第4小節目:ハミングバード

「「「「「うがあ……」」」」」


 4時間後。


 ぐったりとスタジオのロビーの机にすamane feat.フィーチャリング 平良たいらつばめの姿がそこにあった。


「時間、全然足りなかったねー……」


 市川いちかわがぼやく。


「そうなあ……」


 期待感満載のカウントから演奏を始めたおれたちだったが、プリプロをやってみたら課題が鬼ほど浮き彫りになった。神野じんのさんの言う通りすぎた。


 まず出てきた課題は、完全にノーミスで全員で合わせるということがかなり難しいということ。


 いつもライブでそんなにミスをしていたつもりもなかったのだが、こうして改めてレコーディングという形をとると、ちょっとしたミスがそれぞれぽろぽろと出てくる出てくる。


 音ゲーで言うと、ただクリアをしようとするのとフルコンボを決めようとするのとでは大変さが全然違う、みたいな感じだろうか。


 一人ずつならフルコンボを達成している回もあるのだが、3人同時にフルコンボをやりきるのはかなり難しかった。でも、みんなで同じ場所で合わせている限りは、お互いの音がお互いのマイクに入って録音されてしまういるため、3人同時のフルコンボをする必要が出てきてしまう。


 ということで、一人ずつそれぞれの楽器を別々に録る必要がありそうだ。ということになった。


 すると、5分の曲を演奏して、聴き返して、準備して録り直して……ということをやっていると、一人につき1時間では全然足りず。


 しかも、やっているうちに「こっちのアレンジの方がよくない?」とか「あれ、そこってそんなフレーズだったっけ?」とか「そこ、コード違くない?」とかいうそもそもすぎる問題まで出てきてしまい、よくこんな状態でライブ出来てたな……とすら思わされる始末だった。


 結果。


「私まで順番回ってこなかったね……」


 時間が全然足りず、なんとかおれと沙子のパートをったところまで終わってしまった。


 これが本番のレコーディングで行われていたかもしれないと思うとぞっとする。


 本番用に無料券で与えられた時間は10時間。


 マイクを立てて調整する時間に加えて、ミキシングの作業も合わせたら、1曲でもとても完了するとは思えなかった。


「はあ……」


「……どうしようか」


 沙子がテーブルの真ん中に疑問を投げかける。


「そうなあ……」


 これだけ時間がかかると分かった以上、そしてまだこれからも何かの課題が見つかる予感があることからすると、なるべく早くギターと歌のプリプロにも手をつけたい。


 ……ちょうど明日は日曜日。


 おれも一つだけ予定が入ってはいるけど、でもまあ、これはずらせなくもない……はずだ。


 ……よし。


「……明日出来るか?」


「あー……!」


 おれは横からの市川さんの視線を気づかないフリで残りの3人を見回す。


 ……だが。


「小沼、あんた……」


「さすがに市川さんにちょっと同情する」


「小沼先輩ってそういうことなさるんですね……」


 3人からしらけた視線を向けられる。


 ……いやいや、ていうか。


 なんでみんな明日のおれの元々の予定が市川と会うことだって知ってるの?


「……市川・・は別にいいけど、みんなはどうかな?」


 自分の名字をやけに強調して市川がメンバーに尋ねる。


「ごめん、あたしはバイト入れちゃった」


「うちもちょっと予定がある」


「自分は特に不要だとは思うのですが、母親と出かける用事がございまして……」


 しかも3人に断られて、うなだれるおれ。


「そうかあ……」


「……ということで、小沼は墓穴ぼけつだけを掘って何も得られないのでした……」


「うっ……」

 

 吾妻がふすーとあきれたようにため息をつきながら放った一言が胸に痛い……。本当にそうですね……。


「でも、もうドラムとベースは録り終わってるんだから、あとは市川さんのパートだけでしょ。そしたら拓人と二人でも録れるんじゃないの」


「たしかに……」


「はあ……それじゃあ、二人でスタジオに入って録音しましょうか、小沼くん」


「そうですね……」


 横からあきれだか諦観ていかんなんだか分からないけどとにかく禍々まがまがしいオーラが立ち上っていた。




 その夜。


「たっくん電話ー」


「言われんでも分かってる……。んっ?」


 おれがおそるおそる画面を見てみると、画面には思っているのと違う名前が踊っていた。


 首をかしげながら部屋に戻って電話に出る。

 

「もしもし?」


『どうもこんばんは、吾妻です。小沼、やらかしたねー』


「なんだよ、わざわざそれを言いに電話かけてきたのか……?」


 吾妻はあのライブ以来、ちょっとしたことで電話をかけてくるようになった。


『まあ、それもあるけど。どうせ小沼のことだからビビって天音あまねに連絡してないんだろうから、ちゃんと自分から謝っときなって言おうと思って』


 ……どうして分かるんでしょうか。


「やっぱ、あれ、怒らせてるよな……?」


『そりゃそうでしょ! デートを勝手にバンドの予定にすりかえようとしたんだから』


「いや、でも、『あしたのうた』が出来た時とか、あいつだって……」


『それは先に天音に許可取ってるでしょ? 今回は勝手にやろうとしたしたじゃん』


「そうなあ……」


 それはたしかに全然違うことはおれにもよく分かる。吾妻の言う通りだ。


「いや、わざわざありがとうな……」


 ……ありがとうが正しい言葉なのかも、おれには分からないまま、他に浮かぶ言葉もなく、とりあえず返す。


『いえいえ。あたし、優しいでしょ?』


「そうなあ……」


 実際優しすぎて、どうしたらいいかおれにもちょっとよく分からない。


 ……あんなことがあったからこそ、おれは吾妻の胸中きょうちゅうを測りかねていた。


『ま、優しいあたしに心変わりした際は、どうぞご遠慮なく』


「いろんな意味で笑えない冗談をいうのはやめてくれ……」


『さて、冗談なんでしょうか?』


「いや、だから……」


『あはは、冗談冗談。あんた、これくらいふざけとかないと変に気にしそうだから。こっちがこんな感じなんだから、小沼もテキトーにしててよ』


 おれは口をつぐむ。そうは言われてもな……。


『あたしだって、小沼と軽口叩いてたいっての。あたしの覚悟を買ってくれるんだったら、あたしの大事な時間を無くさない努力を、小沼の方もしてよ』


「……分かった」


『あーおもいおもい! あ、今のは『重い思い』っていうのと『重い』の反復がかかってて……』


「分かった分かった」


 ……分かってるんだよ、おれにだって。


『んじゃ、この電話を切ったらすぐに天音に連絡して謝ること。電話でね? そしたら、絶対許してくれるどころか、もしかしたらお釣りがくるから』


「お釣り……?」


『そうそう、お釣り。ねえ、知ってる?』


 電話のこちら側で首をかしげるおれの耳元に、吾妻の演技がかった声が届く。


『天音って小沼相手だと案外ちょろいんだぜ?』


「そうかよ……」


『それじゃ! 健闘を祈る!』


 その言葉と共に電話は切れた。


 なんにせよ背中を押されてしまった。となると、市川から連絡が来る前にかけなければ……。


 おれは、えいやっと気合を入れて電話をかけた。


 1コール、2コール、3コール……。


 もう切ってしまおうかと思ったところで、


『……はい、天音です』


 冷え切った声がした。


『それとも市川に御用でしょうか?』

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