第3小節目:TEAM ROCK

神野じんのさん……!? なんでうちの高校に……!?」


 外のライブハウスで行う12月ロックオンの実現方法を悩みはじめたおれたちの横に、いつの間にか、吊り目で明るい茶髪をポニーテールにした先輩が腕組みをして立っていた。


「いや、アタシ、この高校の生徒だから。つーか、アタシの方が歴が一年なげーっての」


「まあ、たしかに……」


 そりゃそうすぎる。完全論破されてしまった。


 でも、自分、先輩のこと、後夜祭以外だとスタジオオクタにいるとこしか見たことないんですもん……。


「まー、あともうちょいで学校は来なくなるけどなー。2学期終わったら、3年生は受験準備で基本は休校だから」


「そうなんですか?」


「そーだよ。3学期は登校日が3、4日と、卒業式だけ」


 知らなかったというよりは意識してなかったと言う方が正しいが、卒業式が3年生の3月ってだけで、実際に高校生活を過ごせる期間はもっと短いのかもしれない。横で吾妻あずま青春部長がめちゃくちゃ頷いてるし。


「というか、どうしてここに?」


「留学のことで、職員室に用事があったんだよ。で? ライブ、外でやるんだろ? アタシが話つけてやろーか?」


「まじですか……!」


 心強い提案に目を見開く。


「まー、アタシが出来るのは顔繋ぐくらいだけどな。運営自体は自分たちでやれよ?」


「はい、もちろん!」


 市川が笑顔でうなずく。


 結局運営は自分たちでやるとしても、わからないことがあった時に聞ける先輩が近くにいると言うのはすごくありがたい。


 別に元々にくい相手というわけではないが、強敵が味方になると、戦闘力が桁違いに上がる感じがするもんだな……。


 少年漫画じみたことを考えていると、


「つーか、それより」


 神野さんが目を細める。


「お前ら、レコーディングはどーすんだ? あおリベに音源提出しないといけねーんだろ?」


「はい、そうですよね。でもレコーディング1日なので、まだ1ヶ月弱あるし、それまでに練習すればいいかなって……」


「かー、レコーディングを舐めてんなー! そんなんでいいのか? お前ら、『最強のバンド』になるんだろ?」


 そういう神野さんの表情に決して茶化ちゃかす色はなく、おれたちが前回のライブで言ったことを真剣に受け止めてくれているのだと言うことがわかった。


「はい……!」


 答えるおれたちの背筋も伸びるというものだ。


舞花まいか部長、あたしたち、レコーディング、舐めちゃってますか……?」


 だからこそ不安になったのだろう。吾妻がおずおずと挙手をして尋ねると神野さんはうなずいて、人差し指を突き立てる。


「プリプロをやってみろ」


「「ぷりぷろ?」」


「プリ・プロダクションの略。まあ、いわゆる『試し録り』ってやつだな。録音しながら、アレンジとか固めるんだよ」


「それって普通の合奏練習じゃダメなんですか」


 沙子が首をかしげる。


「やればわかる」


 神野さんは不敵に微笑んでから、おれの方に向き直った。


「タクト、宅録用のソフトは持ってるんだろ? 何使ってるんだっけ?」

Logicロジックですね」

「へー、マックユーザーなんだ。洒落しゃれてんなー。オーディオインターフェースは? なんチャンネル?」

「同時録音16チャンネルです」

「おー上出来じゃねーか。いや、お前、ぼっち宅録家なんだろ? なんでそんなにチャンネル数多いやつ持ってんだよ」

「小沼先輩、合宿にも持ってきていらっしゃいましたもんねっ! あの時はわからなかったですけど、小沼先輩はバンドが組めた喜びで奮発フンパツしたのですよねっ!」

「ちょっと、恥ずかしいからやめて平良たいらちゃん……」


 宅録仲間の平良ちゃんも合わせて機材の話をしている横で、


「ちょっと、なんの話してんの……?」

「多分レコーディングの話……」

「小沼くん、こう言う話する時が一番目がキラキラしてるんだよね……。可愛いよねえ……」

「ていうか、舞花部長はそっち側だったかー……」


 女子3人がかしましい。……市川、まじで本当にそれは恥ずかしい。



「まー、とにかくだ。オクタでもセルフレコーディング用のマイクセット貸し出してるから、一回自分たちで録ってみろ。そしたら、アタシが何を言ってるか分かるだろーから」





 善は急げ。ということで、早速翌日土曜日、スタジオオクタにamane feat. 平良つばめは集まっていた。


「それで、何からすればいいかな?」


「えっと……」


 おれと平良ちゃんでそれぞれ指示をして、マイクを立て、楽器をそれぞれに接続する。


 おれが演奏をするため、パソコンを操作する人が必要になり、操作を理解しているであろう宅録家でもある後輩の平良ちゃんを召喚していたのだ。昨日話も横で聞いてくれてたし。


 最初は演奏しない吾妻に頼もうとしたが、吾妻が「そんな責任負えない……!」とすぐに弟子を頼っていた。まあ実際、こういうソフトはちょっと操作を間違えるとせっかく録音したテイクを消しちゃったりするしな。


 マイクを立て終わると、音割れしない適切な音量にするために、音を出しながら調整する作業だ。ここから平良ちゃんのパソコン操作が始まる。


 スタジオで借りた折りたたみ式の机の上にパソコンを置いて、丸椅子の上で体育座りをしている平良ちゃんはなかなかの貫禄かんろくを放っていた。天才ハッカー的な風格がある。チュッパチャップスとか舐めてそう。


「ではでは、小沼先輩、バスドラ踏んでください」


「はい」


 ドン、ドン、ドン、ドン、と一定のリズムで音を出す。


「つばめって、こんなこと出来るんだねー……! あたし、何がどうなってるのかよくわかんないわ」


「いえいえー……」


 ヘッドフォンを首にかけた平良ちゃんは低い音で返す。


「つばめ……?」


「はい、なんでしょうか」


「あ、うん、ごめんなんでもない……」


「かしこまりましたー」


 平良ちゃん、集中しすぎて師匠の声を右から左に受け流してる……!


「なんか、勉強してる時の天音みたい……」


 初めてちょっとぞんざいな扱いを受けた師匠が唇をとがらせた。どんまい。


 でも、時折ヘッドフォンを耳にかけてカタカタと調整する平良ちゃんは、なんだかかなり様になっててカッコ良かった。


 全員の準備を終えて、いよいよレコーディングだ。


 市川と沙子がこちらを見る。


 おれは頷きと笑顔を返し、そっとスティックを掲げた。


 4カウント叩くと、また新しい音楽が鳴り始めるんだろう。


 神野さんはああ言ってたけど、きっとおれたちなら、難なくこなすはずだ。




 ……そんな風に思っていた時期が、おれにもありました。

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