第14小節目:フラッグを立てろ

「……お願いします、先輩。人の人生を変えた責任を、とってください。先輩は、amaneは——自分の、憧れなんです」


平良たいらちゃん……」


 おれは平良ちゃんのその言葉に、自分がいつの間にか、あの日の市川天音amaneと同じところに立っていることに気がついた。


『——おれの夢は多分、誰かの人生を動かすことなんだと思う』

『amaneの——シンガーソングライターamaneの音楽がおれにしてくれたみたいに。おれの作った曲も、誰かのそういう曲になってくれたら嬉しい』


 そうか。


 いつの間にか、おれの作った曲も、そうなっていたんだ。


「……分かってますよ、分かってます」


 平良ちゃんは、衝撃を受けているおれの胸中など知らないまま、話を続ける。


「amaneがなくなったって、amaneの曲はなくなりませんし、amaneが下さったものはなくなりません。amaneに影響を受けた自分みたいな人間が、また何かを創作したり、——いえ、創作なんかしなくても、歩いていく方向が少しでも変わったら、それでamaneがいた意味はあります。amaneが変えた世界があります。だから、これからの小沼先輩に責任なんて、ないんです。分かってます。でも……」


 平良ちゃんは——amaneの黎明期れいめいき同志ファンは、顔をあげて、じっとおれを見る。


「……大好きなバンドが解散したら、寂しいですよ。知ってるはずですよ。大好きなミュージシャンが、活動休止したら……寂しいじゃないですか」


「そう、だったな……」


「何が寂しいって、未来がなくなるのが寂しいんです。新曲が聞けなくなるのが寂しいんです。新曲が聞けないと、寂しいだけじゃなくて、新規のファンが増えません。新規のファンが増えないと、自分みたいに人生を変えられた人が出てきません」


 平良ちゃんはおれをじっと見据えた。





自分・・ひとりの人生を変えて、それで満足ですか、小沼先輩」





「……!」


 その『自分』というのが平良ちゃんのことをさすのか、もっと別の誰かのことをさすのか、そんなことは分からないままだったが、


「……だよな」


 気づけばおれはきびすを返していた。


「え? 先輩? どこに行くんですか!?」


 スタジオに行く、とか。


 曲を作りに行く、とか。


 ひっくり返しに行く、とか。


 ひっくり返させに行く、とか。


 全部ひっくるめて、おれの口をついて出たのは。


「迎えに行く!」


「はい!? どなたをです!?」


 誰だろう。


 amaneかもしれないし、天音かもしれないけど。


 多分、一番は。


「——自分を」


 他人にも自分にも環境にも何一つ期待してこなかった過去の自分そいつが、唯一期待をしてたのは。


 他の誰でもなく、未来の自分おれだったんだから。

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