第3曲目 第67小節目:Stand By Me

* * *


 部活前の着替え中。


小沼拓人『部活の後、英里奈さんと2人でマックに行くことになった。部活が終わったらスクールバスのバス停に集合することになってる』


波須沙子『わかった。じゃあ、うちは、たまたまそこを通りかかるね』


 LINEを返して、スマホを置いたその時。




「ねぇ、さこっしゅ」




 その声に、うちは目を見開く。


 ここ2週間くらいうちのことをけ続けていた英里奈えりなが、話しかけようとしていた今日になって、突然自分から話しかけてきた。


「今日、えりな、たくとくんとマック行くからぁ」


「え、あ、うん……」


 それは知ってるけど、とも言えず、変に慌てた受け答えになってしまった。


「あははぁ、その反応、たくとくんみたい」


「……うっさい」


 図星ずぼしを突かれたおかげで、うちも少しだけいつもみたいな態度を取り戻した。


「……だから、えりな、ひとりぼっちじゃないからねぇ」


「……どういうこと」


「その、なんだろぉ……、とにかく、大丈夫だから! じゃねぇ!」


 そう言って着替えの教室を出て多目的室へと去っていった。











 突然声をかけてきた英里奈に疑問を持ちながらの部活を終えて、少し経ってから、スクールバスのバス停に向かう。




 予定通り、英里奈はスクールバスのベンチに、一人だけポツリと座っていた。


 そりゃそうだ、もう最終のスクールバスは出てしまっている。


 それでも健気けなげに拓人のことを待っているところは、なんだか可愛いな、と状況にそぐわないことを考えた。




「英里奈」




 うちが声をかけると英里奈は顔を上げて、


「さこっしゅ……? もぉ、今日はたくとくんと一緒だって言ったじゃんかぁ……」


 困ったような顔でため息をつく。


「じゃあ、拓人が来るまで一緒にいてもいい」


「……ふぅん」


 その合意ともつかない言葉を無理やり承諾しょうだくの合図と取って、うちはそっと横に座る。





「あのさ、英里奈……」



 そこまで言ってすこし戸惑う。



 伝えたいことは色々ある。



 ゆりすけだったらどんな言葉を使うんだろう。市川さんだったらどう伝えるんだろう。



 拓人だったら……、うちと同じか。



 ややこしい言い方や遠回しな言い方は苦手だ。




「あのさ、英里奈。また一緒に帰りたいんだけど」





 うちは単刀たんとう直入ちょくにゅうに伝える。



 だけど、英里奈は。





「えりなは……やだ」






「……」



 やだ、なんて、こんなにまっすぐに伝えられるとは思わなかった。



「……どう、して」




「……だって、えりな、一緒にいると自分のこと嫌いになっちゃう。さこっしゅのこと、嫌いになっちゃうから……」



 英里奈は、こちらを見ようとせず、顔を伏せたまま答える。


 目を合わせないように、顔を合わせないように。



 英里奈はうちの表情がわかるようになってきたと言うけれど、うちにだって、英里奈の表情はわかるつもりだ。




 これは、嘘だ。


 きっと、英里奈らしい、優しい嘘だ。





「ねえ、英里奈。うちは、英里奈と、一緒にいたい。一緒に、笑いあって、いたい、泣きあって、いたい」




 キュッと、英里奈が奥歯を噛みしめる音がする気がした。





「そんなこと言ったって、さこっしゅは、全然表情動かないじゃんかぁ……」





「ねえ、本当に、そう、思うの?」




 うちの上がった語尾ごびに、英里奈がこちらをふと見た。




「さこっしゅ……!?」




 その瞬間、彼女は息を呑む。




 うちの両目からはとめどなくぼろぼろと涙がこぼれていた。




 嘘だって分かっていたって。


 しかもそれが、多分うちのための嘘だってことまで分かっていたって。




 一緒にいることを拒否される言葉にだけは、うちは一生慣れることが出来ないんだろう。




「さこっしゅ、どぉしたの!?」


「だって、英里奈が、うちと仲直りするのいやだって言うから……!」


「ご、ごめん、さこっしゅ、そぉじゃなくて……!」


 本気で困ったように、英里奈があたふたとする。


「そうじゃなくて……?」


 うちがたずねると、英里奈は唇を噛んで、



「だって、だってぇ……!」




 としばらく言い淀んだあと、きゅっとスカートをつかむ。



 そして、やっと、本当のことを言ってくれた。





「えりなが一緒にいたら、いつまでもさこっしゅと健次けんじは幸せになれないじゃんかぁ……!」






「英里奈、なんでそんなこと……」



 うちはもともと苦しくなっている呼吸を呑みこむ。




「だって、2人が好き同士になるのが、絶対いいもん。でも、えりなが一緒にいたらもう、健次はえりなに遠慮するよぉ。さこっしゅがもし、これから先、健次のこと好きだなって思ったとしても、さこっしゅはそれを無かったことにしようとするでしょぉ……?」





