第2曲目 第59小節目:You Need To Calm Down

 なんだよあの態度は。


 校門までの道を地面を蹴りながら歩く。


 いったい、おれは市川のなんなんだ? 自分をなんだと思ってるんだ?


「あー、先輩っ!」


 クラスメイト。それはそうだ。


 バンドメンバー。それもそうだ。


「あれあれ、小沼先輩……?」


 でも、確約されているのはそこまでだろ。


 だったら、あの態度はなんだ?


 おれは、どの立場であんな態度を取ってたんだ?


「おーい! んん、あれれー……?」


 胸のあたりからお腹から、どろっと焦げ付きみたいに残ってるものはなんだ?


「ちょっと、小沼先輩ってば!」


 ぐいっと腕を引っ張られる。


「んんっ!?」


「もう! 声かけてるんだから置いてかないでくださいよーっ!」


 そこにはプンプンと怒った小動物後輩が立っていた。


「ああ、平良たいらちゃん、すまん……」


一体全体いったいぜんたいどうされたのですか? すっごくすっごく怖い顔をされてましたよ! こーんな顔ですっ!」


 そう言って平良ちゃんは最大限のしかめっつらを作って見せてきた。


「まじか……」


 そんなに可愛らしい顔をしていたのかおれってば……。


「マジです!」


 腰に手をあてて仁王立ちし、フンッと鼻息を漏らす平良ちゃん。


「時に、先輩、ぼっちですか? でしたら一緒に帰りましょう!」


「……一人だけど、ぼっちじゃない」


「もー、そういう屁理屈へりくつは今はどうでもいいのですよっ!」


 そう言って、テトテトとおれの横に並んだ。


「先輩が何を怒っていらっしゃるのかは存じ上げませんが、何かにご立腹りっぷくされている時にひとりでいると、そのことばかりぐるぐると考えて、どんどん増幅ぞうふくするばかりで、なーんにも良いことはないのですよ?」


「そうなあ……」


「例えば自分は一人で腹を立て続けてダークサイドに堕ちたタイプの人間ですし、そちらで先輩方には大変ご迷惑をおかけしてしまったので……」


 自分で言って勝手にしゅんとする平良ちゃん。


「いやいや、別におれは大丈夫だけど……」


「はい、そう言っていただけるとありがたいですが……。とにかくとにかく! 何かが『ムカつくー!』って、そんな時は、自分みたいな何の関係もない人と何の関係もない話をするに限ります!」


 にこぱっと笑いかけてくる平良ちゃん。


「そっか……ありがとう」


「いえいえっ!」


 なんか、この後輩ちゃんは初めて会った先月から、随分と大人になったように見えるな。


 と思いながら見ていると、平良ちゃんは少し不安そうな顔になり、


「……あのあの、一応確認なのですが、怒っていらっしゃるのって、平良じぶんのことでじゃない、ですよね……?」


 とたずねて来る。


「いや、違うけど」


「ほーっ、よかったです……! それじゃ、関係ない話をしますねっ! えっとえっと……」


 平良ちゃんが人差し指を指揮するみたいにひょいひょいと振りながら、くりっとした瞳で空を見て話題を選んでくれている。


「あっそうだ!」


 何か思いついたらしい。嬉しそうに手を叩いた。


「あのあの、うちの高校でですね、留学に行っていた自分の幼馴染おさななじみが昨日から帰って来たんですっ!」


 んん……?


 一抹いちまつの不安をおぼえ、眉間みけんにしわを寄せたおれに、極上の笑顔を振りまきながら平良ちゃんは言い放った。


徳川とくがわ走詞そうじくんって言うんですけどっ!」


 ……はい、アウト!


「ははは……」


 乾いた笑いが漏れ出る。


 その笑いに小首をかしげてから、


走詞そうじくんとは地元が一緒なのですっ」


「ほーん……」


 おれの不機嫌の理由をご存知でない平良ちゃんは、徳川さんの話を続けている。


 いや、平良ちゃんにしては珍しく、今回平良ちゃんは全然悪くないんだけど。


走詞そうじくんは中学生くらいの時からUKロック……ゆーけーで合ってますか? まあまあ、とにかくイギリスの音楽が大好きでして、それでイギリスに留学するんだということで一年間イギリスに行っていたのですが、昨日から学校に復帰したのです」


「……平良ちゃんは、ぼっちなんじゃなかったっけ?」


 おれが訊くと、


走詞そうじくんは別腹ベツバラです!」


 平良ちゃんは嬉しそうにお腹を軽く叩いてみせた。


「別腹って」


 


 食べ物かよ。


走詞そうじくんとは、学園祭も一緒に出演するのですよ!」


「え、そうなの」


 そんなに仲良いんだ。


「ですですっ! もう学園祭は持ち時間決まっちゃってるので、走詞そうじくんの時間を追加で作ることは出来ないのですが、自分、持ち時間そんなに必要ないですので、半分分けてあげることにしたのですっ! せっかくなので一緒に1曲くらいやろっかーと話してるのですっ!」


