Interlude 2:涙がキラリ☆

<作者コメント>


少し重め(?)の話が続いたので、箸休めで一学期の話をします。


明日からはまた本筋に戻ります。



========




 終業式のロックオンをひかえた、とある雨の日の昼休みのこと。


 昨日は英里奈えりなさんとなかなか大変な思いをしながら売店に行ったが、今日はのんびりと一人で買い物ができたので、おれは鼻歌を歌いそうなくらい上機嫌だ。歌うわけないけど。


 すると、売店の帰り、昇降口しょうこうぐち近くの掲示板の前で市川いちかわが腕を組んでいた。


「何やってんの?」


「あ、小沼くん。……ねえ、これ、なんだろ?」


「なにが?」


 ゆびさされた方を見ると、そこには『今日のナゾトキ!』と大きく書かれているA4サイズの紙が掲示されていた。


* * *


今日のナゾトキ!


『3.5多』


* * *


「なんだこれ……?」


「ね。なんだろうね? だいたい、なんて読むんだろうね? 『さんてんごおおい』……?」


「いや、そうじゃなくて……それも分からないけど、『今日のナゾトキ!』って何?」


「ああ、この掲示自体が何かってこと?」


 市川はぽん、と手を打つ。


「なんかね、ミス研が謎を掲示してるみたいだよ?」


「ほーん……。え、『今日のナゾトキ』ってことは日替わりで謎を掲示してるってことか? それはすげえな……」


 ていうか、これまで気づかなかったよ……。


「ううん、今日が初めてじゃないかな? 少なくとも私は初めて見た」


「はあ……? じゃあ、今日から始まった企画なのか?」


「そうなのかもね? ミス研の部長、天野あまのさんって言うんだけど、結構思いつきで行動する人みたいなんだよね」


「へえ……。でも、そしたらこれから毎日謎解きがここに掲示されるってことか」


 それは楽しみだ。毎日見に来よう。


「ねえねえ、それで、この謎、分かる?」


「そうなあ……」


 腕を組んで頭をひねってみる。


「3.5が多いってことか? 牛乳?」


「乳脂肪分の話してるの? たしかに3.5牛乳ってあるもんね」


「『多』を『牛乳』に変換するってことか……?」


「おおいが牛乳、おおいがミルク……?」


「何だそれ?」


 2人で首をかしげる。


「「ううーん……?」」


 すると。


「何してんの?」


 缶のカルピスを持ったポエマーが登場した。


「あ、由莉ゆり! おつかれさまー」


「おつかれさま」


「ねえねえ由莉、この問題わかる?」


「問題?」


 そう首をかしげながら吾妻は掲示を見る。


「へえ、こんなのあるんだ。え、『今日のナゾトキ!』ってことは毎日やってるってこと?」


「そのくだりはもうやった。多分今日からの企画らしい」


「へえ、じゃあ、今日から毎日謎解き出来るんだ、楽しみだね」


「そのくだりもやった」


 おれの返答に吾妻あずまは口をとがらせる。


「なんか小沼に先を越されてると思うとむかつくな……。で、この謎が分からないってこと?」


「そう。『多い』を『牛乳』に変換するまではわかったんだけど……」


「はあ、何それ……?」


 あきれたような顔をこちらに向けてくる。


「あはは、ごめん由莉、気にしないで? 多分間違ってるから」


「ふーん……」


 そう言ってから改めて吾妻は掲示を見た。


 むー、とか、うーん、とか色々言った後に。




「ああ……」




 とスッキリしたような、それでいてちょっと残念そうに息を吐き出す。




「小沼、残念だけど、このナゾトキ、明日からは続かなそう……。あくまでも、『今日のナゾトキ』だ」




「どういうこと……?」


 おれが尋ねると、ふふん、と少し得意げに指を振る。


「『多』って漢字を3.5倍してみてよ」


「漢字を3.5倍ってなんだよ?」


 おれが眉間みけんにしわを寄せていると、


「ああ……『タ』が7個になるね?」


 と市川が言う。


「ほーん……で、それが何?」


「小沼、自分でちょっとくらい考えなよ……」


「タタタタタタタ……?」


 ケンシロウ……?


 往年おうねんの名作に思いを馳せていると、またもや市川がパン! と手をたたく。




「ああ! 夕が七つで、正解は『七夕たなばた』ってことか!」




「ああ!」


 なるほど。それは確かに7月7日、『今日のナゾトキ』だ。


「吾妻、よくわかったなあ」


 感心して息をつく。


「謎解き結構好きなんだよね。でも、そっか今日、七夕かあ……」



 吾妻は物憂ものうげな表情で昇降口から外を見る。



織姫おりひめ彦星ひこぼし、かわいそうだなあ……」


「かわいそうって?」


「織姫と彦星の伝説くらい知らないの? 織姫と彦星っていう夫婦が、結婚してからイチャイチャして全然働かなくなって、それに怒った神様があまがわを作って二人を会えないようにしたの。そのあと『1年に1回だけ会わせてあげる』って約束したその日が七夕ってわけ」


「昔、七夕まつりとかあったよね」


 たしかに、なんか聞いたことはある。


「で、今日雨でしょ? 雨の日は、天の川が氾濫はんらんして会えないんだってさ」


「ほーん……」


相槌あいづち


「すまん……」


 おれは頭を軽く下げる。


「くもりだと、人に見られずこっそり会えるから晴れよりもいい、なんて話もあるんだよ。ロマンチックだよねえ……」


「そうかなあ……」


「余計な『か』が挟まってる」


 吾妻はじろりとこちらを睨む。


「いや、でも、梅雨つゆにそんな日を選ぶって言うのがそもそも意地悪いじわるじゃないか? その神様?も、あんまり会わせる気がなかったんだろ、きっと」


「まあ、たしかにそれはちょっとあるよね……」



 ふむ、と息をついたあとに、吾妻はもう一度指をピンと立てた。



「ちなみに! 七夕に降る雨のことを、織姫と彦星が会えない悲しみで流す涙に見立てて『催涙雨さいるいう』っていうらしいよ」


「へえ……」


 本当に吾妻はそういうポエムっぽいことを色々知ってるな……。



 などと感心していると。



「はい」




 市川が挙手した。


「はい、市川さん」


 指名を受けて、市川は言う。




「その話、おかしくないかな?」




「「なんで?」」


 その話って、催涙雨の話が?



「だって、織姫さんと彦星さんは雨が降ったから会えないんだよね? でも、その二人が会えなくなった原因の雨が二人が会えない悲しみで流した涙って、因果いんが関係が循環じゅんかんしちゃってない?」


「なんだって?」


「たしかに……」


 おれが若干理解に追いつかずに首をかしげている横で、吾妻はちょっと引き気味にうなずく。




 すると、市川は、ニコッと笑って言い放った。




「まあ、どちらにしても迷信だからどっちでもいいんだけどね?」



「「うわあ……」」



 その笑顔がなんだか恐ろしくて、おれと吾妻は顔を引きつらせた。



「天音って結構ドライだね……」


「雨の話してるのにな……」

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