第21小節目:flare
* * *
「……それで、突然の心変わりの理由は何かしら?」
バディ・ミュージックの社員食堂で、かつての
「またソロのデビューを目指したい、ですって?」
……呆れ顔、というよりは、しかめ面という方が正しいかもしれない。
「どの口がそんなことをほざいているのかしら?」
いや、怒り顔ですね。怒っていますよね。そりゃそうですよね……。
「えっと……結果を見ましたか? 青春リベリオンのリスナー投票」
「ええ、もちろん。弊社が主催しているコンテストですから。……で、それに落ちたから、とでもいうわけじゃないでしょうね?」
「1割くらいは、そうです」
「はあ……」
「あと9割は、私の声よりも彼らの曲を……amaneの音楽を多くの人に届けられる人がいることを知ってしまったからです」
「それが
「……カバー動画も、見たんですね」
「ええ、もちろん。素晴らしいカバーだった。激しい曲ばかりのIRIAがバラードも歌えた、新境地! アマチュアの彼女にあそこまでやられちゃったら、メジャーレーベルの面目丸潰れって感じね。でも、それは、あの子が今有名な歌い手だからでしょう? そもそも、あなたたちの夢は——」
「私、数字が欲しいんです」
有賀さんが言いたいことは分かるような気がした。
私が自分に対して何度も問い詰めたことだ。
学園祭のあの日や、ライブのあの日、有賀さんに切った
一回失敗したくらいで『やっぱりナシ』に出来るようなことなら、そもそも言うんじゃない、と。
だからこそ、私は遮って結論を急いだ。
「……数字?」
遮った私の言葉を
「はい、数字です」
「再生回数とかそういうこと?」
「再生回数とか、そういうことです」
「なんでそんな……」
「——愚かなこと、と言い切れますか?」
私は何百回と自問したことを生意気にも有賀さんに突きつけた。
「本質的でないこと、と言い切れますか?」
むしろ、有賀さんが否定してくれて、私を納得させてくれたらどれだけ救われるだろうと思いながら。
「言い切れないわね」
でも、有賀さんは期待通り、私の期待には答えてはくれず、ふ、と自嘲的に口の端を上げて笑う。
「数字がないと、私は——私たちは、自分の作ったものに、誠実でいることも出来ないんです。数字がないと、名曲は名曲たりえないし、次に立つ舞台すら与えられない。私は、」
落選した画面を見た時の冷たくなっていく身体を思い出す。
「私が、彼らの名曲を凡曲にした瞬間が怖かったんです」
「めんどくさい性格……」
「はい?」
「つまり、
ん、聞き間違いかな。
「はい、そうです」
そういうことにして、私は頷く。
「小沼くんは、自分の曲で誰かの人生を変えたいんです。彼の曲にはその力がある。由莉は、自分の歌詞で世界をひっくり返したいんです。彼女の歌詞にはその力がある。今回、2人はそれを証明しました。——IRIAさんの声で」
「ふうん? 波須さんは?」
「あのバンドの要は、沙子さんなんです」
「そうなの?」
「はい。彼女がいなければ、バンドはきっと空中分解します」
「へえ……? それは、彼女が仲を取り持ってくれてるってこと? むしろクラッシャーに見えるけど」
有賀さんが興味深そうに前のめりになる。……ちょこちょこ失礼なこと言ってますね? まだ怒ってますか?
「仲のこともあるんですけど……。沙子さんだけが、あのバンドで唯一リスナーの耳を持っているんです。曲に客観的な評価を与えられるのは沙子さんだけで。彼女自身はそれをコンプレックスに感じてるみたいですが……」
「なるほどね。天音さんはリスナーの耳を持っていないの? 自分が作ってない曲もあるでしょう?」
「私はダメですね」
つい、情けない、八の字眉の笑顔を浮かべてしまう。
「私は……あの二人が作る曲を聴くと、それがどんな曲だってたまらなく誇らしくて、そして——」
下唇を噛んで、どうにか微笑みを維持する。
「——たまらなく悔しいんです」
「……そう」
その声がなんだか微笑んでいる気がして、私は、
「……なんですか?」
と問いただしてしまう。出た声が子供っぽく拗ねていてかっこわるい。
「ううん、天音さんにもそんな感情があるんだなって思って」
「……そんなの思ったこと、なかったんですけどね」
彼らに出会うまでは、知らなかった感情。
それはきっと、素敵な感情だけじゃない。悪感情だって、豊富に手に入れてしまった。
「IRIAさんのことは、きっかけにすぎないんです。本当はずっと考えてました。モヤモヤと、このままでいいのかなって」
「どうして?」
「私、ズルであそこに立っていたような気がして」
「どういうこと……?」
「『わたしのうた』のおかげで、小沼くんも、沙子さんも、由莉も、私に特別な感情を抱いてくれていました。だから、みんなに会ってから、みんなが苦しんで悩んで戦っている中、私だけは助けを待つお姫様みたいに高い塔の上にいたんです」
「お姫様……」
ずいぶんメルヘンな喩えが出たな、と自分でも思った。由莉の影響かもしれない。
「でも、今度は、私が戦う番なんです。追いかける番なんです。ううん、本当はずっと私が戦わなきゃいけなかった。あの——」
こんな言葉を使うのは、それこそ彼らに失礼なのかもしれないけど、それでも、私はその努力も含めての賛辞と嫉妬をこめて、彼らをこう呼ぶ。
「——あの天才たちには、死に物狂いで努力しないと追いつかないから」
「……そう」
一度、私の言葉を飲み込んでくれてから、有賀さんは「でもね、」と続ける。
「『わたしのうた』がそうさせたっていうなら、それは元々あなたが作ったものの成果でしょう? ズルなんかじゃないわ」
「……どうなんでしょうか」
私は、いつもいつも、「今日初めて出会った私でも、みんなは私をバンドに入れてくれただろうか」と、そんなことばかり考えている。
「まあ、信じられないならそれも仕方ないけどね」
「それに、『わたしのうた』はもう
「再デビューに際して名義を変えるって話?」
「いえ、名義を変えるも何も、今回、ここにきたのは、有賀さんにデビューの都合をつけていただきたいという意味じゃないですよ?」
「え、違うの?」
拍子抜けしたように声が高くなった有賀さんの表情に、思わず吹き出す。
「違いますよ、そうじゃないです。ただ、有賀さんに何も言わずにソロデビューを目指すわけにはいかないじゃないですか」
「そう思ってもらえるのは嬉しいけど、わたしはてっきり……」
「それに、有賀さんはソロの私なんていりませんよね?」
私が遮ると、有賀さんは微笑むように息を吐き出し、肩をすくめる。
「……ええ、そうね。この間も言った通り。あなたくらい可愛くてあなたくらい歌が上手い人は実は結構いるのよ」
有賀さんのその言葉が、なぜだか嬉しかったのは、どうしてだろう。
「そう思います。なので、どういう方法かは分かりませんが、また一から自分の力でやってみようかと——」
「話は聞いたぞ」
声のする方を見ると、
「月子……」
「そのインディーズ活動、アタシにプロデュースさせてみないか!」
「それって……」
……インディーズ活動になりますか?
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