第3曲目 第6小節目:今を生きて

 翌日の放課後のこと。


 目の前では、おれの席までとことことやってきた市川が申し訳なさそうに手を合わせている。


「ごめん小沼くん、今日、部長会があるんだ。一時間くらいだと思うんだけど……。待たせるのも悪いし、もし用事とかあれば、先に帰ってて?」


「あ、いや、待ってるよ」


 別に用事ないしな……。


「ほんと!?」


 すると、目を爛々らんらんと輝かせる市川。


「お、おう……」


「じゃあ、ささっと済ませて戻ってくるから! ありがとうね!」


 カバンを肩にかけてたたっと教室を出て行く市川。いや、とはいえ市川の一存いちぞんでささっとは済ませられないと思うんだけど。


 何はともあれ教室に一人残り、すっかりひまじんである。沖縄風に言うなら暇人ひまんちゅ


 とりあえずおれは廊下に出て散歩してみることにした。誰かが読み捨てたマンガとかがどこかに落ちてるかもしれないし。それが暇人ひまんちゅたから……。


 心の中でBEGINを歌いながら歩いていると、2階の渡り廊下ろうかで、元青春部部長さんが窓の外を見てたそがれていた。いやまあ、それはそれで青春っぽいけども。


「おーい、吾妻あずま


「ほえ……? ああ、小沼かあ……」


 力なく微笑ほほえみながらこちらをみる。


「何見てたの? 空気?」


「空気ってなんだし……。違うよ違う、器楽部の練習を陰からこっそりと見守ってただけ……」


「ええ……」


 窓の外、吾妻の視線の先を辿たどると、器楽部の部室でもあるレクチャールームを下から見上げることが出来る。


 吾妻ねえさんのその目には輝きもなく、引き続き器楽部ロスになっているらしい。


 その瞳の輝きの無さはもはや廃人はいじん。沖縄風に言うなら廃人はいんちゅだ。いた口から幽体離脱ゆうたいりだつ的にエアー吾妻が出てっちゃってるよ……。


「吾妻、大丈夫か?」


「んー……? 何がー……?」


「いや、もう、全部が……」


 心配になってその顔を見ていると、


「ていうか、あれ、天音あまねは?」


 と、少しだけハッとした顔になり、キョロキョロと周りを見渡す。


「あんたまた、天音を一人で帰して、のんきに散歩してるわけじゃないよね……?」


 いぶかしむ視線を刺してくる。そうか、ねえさんはねえさんだから、心配することが出来るとしっかりするんだね……。


「のんきに散歩はしてるけど、市川は部長会らしい」


「ああそっか、今日、部長会か……!」


 その単語に反応したように、はあ……と深くため息を吐く。


「部長会なのに、もう、あたしの席はないんだ……」


 そうか、そうだった。また吾妻の器楽部ロスを刺激してしまった……。


 いい加減、何か対策を打った方がいいだろう。要は、器楽部ではない生きがいを見つければいいのだ。


 amaneの出るライブハウスの候補を集めてくれる作業は一時的にこの状態を緩和かんわしていたみたいだけど、そういう一時的なものじゃなくて、もっと継続けいぞくして打ち込めるようなもの……。


