。
ほら、夜明けが来た。
やっと。
私たち4人の
* * *
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