「へえ」


「うっ、そんなに興味ないですか……?」


「いや、そういうわけではないんだけど」


 そういうわけではないんだけど、徳川さんの話が出たことにより、なんというか。


 今ごろ、スタジオではどんな話がされているのだろうか、なんていうどうしようもない、おれにはまったく関係のないはずのことが、身体中で行進を始めてしまったのだ。


「本当に小沼先輩は上の空ですねえ……」


「……ごめん」


「いえいえ、別に良いのですよっ。自分は小沼先輩に恋! などしているわけではないので!」


「こ、恋!?」


 突然出て来たその単語に動揺して、声がひっくり返ってしまう。


「あ、小沼先輩の気をひくことに成功しましたっ! 作戦勝ちなのですっ!」


 ふふふっと顔の前で指を組んで愉快そうに笑う。


「な、なんで、恋……?」


「あのですね、自分が先輩に恋をしてしたら、先輩のうらそらとか、下手へたなあいづちとか、多分すごく気になっちゃいますし。それでちょっとむぅーっとなったり、傷付いちゃったり、もしかしたらもしかしたら、そんなところ可愛いなーなんて思っちゃったり……」


 自分で言っていても少し恥ずかしいのだろう。平良ちゃんは頬を軽く紅潮こうちょうさせながらそんなことを話した。


「……そういうもんか?」


 おれも、なんとなく照れる。


「まあ、少なくとも、どうでも良い相手には腹は立てないですよねえ」


「そうなあ……」


 平良ちゃんは手を後ろに組んでおれに訊いてくる。


「先輩、『好き』の反対語は何かご存知ですか?」


「『好き』の反対? あー、それは、むか」


「『無関心』なのです! 『嫌い』じゃないのですよ?」


 うん、だから今そう言おうとしたんだけど……それめっちゃ有名な格言だからね? と思いつつ、むふん、とドヤ顔の平良ちゃんを見ていたら指摘するのもなんか可哀想なのでやめておいた。


「ですので、小沼先輩が何に腹を立てているのか存じ上げませんが、それは少なくとも無関心でいられないから腹を立てていらっしゃるのでしょうし、もしかしたら、それは相手のことを憎からず思っているの知れませんよ?」


 その後輩は夕陽に照らされて、ずいぶんと大人びた顔で微笑ほほえんだ。


「にく、からず……?」


「なーんて、こちらは山津瑠衣やまづるい先生の受け売りなのですけど! 2年くらい前に投稿されていた作品ですね」


 平良ちゃんが冗談みたいに笑い飛ばした。


「中学時代の吾妻がねえ……」


「いえいえ、違いますよ」


「え?」


 何が?


「師匠は師匠、山津先生は山津先生です」


「あ、そうなんですね……」


 信者とかファンってそう言うの結構こだわるんだよな……。怖い怖い。


「あ、というかすみません! 関係ない話をするつもりでしたのに関係あることを申し上げてしまって……!」


 平良ちゃんは申し訳なさそうに軽く頭を下げる。


「えっ……?」


 何、徳川さんのことだってバレてたのか?


 戸惑うおれに、平良ちゃんはなんだか気遣った感じで、


「小沼先輩は、吾妻師匠と痴話喧嘩ちわげんかをされたのですよね?」


 と言った。


「……は?」


 なんで、吾妻? あ、え?


「平良ちゃんってもしかして、本当におれと吾妻がつ、付き合ってると思ってる?」


「もうー、隠さなくたっていいのですよ!」


 分かってますから! と胸を張る。


「いやいやいやいや、隠すとかじゃなくて本当に付き合ってないからね?」


「いいのですいいのですっ! 水臭いのですっ! 自分を、どなたの弟子でし心得こころえますかっ! 夏休みの修行の結果、表情を何回も見ればちょっとくらいその方が何を考えているか分かる能力スキル会得えとくしたのですっ!」


「そマ?」


「ああーっ! リア充の言葉ですっ!」


 平良ちゃんはおれにツッコんだあとに、にこりと微笑んで。


「小沼先輩は観察時間が短いのでちょっとまだ読みきれませんけども……。でもでも、師匠については、ずっと表情を拝見しているので、バッチリしっかり、分かりますよ!」


 と宣言した。


 おれは、ため息をつく。


「はあ……だとしたら、もっと修行が必要だな。なぜなら本当の本当におれと吾妻は付き合ってないからだ」


「はい? え、本当の本当の本当にですか?」


「本当の本当の本当の本当だっての」


「……amane様に誓えますか?」


 平良ちゃんの中でamaneはどんだけ神格化されてんだよ。


「amane様に誓えるよ」


 そうおれが答えると。


「だとしたら……えーっと……」


 平良ちゃんは急にうつむいてもごもごとしてから。


「……いえいえ、なんでもないです! 先輩のおっしゃる通り、自分が修行不足なだけ、ですよね? 精進しょうじんします!」


 眉毛をハの字にして、切なそうに微笑ほほえむのだった。


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