 英里奈はスカートをぎゅうっと握り込んで話を続ける。





「えりな、本当はきっと、しちゃいけないこと、しちゃったんだよぉ。これまでたくさん後悔して、でも、後悔してもなんの意味もないから……。だから、せめて、これからのこと、よくしなきゃって……。恋がダメだって分かったなら、やっぱり、愛しかないんだよぉ……」


「なんで、いっつも、英里奈はそうやって……!」


 くそ、言葉が浮かばない。


 喉がつっかえて、声が出ない。





 だって、あの時、英里奈が肯定こうていしてくれたのに。


 この金髪も、あの最悪な振る舞いも、全部今のうちになってるからって。





 なのに、なのに。



「なんで、英里奈が」



 自分のしたことを後悔なんてしてるんだよ。



「さこっしゅ……?」



 声にならない、言葉にならない。




 うちは無言むごんのままカバンをガサゴソと探り、スマホとイヤフォンを取り出して英里奈の前に差し出す。


「なにぃ……?」



「……いいから」



 なんとか精一杯、そこまで声を出して、英里奈の耳にイヤフォンを勝手に付ける。



 もうこれに頼るしかない、と、再生ボタンを押した。


 それは練習の音源だったけど、それでも。




 英里奈のための曲を聴かせるために。



* * *

『おまもり』


あなたがたった一言で 世界をひっくり返したあの日

心の底から かっこいいと思ったんだ 


あなたはきっとこれからも この視線を奪い続けていく

おなかの底から かなわないとわらったんだ 



その勇気を分けてもらって

そこから糸をつむいで 縦と横にんだら

ほら 一つ 曲ができたよ



なんの足しにもならないかもしれないけど

きっとあなたがあの人を想うのと同じくらい

あなたのことが好きだよ

それがどういう意味合いかは内緒だけど


そしたら「なにそれ」って

あなたが いつもみたいに笑ってくれるなら

ちょっとでも その心があったかくなるのなら

泣くほど嬉しくなるんだ

ねえ それだけで 伝えて良かった



あなたが誰かのために 世界をひっくり返したあの日

心の底から 幸せを願ったんだ



その覚悟を貸してもらって

その言葉をつむいで 大切にんだら

ほら 一つ 歌ができたよ



なんの役にも立たないかもしれないけど

きっとあなたがあの人を想うのと同じくらい

あなたのことが好きだよ

それがどういう意味合いかは内緒だけど


そしたら「なにそれ」って

あなたが いつもみたいに笑ってくれるなら

ちょっとでも その心が前を向いてくれるなら

あの人だって同じはずだよ

ほら それだけで 伝えて良かった




苦しいときは歌って

それが いつもみたいな笑顔の力になるなら

ちょっとでも その心があったかくなるのなら

泣くほど嬉しくなるんだ

ねえ 好きになれて 本当に良かった


長くなってごめんね

ありったけの思いと ありったけのいのりを み込んで

おまもり 作ったから


もしよかったら

この歌だけ あなたのそばにおいてね


この歌だけでも あなたのそばにおいてね


* * *


 曲が終わったのだろう。


 その瞳からツーっとしずくが落ちて、英里奈はイヤフォンを外した。



「良い曲だねぇ……!」



 曲を聴かせていたその4、5分でどうにか整えた呼吸で、うちは、そっと話をしはじめる。



「ねえ、英里奈。英里奈が言ってくれたんだよ」


「なんて……?」



 あの日も似たような景色が広がっていた。



『さこっしゅはさ、最終的には自分は一人ぼっちだって、そう思ってるでしょ』


『最終的には、自分が一人で耐えたらいいんだって、そう思ってるでしょ』


『笑顔も涙も噛み殺して、何もなかったような顔してるのがカッコいいって、そう思ってるでしょ』


『カッコいいよ、さこっしゅは』


『そういうとこ、本当にカッコいい。カッコいいけどね、さこっしゅ、だけど、』



 うちは、そっと伝える。


「かっこよくなんかなくたっていいんだよ、英里奈」


 英里奈はその言葉に瞳を揺らした。




「えりな、かっこよくなんかないよぉ……! 違うんだよぉ、ただ、こうしないと……! みんなは幸せになれないよぉ、だったら、誰かが……! そんなの、仕方ないじゃん……!」




