第22小節目:ピアノガール
「
「まあ、なんとなくは……」
さっきまで
どうやら、私のプロデュースプランを話してくれようとしているらしい。
大黒さんの登場に、最初はあしらおうとしていた有賀さんだったが、大黒さんの「じゃあ、お前に出来るのか?」という言葉に口を閉ざし、
「やるなら徹底的にやってよ」
と捨て台詞を残して、立ち去った。なんか不穏だなあ……。
「今時どころか、そんなのはもうずいぶん前から始まってたんだけどな。レコード会社がいくらゴリ押ししようと人は動かないんだよ。むしろ、ゴリ押されたアーティストは嫌われる傾向にすらある。だろ?」
「……そうかもしれません」
「だから、アタシたちがプロデュースするのは、むしろインディーズのアーティストなんだ」
「でも、レコード会社がプロデュースしたらそれはプロってことにはならないんですか?」
「だからその境目なんてないようなもんなんだって。まあ納得できるようにもっと正確に言うなら、スタジオを貸したり、音源配信を代行するから、デビューすることになったらうちからデビューしてくれってコナかけとくってわけだ」
ふむ、さっきよりは少し分かった。
「それを私にしてくださるってことですか?」
「そういうこと。天音サン可愛いし、紗代はあー言ってるけど、こんなに可愛くて良い声の持ち主なんてそうそういないから。”流れ”に乗れれば案外すーっと行くんじゃないか?」
大黒さんはふふん、と胸を張る。案外って。
「えっと……」
迷いを見せた私に、
「数字が欲しいんだろ?」
と大黒さんは口の端をあげる。
「数字をあげるのにはある程度のメソッドがある。あくまでもある程度、だがな。その先は才能だ」
「才能……ですか」
「なあ、天音サン」
その言葉に顔を曇らせた私に、前のめりになった大黒さんは、
「『天才』って、『才能』って、なんだと思う?」
と問いかけた。
「えーと……」
私は逡巡を経て、
「努力というパラメータについた係数が大きいってことでしょうか」
と答える。
「ハァ?」
さっきまでかっこいい顔をしていた気がする大黒さんは盛大に顔をしかめた。
「なんだキテレツなこと言いやがって。こっちのペースを見出してくる系女子なのか、天音サンは。どういう意味だそれは」
「あーえっと……たとえば、1の努力で1成長する人と、1の努力で10成長する人がいると思うんです。1の努力でなるべく多く成長できる人が、才能のある人なのかなって……」
「あーなるほどねー」
大黒さんは窓の外に視線をうつし、数秒黙っていた。
「えっと……? 答えはなんなんでしょうか?」
「は? 答え? なんでアタシが知ってんだよそんなこと」
「え?」
今のってどう考えても一度答えさせて、「違う。いいか、才能っていうのはな……」っていう流れじゃないの?
「アタシは天音サンの考えを聞きたかっただけだ。アタシの考えはあるが、答えはない」
「はあ……」
私のことをペースを乱してくる系女子と呼んだその人は、私のペースを大きく乱す。
「でも、私をプロデュースしてくださろうとしてるんですよね? それは——」
なんらかの才能を見出してくれているから、ということじゃないんでしょうか?と言いかけて、恥ずかしくてやめる。
が、大黒さんにはお見通しだったらしい。
「あんたに才能があるかどうかは、アタシにはまだ分かんない。それはこれから証明されていくことだ」
「じゃあ、どうして?」
「軸が一つに定まっている人間は、到達するまでのスピードが速いから」
「はい?」
「天音サンは、数字が欲しいって言っただろ?」
「……はい」
何度も確認されている。どうやらそれが重要な問題らしい。
「人には物事の価値基準がたくさんある。ワークライフバランスって言葉がわかりやすい例だな」
「聞いたことあります。仕事とプライベートのバランス、みたいなことですよね?」
私の両親も、ここ数年でにわかに言うようになった。
「アタシからしたら、あんな言葉はクソだ。そんなバランス、検討の価値なし」
「えー……」
それはなかなか前時代的なのでは……?
「いいか。時間は有限だ。さっきの天音サンの話通り、才能っていうのが努力の結果を増幅するものだとして、努力が0だったら意味ないだろ?」
「そう、ですけど……」
「仕事も、家庭も、良い感じに成功させようなんてことをいうやつは、仕事全振りのやつに仕事で勝てないし、家庭全振りのやつに家庭で勝てない。それだけの話だ」
「でも、」
私は別にどこかの優良企業の人事部の社員でもなんでもないんだけど、なんとなく『ワークライフバランス』の肩を持ちたくなって、
「何が幸せかなんて分からないじゃないですか」
と反論していた。
「おっしゃるとおり、何が幸せかなんて分からない。それが問題だ。どのバランスを保てれば成功かなんて、明確じゃないんだ」
「だったら……」
「でも、天音サンは違う」
「私が……?」
え、私、大黒さん側なの……?
「天音サンは、数字が欲しい。数字が欲しいが故に、バンドを抜けるほど、数字が欲しい。そこにバランスなんて存在しない。amaneというバンドで仲良しこよししながら目指せる一番上を目指そうとは思わなかったってことだろ?」
「……!」
その言葉に息を飲む。
「なら、話は早い。スピードも速い。一回、数字のことだけを考えて、数字を追ってみせろ。そうじゃないと叶わない夢があるんだろ?」
「……はい、そうです」
「もう一回言うぞ。数字をあげることだけを考えるんだ。良い方法とか、ズルい方法とか、そんなバランス感覚は全部削ぎ落とせ」
「でもそれって……」
「なに、別にビキニでギターを弾けなんていわないさ」
私の疑念を先回りして、大黒さんは手を振った。
「それで得られる再生回数はこの場合の『数字』にはカウントされない。それくらいアタシにも分かってるっての。天音サンが欲しいのは、天音サンが誰よりも多くの人に音楽を届けられるという証明だろ」
その粗暴な物言いの中は、深い理解と度量が含まれているように感じた。
「アタシに任せてみないか」
だから、私は自分でも意外なほどすんなりとその手をとってしまった。
「……よろしくお願いします」
それはきっと悪魔の契約だったのだと思う。
それでも構わない。
私は、この夢を叶えるためなら、悪魔にだって魂を売る。
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宅録ぼっちのおれがあの天才美少女のゴーストライターになるなんて。 石田灯葉 @corkuroki
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