第3曲目 第77小節目:タイトロープ
「やっぱりすごかったねー、
「ああ……」
重い心と重い足を引きずりながらもとりあえず
別に、
ただ、そのあまりの歴然とした演奏レベルの差に打ちのめされていた。
ふと横を見ると、そんなおれとは違い、吾妻はもう少し余裕のある表情をしているように見える。
うちのマネージャーさんは、何かの答えを持ってるんだろうか……?
「なあ、吾妻。明日までに、おれたちがあの人たちを超えることができると思うか?」
「んー、明日までにあれよりも上手くなろうっていうのは無理だね。不可能。
「だよなあ……」
ふーむ、と腕を組む。
「
「そりゃそうか……。そもそもバンドとしての
「いや? そこは、組んでから一年も経ってないんじゃないかな」
吾妻は小さく首をかしげる。
「え、そうなの?」
「うん。
「
あんな
「みんながみんな本気でやってるわけじゃないからね、バンドなんて。有名な曲をなんとなくコピーして、なんとなくちやほやされて、それでなんとなくモテたりモテなかったりして、気づいたらギターもベースも
「やけに具体的な……」
でも、おれがずっとロック部に
「そういう人たちからしたら、リズムが走ってるとかモタってるとか、ピッチが高いとか低いとか、ましてや表現がどうとか言ってくる『本格派』みたいな人は
「元器楽部部長が言うとなんか妙に説得力があるな」
夏合宿の肝試しの時に、吾妻が弱音を打ち明けてくれた時に似たような話をしていた。
『当たり前かもだけど、楽しいことばかりじゃないんだよお、部長なんて。『音楽をやりたくて部活をやっている人』と『部活をやりたくて音楽をやっている人』といたりしてさあ』
「その時のことは忘れてって言ったはずだけど……?」
ジト目で見られて軽く肩をすくめてみせた。
「まあいいや……。そんで、器楽部を引退した舞花部長が、去年の冬ごろ『なんでお前らほどの音楽好きがバンド組めないでくすぶってんだよ』って言いながら、二人とバンドを組むためにロック部に入部した時出来たのが
「へえ……じゃあ結成から一年も経ってないし、受験のこと考えたら、実際に一緒に活動してた時期ってそんなに長くないのか……」
それで、あの
「ま、長くはないかもしれないけどさ」
ちょうど改札について、そこで吾妻は立ち止まり、自分のつま先を見ながらつぶやく。
「お互い、やっと見つけた居場所なんだよ、きっと。だから、絆というか思いは深いんじゃないかな。……そういうのって、わかるでしょ?」
そして、こちらを見上げてくる。
「そうなあ……」
「なんか、あの時みたいだな」
ふと、今の状況が過去の自分に重なっておれは「はは」と少しだけ笑った。
「何いきなり笑ってんの? 怖いんだけど……」
吾妻は、再びジト目でこちらを見てくる。
「いや、すまん。そういえば学園祭の時にも吾妻に対して似たようなこと思ったなって思って。『あんな演奏超えることできるのか』って」
「あたし?」
驚いたように自分を指差す。
「そう。吾妻にっていうか、正確に言うなら
「ふーん……?」
「その時なんか、今回みたいに
話しながら、なんとなく自分が今向き合っているもの、向き合うべきものの正体が分かってきた気がする。
「……結局、自分が負けを認めた時は、周りがなんて言おうと負けるんだな。逆に、周りがなんと言おうと、『おれらの方が良いだろ』とか『おれらだって良いだろ』って思えたら、多分それでいいんだ」
おれは確かめるようにうなずく。
「その
本当は。
『おれが一番作りたい曲は、「おれが世界で一番聴きたい曲」に決まってんだろ』
とっくのとうにおれだって気づいているんだ。
何度も何度も間違って立ち上がって、おれたちは前進する。
「だからこそ……負けたくないな。負けたと、思いたくない。相手が誰であっても」
急に少し静かになった横を見てみると、吾妻がほけーっとこちらを見ていた。
「……なんだよ」
「……な、なんでもにゃい」
頬を赤くした吾妻は視線を戻した。
「そ、それで、小沼はなんて返したの?」
「なんてって……?」
「その、さこはすが『あれ以上のライブ、出来るのかな』って言った時」
おれは思い出す。
「……『そんなん、やるしかないだろ』って返しました、けど」
「へえ、かっこいいじゃん……」
にやにやとこちらを見て来るかと思いきや、頬をかきながら耳を赤くして地面をみつめていた。
「……じゃ、やるしかないか」
そして、そう、つぶやくと真剣な顔になってこちらを見つめてくる。
「小沼。実はね」
「ん?」
「……作戦が、あるんだ」
「作戦……?」
おれは首をかしげる。
「えーっと……。そもそも! さっき小沼も言った通り、音楽は
「ま、そりゃそうだよな」
音楽は競うべきものではない、というのは
「でも、今回みたいな、どうしてもそれを競わないといけない、審査員も得点をつけないといけない、みたいな状況になった時、
「そうかあ……。じゃあ、明日おれたちが
「うん。これがスポーツの大会だったら、何をどうあがいても勝てないだろうね。多分、吹奏楽コンクールとかでも、そうだと思う」
「だよなあ……」
フィギュアスケート、シンクロナイズドスイミング、吹奏楽コンクール……。
本来競うべきではないと言われる芸術の分野で得点がつけられていく例はいくらでも思い浮かんだ。
「でもね、小沼。明日は、バンドのライブコンテストなんだよ。だから、技巧をひっくり返す方法がある。戦う軸はそこだけじゃないってわけ。明日、あたしたちが
「それって……?」
おれは答えを求めて、すがるように吾妻を見る。
「『曲の良さ』と『どれだけの感情を込められるか』だよ」
「そりゃ、また
なんとなく肩透かしを食らった気分だ。エモいとかそういうこと?
「まあ、そういうことだけど。じゃあ、もう少しまともに聞こえるように、数式っぽく言ってあげようか。『(表現したい感情の大きさ)
吾妻は3本指を立ててこちらへ見せてくる。
「ほう……?」
「あたしたちが
吾妻は薬指を折る。残り2本。
「そして、『それを何パーセント引き出せる曲・歌詞か』。これについては、あたしたちは胸を張って素晴らしいと言える」
「そうだな、おれもそう思う」
「あはは、言うじゃん」
吾妻は嬉しそうにニッと笑いながら、もう一本指を折った。
残るのは人差し指。
「で、あとは『表現したい感情の大きさ』だね」
「ああ……でも、それこそ、これからどうしようもないんじゃ……?」
「ううん。ロックオンの時だって、学園祭の時だって、そこまでに積み重ねた感情だけじゃなくて、あのライブの場で爆発した感情が大元になって、感動を生んだはず。でしょ?」
「そう、か……」
たしかに、ロックオンの時は市川が歌声を取り戻そうとしたその姿勢。学園祭の時には、沙子の市川へのメッセージ、吾妻が直前に教えてくれた『キョウソウ』の最後の一節、市川が葛藤の末に歌った歌詞。
そこまでに込められた感情も大きかったけど、その時に
「そういうこと。だから、あとはそのやり方ってわけだけど……」
そこまで言って、吾妻は迷ったように少しトーンダウンした。
「どうした?」
だけど少しだけ首を振り、意を決したようにうなずいて、
「だからね、小沼」
切なそうな、だけど意志の強い
「とっておきの『おまじない』、かけてあげる」
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