第22小節目:『青春なんて嘘っぱちだ』

* * *

『青春なんて嘘っぱちだ』

作詞・作曲:IRIA


季節ハズレ 期待ハズレ

そっちからしたらこっち こっちからしたらそっち

音符は ズレ

       て

          リズムは ズレ

                     て

そっちからしたらこっち こっちからしたらそっち


退屈な隊列 決められた配列

四六時中 四面楚歌シメンソカ

黒に囲まれてもひっくり返らないなら

ボードから永遠に消えるしかないのが

この国のルールだっていうんなら


絵空事エソラゴト絵空事エソラゴト

世迷言ヨマイゴト世迷言ヨマイゴト

信じたこっちがガキだったなんて

なんだよそんなのフィクションでもなんでもなくて

ただの嘘っぱちじゃんか


最低限の酸素しかない四角い部屋で

味のしない空気とやらを読まずに吐き捨てた

青くもない春でもない

青春なんて嘘っぱちだ青春なんて嘘っぱちだ青春なんて嘘っぱちだ青春なんて嘘っぱちだ


「今日が早く終われ」と願った口で

「明日なんか来なきゃいいのに」と吐き捨てた

こんな日々が

青春なんて嘘っぱちだ青春なんて嘘っぱちだ青春なんて嘘っぱちだ青春なんて嘘っぱちだ


せめて嘘だって言ってくれよ


なあ

* * *


「…………!」


 曲が流れて、息を呑む。




 ……これが、アマチュアの作る音源の迫力かよ。


 ちょうど音源制作のことで悩んでいるおれには、残酷なほどにそのクオリティは高かった。


 これなら、プロの音源と横並びにされても、きっと誰も違和感を感じることはない。


 もちろん、好き嫌いは分かれるだろうが、それはつまり、『好き嫌い』で語ってもらえる土俵に立っていると言うことでもある。


 おれたちのあのプリプロ音源は、それ以前だ。『なんか聞き苦しい』と切って捨てられてしまう音源だ。



「めちゃくちゃカッコいいこの人……! ゆず、こういう人になりたい……!なんか、『自分を持ってる』って感じする……!」


 かじりつくように前のめりになって聴いていたゆずが、こちらを見る。


「ねえ、IRIAイリアさん、たっくんの学校にいるの?」


「いや、知らないけど……。吾妻、沙子、知ってるか?」


「うーん、なんか喋ってる声が聞き覚えがある気がするんだけど……。でも、そもそも覆面シンガーなんでしょ? うちの高校って言っても分かんないよ」


「さっき、1年5組って言いかけてたから、まあ、40人くらいには絞れるけど」


「たしかに……」


 おれの質問に、吾妻と沙子が答えてくれる。


 それでいうと、平良たいらちゃんって何組だったっけな、と思い返したその時。


「ほら、たくちゃんゆずちゃん、着いたよー」


 ちょうど、うちの前に車が停まった。


「ありがとうございました。……えっと、それじゃ、沙子、吾妻、練習頑張って」


「うん、頑張る」


「小沼は明日徹夜なんでしょ? 今日ちゃんと寝ときなよ?」


 コクリとうなずく沙子と、心配してくれる吾妻。


「ありがとうございましたー! 沙子ちゃんまたサウナしよーね! 由莉ねえ、また会いましょう!」


「ゆりねえ……!」


 人懐っこい笑顔で手を振るゆずと共に、車を見送った。




「ただいまー」


 玄関をくぐりながらスマホで検索してみると、YouTubeにつながる。アニメみたいなリリックビデオが流れ出したので、おれは慌てて音量を下げた。


 赤や黒を基調をした画面にさっきの歌詞が白い文字で現れては、はけていく。


 さきほどパーソナリティさんが言っていた通り、再生回数は、4000万回を超えていた。


 聴きながら、なんとなくコメントをスワイプすると。



『「黒に囲まれてもひっくり返らないなら盤から永遠に消えるしかないのがこの国のルールだっていうんなら」って、オセロと囲碁の話? 控えめに言って天才』

『一回聴いて絶対バズると思った。神』

『キャッチーなメロディに毒のある歌詞。くせになる』

『普通に聴いただけじゃ分からない深みがある』

『声が好き』

『四六時中 四面楚歌 四角い部屋。四=死を表す言葉で、それを直接言わずに連想させる歌詞運びがえぐい』



 ……いや、これは、もはや宗教だろ。


「なんだ、たっくんも気になってるんじゃん」


 横からゆずがおれのスマホをひょいっと覗き込む。


「別に、そんなことねえよ」


 慌ててスマホをポケットにしまう。


「……どうしたの?」


「……なんでもない、すまん」


 強くなってしまった語気ごきを謝りながら、おれは早足で廊下を抜けて自分の部屋に戻る。


 扉を閉めて、ドアに寄りかかって、そのまま床にへたり込んだ。




 ……こんなの、ただの中二病だ。


 ……宗教と一緒だ。こいつの作るものがなんでもみんな持ち上げる空気になってるだけなんだ。


 ……曲がいいわけじゃない、歌詞がいいわけじゃない。あいつの傍若無人な態度がなんとなく刺さってるだけだ。


 ……喉を締めたような歌い方しやがって。


 ……市川が本気出したら、こんなやつ。



 頭の中をものすごい速さで汚い言葉の弾幕が流れていく。


 そのすべてを決して口に出さぬよう、文字にもしないよう、吐きそうになりながら必死に飲み込む。震える手。


 おれはamaneのドラマーだ。


『大した曲じゃない、なんて、どうして小沼くんが言うの?』

『どんな曲だって、誰かが一生懸命作った大切な曲なんだから、「大した曲じゃない」なんて、作った人以外は絶対に言っちゃいけないと思うんだけど』


 何がどうなっても誰かの一生懸命作ったものを否定するようなことを言うわけにはいかない。


 なのに、なのに。


 なんでこんなにあふれてきてしまうんだろう。


 ……おれよりも年下の同じような環境の人間が、成功しているということが、なんでこんなに苦しいんだろう。





 なるほど。




『嫉妬って、もっと、ドロっとしててヌメヌメしてる。それに足を掴まれて、抜け出すことなんか全然出来ないし、立ち上がるだけだって難しい。出来ない』




 これは、爽やかな感情なんかじゃないよな、沙子さこ

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