「なあ吾妻、やっぱり、ベースをけるところ探すっていうのはどうだ?」


「ベース? なんで?」


 吾妻が首をかしげる。


「まあ、ベースじゃなくてもいいんだろうとは思うんだけど、なんにせよ吾妻がこのあとの青春を謳歌おうかできないのはあまりにも勿体もったいないというか」


「もったいない?」


 質問ばかりの吾妻ねえさん。これも珍しい。


「吾妻は青春がしたくてこの高校に入ったんだろ? まだあと半分も高校生活、残ってるじゃんか」


「……そっか、たしかに」


 そこまで説明するとようやく、うんうん、とやけに納得した感じでうなずきを繰り返している。


「……ていうか、小沼は、なんでいきなりあたしのことをそんなに理解してくれちゃってるの?」


 わずかに眉間みけんにしわを寄せてこちらを見てくる。


「いや、あれだけ青春青春言われてればそれくらい分かるって」


 あきれ目で見てやると、


「え、うそ、あたし、そんなに青春って言ってたかしら?」


「え、うそ、あなた、言ってた自覚ないの?」


 驚くふりをしておどけてみせるので、おれもその真似をして返す。


 あはは、うける、と楽しそうに笑ってから、


「……そしたら、ロック部、入ろっかなあ」


 ポツリとつぶやく吾妻ねえさん。


「おお、それもいいんじゃないの?」


「そしたら、さ」


 吾妻は上目遣いになる。


「小沼とも、同じ部活だね」


「そうなあ……」


 そんな普通のことを意味ありげに言われましても……。


「それ、結構変な感じだね、これまで小沼とクラスも部活も何も一緒になったことないのに」


「いや、バンドが一緒だろ」


 バンドが一緒だし、おれにとってはほぼ唯一ゆいいつの共同制作者だ。そう言う意味ではクラスメイトなんかよりも関わりが深いと言える。とは、さすがに今は口には出さないが。


「へえ、小沼、あたしのこと、そんな風に思ってくれてるんだ」


 ……うわ、つい忘れてた、この人スキル持ちだった……。


「まあ、なんていうか……あたしにとっても小沼は大切な……パートナーというとかなり語弊ごへいがあるけど……そういうの、なんていうの?」


「分かんねえよ、言葉は吾妻の領分りょうぶんだろ。ていうかそんなこと言わなくていいよわざわざ……。何なの、ツンデレなの?」


「か、勘違いしないでよね! そう思われてるのが嬉しかったから、あたしだって同じような気持ちだよって教えてあげただけなんだから!」


 演技がかった声で変なことを返してくる。


「それツンデレでもなんでもねえよ……」


 なんとかジト目を作ってそちらをみると、ケラケラと笑っていた。


 ……話を戻そう。


「とはいえ、ロック部入ったからってすぐにベースが弾けるバンドがあるわけでもないだろうしなあ……」


「そうなんだよね、どうすればいんだろ……」


 あごに手を添えて、むむむと考え込んでいる。


「まあ、今日きょう明日あすで解決するわけじゃないだろうけど、とりあえずそういう選択肢もあるんじゃないかって話だな」


「そうだよね、ありがと」


 ふと流れる柔らかい時間。


 少しずつ日は短くなるが、まだそれでも陽気の残る秋晴れの日のことだ。


「あとは、小沼が曲を作ってくれたら、あたし歌詞が書けるんだけどね」


 ひじをトンと当ててくる。


「そんな他力たりき本願ほんがんな生きがいがあるかよ」


「うわ、まじか。他力本願とか小沼に言われたくなさすぎる」


 吾妻はうげえ、と顔をしかめた。


「ていうか曲作ったとしても、吾妻は一日足らずで歌詞返してきそうだから意味なくないか?」


 そう言いながら吾妻を見ると、いいこと思いついた、とばかりに手を打つ。


「じゃあ、さ。小沼が毎日曲を作ってよ。それにあたしが毎日歌詞をつけるから」


 ニヤリと笑う吾妻に、


「無理言うなよ……」


 とため息をつく。


「あはは。でも、毎日曲作ってる人ってまじでいるらしいよ?」


「まあ、そうかもしれないけど……」


 頬をかいていると、吾妻は、おれの目を意味ありげにじっと見つめてくる。


「なんだよ……?」


「……ううん、今のあたしに言えることは特にないし」


「なんだそれ……?」


 首をかしげていると、吾妻はふふっと笑った。


 そのちょっと寂しそうな笑顔を見ながら、提案してみる。


「吾妻、今度amaneでスタジオ入る時、一緒に行かないか?」


「良いの……?」


「良いに決まってんだろ、メンバーなんだから」


「そっか……そうだよね」


 うんうん、と嬉しそうにひとりうなずき、


「それじゃ、お願いします!」


 と顔をあげた。


 ほんの少しだけ、いつものリア充笑顔になってくれたような気がした。

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