 その言葉に、拓人の言ってたことが脳裏のうりに浮かぶ。




『その……『仕方ない』って、沙子にあんまり言わせたくないんだよな』





 そうだね、拓人。



 だけど。



「そうだね、仕方ないことばかりだよ、英里奈」



 ずっとその言葉を免罪符めんざいふにして生きてきたんだ。



「英里奈がうちを避けるのも仕方ないことなのかもしれない」


 どうしようもなかったんだって、一つ一つ勝手に飲み込んで。


「うちが拓人のことを好きなのも、仕方ない」


 そうするしかないんだって、一つ一つ諦めて。


「拓人が市川さんを好きなのも、仕方ない」


 それが運命なんだって、一つ一つ言い訳にして生きてきたんだ。


「えりなが健次のこと、好きなのも……?」



「仕方ない、でしょ」



 英里奈は顔を上げて苦しそうに唇を噛む。



「じゃあ、健次が、さこっしゅのこと、好きなままなのも……?」




「……そう、仕方ない」




 だけど。




 それが運命だと言うなら。



『そうなるしかない』って、『そうするしかない』って言うのなら。





「だよねぇ……」





 うちは、その運命とやらを逆手さかてに取ってやるまでだ。




「それでね、英里奈」




 だからうちは、精一杯強気つよきに笑ってみせる。



 これまで一回も口にしてなかった、とっておきの事実を、伝えるために。







「うちが英里奈のこと大好き・・・なのも、仕方ないことだよ」







「さこっしゅ……!」



 英里奈は目を見開く。


 


「英里奈。うちはもう諦めない。たしかに、大好きな人と一緒にいるのは一番いたいこと、かもしれない、苦しいことかもしれない。大好きも愛してるも、心を誰かに預けちゃうことかもしれない。それでも、うちは」



 それがどんなに苦しいことでも、仕方ない。





「英里奈と一緒にいたいよ」





「そんなの、ずるいよぉ……!」



 英里奈はぼろぼろと涙をこぼして泣き始める。


 ああ、そんな顔されたら、こっちもやばい。


 うちはいつのに、こんなに涙もろくなったんだろう。





「英里奈」



 これ以上見られたくなくて、英里奈をぎゅっと引き寄せて抱きしめる。



「さこっしゅ……!」



 すすり泣く声。


 うちの我慢がまんはそれでも身体の震えを通して英里奈に伝わってしまっているだろう。





 しばらく泣いて、泣き疲れたあたりで、英里奈がそっと顔を上げる。





「ねぇ、さこっしゅ、じゃあさぁ?」


「なに?」


 なるべく穏やかな声音こわねで聞き返すと、英里奈はいたずらがバレた子供のように笑う。




「英里奈がさこっしゅとやっぱり一緒にいたいのも仕方ない、ねぇ……?」




「そう、だね……」




 どちらともなく、はは、と笑いがこみ上げた。




「ねぇねぇさこっしゅ、えりな、この曲のデータ欲しい」


「それはちょっと待って」


「えぇー、どぉしてー?」



 甘えたように駄々だだをこねる英里奈はうざいけど可愛いな。



「英里奈に一番綺麗な状態で渡すことを考えついて、そのために今、頑張ってるやつがいるから」


「それって、もしかして……?」



 うちは、こくりと、頷く。



「もぉ、たくとくんは本当にたくとくんだなぁ……」



「まあ、拓人だけじゃないけどね。ゆりすけも、うちも、それに市川さんだって」



「そっかぁ……」



 嬉しそうに、その事実を噛みしめるように、瞳を閉じてぎゅうっと唇を引き結んだ。



「ねえ、」



 うちは、諦めない、と宣言したそれを早速実践してみることにした。



 一回断られてしまったけど、それでもうちは、この言葉でもう一度スタートを切りたい。




「んんー?」




「……一緒に帰ろう、英里奈」




 すると彼女は、天使のように無邪気に、そのあと、悪魔のように意地悪に笑う。





「もちろん! ……ねぇねぇさこっしゅ、もう一回『大好き』って言ってぇ?」





「……うっさい、バカ女」




 うちも、笑う。



「あっ」


「どうしたの」


「一緒に帰るなら、さこっしゅ、ちょっと待っててくれる?」



 そう言うと、英里奈はスマホを取り出して電話をかけ始めた。


 すると。





 ブブーッ、ブブーッ、ブブーッ、ブブーッ、……。





 バス停の裏の茂みから、振動音が聞こえる。


 英里奈と2人でそこを覗き込むと。



「何やってんの……」



 涙で顔をぐしゃぐしゃにした、うちの幼馴染が座っていた。



「す、すまん……、2人が会ったのを確認したら、すぐに立ち去ろうと思ってたんだけど……」



 英里奈は吹き出す。



「もぉ、本当にダサすぎるんだけどぉ……」



 そして、目尻をぬぐいながら、潤んだ声で言うのだ。



「たくとくんは本当にたくとくんだなぁ……」


* * *

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