第3曲目 第55小節目:How To Go <timeless>
「いや、だから、
「わかった……! あ、私からも一個。
「はい」
「……怒ってる?」
「怒ってない」
日曜日、世間的には3連休の
どちらの言うことも正しそうなので、おれはとりあえず床に体育座りでスマホをぽちぽちしている
「吾妻は続きの歌詞書けそうか?」
「ごめん、まだ!
「え、私も頭使ってるよ!?」
沙子と向かい合っていたはずの市川が『聞き捨てならん!』と吾妻を見る。
「使ってないじゃん! 自分の感じていることを言葉にしただけで新曲の歌詞になったんでしょ?」
「それは、そうだけど……」
今日スタジオに吾妻が来た時に『天音の歌詞を読んで気づいた、あたしの話を聞いて!』と、新曲の歌詞の解釈を改めて
市川は『この気持ちをどういう言葉にして伝えよう?』という
今のは、それに対して「また天才性を見せつけてきたよ……」と苦笑した吾妻からの嫌味であった。
「ねえねえ小沼くん、私、集中砲火されてるんだけど」
「
逃げてる背中を
「ああ、かわいそうだな……。あと、おれからも一つあるんだけど、もっと声張って歌ってもらっていいか? まだ楽器に負けてる」
「はーいー、わかりましたー……」
頼みの
「でも、バンドらしいってこういうことなのかな……?」
自分たちの
「ていうか天音、喉の調子がいつもよりちょっとよくなさそうだね。ちゃんと睡眠とった?」
顔を上げた吾妻が首をかしげる。
「いいえ! なぜかというと昨日、小沼くんが『曲ができた』と言って夜中の2時に電話してきたからです」
「ああ、あれか……。あれ、困るよねえ。あたしもわかる……」
「そうなんだよ! ……ちょっと待って、なんか分からないけど、由莉の
「ていうか拓人、それで思い出した。うちにだけ今日空いてるか事前に聞かなかったでしょ」
「すみません……」
次はおれかよ……。
「でも、ウォーミングアップも出来て、だんだん
「うん」「よし」「がんば!」
と、そう言った瞬間。
部屋の照明がパチパチと点滅する。
「え、もう!?」
この照明パチパチはスタジオでよくある仕様で、スタジオ内で音を鳴らしている客に対して、店員さんが終了時間を告げる方法なのだ。
ということは……。
ドアがそろーっと開いて、スタジオの店員、
「お客様ー、白熱してるっぽいところわりーんだけど、間も無く終了の時間でーす」
「今ちょうど合わせようとしてたのに」
沙子が不満げに漏らすが、時間が来ているのは神野さんのせいでもなんでもない。
「
「いや、カラオケじゃねーんだから……。まー、このあと今日はこの部屋ずっと空いてるから出来るけど。1時間でいーか?」
かつての後輩ユリボウの質問に
「はいっ! よろしくお願いしますっ!」
キラキラの笑顔で市川が答えた。
そしてまた約一時間後。
「そういえば、市川さんの激しい方の曲って歌詞ついたの」
合奏と合奏の
「うん、ほぼ決まってきたよ!」
「そうなんだ、聞いてみたい! ね、小沼」
「おう」
おれは昨日とは一転して、市川の作った曲が進捗していくのを心から喜べていることに気づいた。それはきっと吾妻もそうだろう。
その
「分かった! じゃあ歌うね!」
そう言って市川がピックを持つ手を振りかぶった瞬間。
また、部屋の照明がパチパチと点滅して、そろーっとドアが開く。
「時間なんだけど……延長か?」
「「「……はい!」」」
さらに時間は経つ。
「なあ、これって良い方向に向かってんのかな……?」
市川の激しい曲の方を何度かバンドで合わせていた中で、おれはなにかが引っかかっていた。
「んー? どういうこと?」
「いや、やっぱり市川の弾き語りの時の方がかっこよく聴こえてる気がするんだよな。でも、キーはちょうど良さそうだし……」
腕を組んでむむむと
すると、沙子が小さく挙手した。
「はい、さこはす」
なんだろう、と思って耳を傾けると、沙子はとんでもない提案をした。
「市川さんの激しい曲は一人でやった方がいいんじゃないの」
「「「ほえ?」」」
おれまで可愛く首をかしげてしまった。
「えっと、沙子さん? 私たち改めて『バンド』になろうって言うことで今日こんなに熱くなってるわけで……」
「そうだよ沙子。いきなり『ソロでやれば』なんて言ったら、あの決意はどこいっちゃうんだよ?」
市川とおれがが疑問符を頭の上に浮かべながらやんわり否定すると。
「うちは『ソロでやれば』なんて言ってない。『一人でやれば』って言っただけ」
「「ん……?」」
沙子は無口とかじゃなくて単純に言葉が足りない。
そこに国語の偏差値ねえさんが挙手して、「もしかして……」と、口を開く。
「……『演奏しない』をするってこと?」
「そういうこと、かな」
……うん、偏差値が高すぎてわかりません。
「どういうこと、かな?」
「ビートルズの ”Yesterday” と一緒だよ。つまり、」
そう沙子が口を開いたところで。
また、照明がパチパチと点滅し、
「えんちょ」「延長で!」
神野さんが質問しかけたところを吾妻が強めに
「ほーい」
いや本人が全然気にしてないみたいだからいいけど、一応あの人、あなたの先輩なんじゃないの?
そんなこんなを、何度繰り返しただろう。
何度目か分からないがまた照明がパチパチして、神野さんが入ってくる。
「……おーい」
「「「延長でお願いします!」」」
「おー、息ぴったりだなー、ははは」
神野さんは
「いやー、そーしてやりてーんだけど、もう10時なんだわ」
と苦笑いする。
「え」
時計を見上げると、たしかに時計は夜10時をさしている。
「へ、もうこんな時間!?」
吾妻も
「残念ながらお前らのこと高校生だって知っちゃってるからなー、これ以上は使わせてやれねーんだよなー」
青少年保護なんちゃらというやつか……。
「舞花部長も高校生ですよね?」
「……アタシは、18歳だから」
スッと視線をそらす神野さん。
「でも、高校生ですよね?」
後輩は
「……とりあえず片付けお願いしまーす」
「あ、ごまかした!」
バタン! と扉を閉めて神野さんは行ってしまう。
とはいえ、仕方ないので片付けを始める。
「まだ話したいこと色々あったんだけど」
沙子が
「そうなあ。歌えなくても、セットリストとか、良いアイデアも出てたし」
「でもお店は入れないしもうかなり遅いもんね……。帰ってグループ通話する?」
ぐるーぷつうわ……?
吾妻から発された聞いたことのない単語に幼女化していると。
「あ、あのね!」
なぜか市川が緊張したように声をあげる。
「「「ん」?」」
そしてもじもじとしながら、思わぬことを言い始めた。
「私の家、今日、お父さんもお母さんもいなくて……だから、よければ、みんなうちに来ない?」
「「amane様の家……だと……!?」」
「おい、信者やめろっつーの。……っていうか、あれ?」
呆れ目でツッコんだ沙子の語尾が上がる。
「ちょっと市川さん、今日ってもともとは拓人と二人で……!?」
「さ、沙子さん!」
なんで市川は赤面してるんだ……?
あー、もともとはおれと二人の予定で…………。
…………え!?
「小沼くん、それ以上考えなくていいからね!?」
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