第2曲目 第17小節目:熱帯夜

「恋バナしようずー!」


 大富豪も終わり、「んんー……」「ねむぅーい」とか言って沙子と英里奈さんも大人しく自室に戻っていき、部屋に布団を敷き詰めて、電気を消したあと、安藤が大きな声で言った。


 同室のチェリーボーイズのことをおれはボーカルのはざまとギターの安藤しか認識していなかったのだが、ベースの人とドラムの人もいるらしい。


 そりゃそうだ。だって4人バンドだもんね。


 ちなみに、ベースの人は針谷はりや、ドラムの人は昆布島こぶじまといいます。2人とも父親は警察官ポリスだそうです。あと、安藤夏達あんどうかたつの父親も警察官ポリスだそうです。安藤が一番わかりやすいですね。(何が?)


 針谷と昆布島はもう寝てる。寝つき良いな、のび太かよ。


「やっぱり合宿といえば恋バナっしょ! な、小沼!」


「そうなあ……」


 そうなの? 中学の時はすやすやと眠りこけていたからなあ……。


「さすがノリがいいな!」


「お、おう……」


 めんどくさそうな顔を作りながらも、ノリがいいって言われてちょっと喜んでるおれよ……。


「んじゃあ、夏達かたつは誰か好きなやつとかいんのか?」


 


 はざまが差し込む。


「え、俺!?」


 安藤が驚く。いやいや、起きてるの3人しかいないんだからそんなに驚くなよ。


「俺かあー……俺は四天王してんのうみんな好きだなあー」


「みんなってなんだよ……」


 はざまがあきれている。


 多分、この人はこういう無節操むせっそうな感じがあまり好きじゃないんだろう。


「え、だって、誰に告白されても絶対付き合いたいっしょ! 大天使アマネルは天使かわいい、英里奈姫はひめかわいい、由莉嬢はゆりかわいい、沙子様はこわかわいい。完璧!」


 後半ルール変わってません? ゆりかわいいってなんだし。あと沙子をあんま怖がらないであげて。 


「……え、あれ、はざまっちは、断るん?」


 無言の空気を読んで、まじで戸惑っている安藤。


「……ノーコメント」


 はざまが呟く。


 ああ、そういう返し、ありなのね。小沼、覚えた!


「まっ、はざまっちは沙子様一筋ひとすじだもんな!」


 おれの肩がびくっと跳ねる。


「……まあな」


 なんだよ、なんか驚いたよ、なんで驚いたんだよおれってば。


 それにしても、2人のなんか分かり合ってる感じ、楽しそうだな。


「んで、小沼は? 好きな女子とかいるんの?」


 いるんのって。


 こう言う時なんて返せばいいんだ? 男子同士での恋バナなんて初めてだからどうしたらいいかわかんない……。女子との恋バナも英里奈さんとちょっとしたアレしかない。


 とりあえずはざまの言ってたやつの真似まねをしてみるか。


「……ノーコメント」


「いや、ノーコメントとかねえから!」


 ソッコーでツッコまれる。


 あ、ないんだ。なんでですか?


「え、えーっと……」


 おれがしどろもどろになっていると、


「……コヌマはさ」


 はざまが真剣な声で話しかけてきた。


「は、はい……?」


 なになに、怖いよ……。あとおれコヌマじゃないからね……。


「コヌマは、元気なやつ、好きか?」


「はい?」


 いきなり興味持っていただいている……?


「いいから答えろって」


 元気なやつ、ねえ……。


「まあ、元気があるのは良いことだと思うけど……」


 おれが答えると、はざまが満足げにうなずく気配がした。


「だよな。じゃ、可愛いやつは?」


「いや、えーっと……?」


 質問の意味はわかるけど意図がわからんのだが。


「可愛くないより可愛い方がいいよな?」


「はあ、まあ……」


 可愛いとか可愛くないとかは主観だけど……。


「だよなー。クラス委員とかやってると好感度高くね?」


「それは本当にどっちでもいいと思うけど……」


 それで好きとか嫌いとか、分かれないだろ。羽川はねかわは委員長じゃなくても推しだし。


「……まあ、そうか。でも、やってるかやってないかだとやってる方がいいだろ? ビミョーに」


 妙にごり押しして来るなクラス委員。


「うーん、じゃあ、まあ、そうだな……」


 推しの羽川はクラス委員長だし、まあそれでいいや。


「だよな!」


 ビンゴ! とでも言いたげに嬉しそうにしてる……なんの話?


「そういうやつさ、探せば案外近くにいるんじゃねえの」 


 はざまが、ずいぶんと優しい声でそんなことを言う。


「……はい?」


 もしかして、こいつ……。


「元気で、可愛くて、クラス委員……英里奈姫みたいな女子だな!」


「ちょ、夏達かたつ、おまえ、ばか……!」


「ええ? 俺、ばか?」


 ……そういうことか。


 要するに、まだ、英里奈さんがおれのことを好きだと思ってるこの鈍感どんかん男子は、英里奈さんをおれとくっつけようと超下手くそなアシストをしようと思ったわけだ。


『えりなは、健次のことが好きなんだもん!』


 さっき、風呂上がりに笑っていた英里奈さんの顔が浮かぶ。


 多分、こういう、まっすぐで友達思いのところが好きなんだろうなあ。


残酷ざんこくだなあ……」


 おれは胸がズキズキと痛むのを感じていた。


「はあ?」


 はざまがどすの利いた声を発する。怖いからやめてください。


 おれは、ふう、と軽くため息をつく。


「……えっと、はざまさ」


「なんだよ?」


「バカっぽく見せてるけど、本当はめちゃくちゃ素直で、めちゃくちゃまっすぐで、あざといようで本当に好きな人には上手じょうずに出来なくて、困ったみたいに笑う表情が可愛い人、好きか?」


 詰め込みすぎか? 知らんけど。


「……はあ? まあ、いいんじゃねえの……?」


 はざまが戸惑ったように答える。


 おれは、静かに唇を噛む。


「そういう人、近くにいるんじゃないの、案外」


「ああ……?」


 なんていうか。


『えりなは、何をどうしても、健次の特別になるんだ』


 ままならないな、色々。


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