第2曲目 第12小節目:夏のヒーロー

 どちらかというとこれが本題だ。


「話したいことは、もう一個ある。バンドのことで」


「だよね、器楽部のことにだけ首を突っ込んでくるようだったら、小沼じゃなかったら余計なお世話って言って追い返してるもん」


 なんだそれ。どちらにせよ聞いてはくれるんじゃねえか。


 さておき、おれはこれから今日2回目のカミングアウトをしないといけない。


 またしても誰かさんの真似だ。


 すぅーっと息を吸って、伝える。


「おれ、曲、作れなくなっちゃったかもしれないんだ」


「そっか、やっぱりそうなんだ……」


「やっぱり……?」


 勇気を持ったカミングアウトのつもりだったのに、拍子ひょうし抜けですよ……。




 なぜか状況を把握しているらしい吾妻に必要あるのかは分からなかったが、おれはもう一度、昼間に市川と沙子にした説明をした。


「……うん、そうなんじゃないかって、思ってた」


 説明を聞き終えた吾妻が少しうつむいて言う。


 夏休みに入ってから吾妻に会ったのは今日が初めてなのに、そんなことまでおれの顔には書いてあるのだろうか。それやばくない? やっぱりおれはサトラレなのでは?


「また、スキル《読心術どくしんじゅつ》を使ったのか……?」


「ちょっと、うずくからあたしにスキル設定を付けないでっての」


 吾妻はふざけて笑ってから、


「今回は、本当にそんなんじゃないよ」


 と、しめっぽくつぶやく。


「じゃあ、どうして……?」


 ふうー、っとついたため息にはあきらめがにじんでいるようで。


「……あたしも、書くの、楽しくなくなっちゃってさ」


 ふと、天井を見上げて放った言葉は、ぎゅうっとおれの心臓を締め付けた。


「吾妻も……?」


 吾妻は、そっと、うなずく。


「症状は、小沼と一緒。歌詞として書いた言葉からボロボロと意味とか心情みたいなものがこぼれ落ちていって、ただの記号にしか見えなくなっちゃうの。常にゲシュタルト崩壊状態って感じ」


 淡々とユリポエムをまじえながらも説明してくれる。


「そういう比喩ひゆは、相変わらず分かりやすいけどな」


 感心を素直に伝えると、


「んー、これは、歌詞じゃないからじゃない?」


 と目を上に向けながら首をかしげた。


「そんなもんか?」


「そんなもんだよ」


 はーあ、と吾妻は伸びをしながら、明るげにため息をつく。


 そして、残酷ざんこくな質問をおれに向けてきた。それは、多分、吾妻にとって一番残酷な。



「ねえ、小沼は、『平日』って、良い曲だと思う?」



 その質問に、つい、おれは息を詰まらせる。


「……良い曲の定義って、なんだよ」


「良い曲は、良い曲だよ」


 分かってる、苦しまぎれだ。だけど。


「……おれにとっては、大切な曲だ」


「そんなの、あたしだってそうだよ。当たり前じゃん。あたしたち2人にとっては、大切な曲に決まってる」


 吾妻は寂しそうに笑ってから、


「『作品は自分の子供だ』みたいな表現ってよくあるじゃん? そりゃ、自分の子は可愛いよね。だって、あの曲はあたしと小沼の……、いや、これ以上は約2名にめちゃくちゃ怒られるか……」


 後半モゴモゴとよく分からないことをおっしゃっている。そういうのシリアスの間に急に放り込むなし……。リアクションに困るだろうが。


「えっと、つまり、何が言いたいんだ?」


 おれが質問すると、吾妻は、回りくどくてごめんね、と少し謝ってから、続きを話した。


「これまで毎日何個も歌詞を書いてきてさ。それで、『平日』だって、良い歌詞が書けたって自信があった。小沼の曲の良さを最大限に引き出せたと思った。でもさ、ロックオンの日、」


 下唇を噛みながら、自分自身を嘲笑ちょうしょうするみたいに吐息を漏らす。




「『わたしのうた』の方が、100倍、心を打った」




 おれはその言葉に、その事実に、胸の中がキュッと引っ張られて行くような息苦しさを感じていた。


「『自分の子』を、よっぽど贔屓目ひいきめにみてるはずなのにだよ? ライブ観てた時とかその日のうちは、amane様が歌えたこととか、自分の書いた歌詞がみんなに聞いてもらえたことだけで嬉しかったんだけどね」


 吾妻は、滔々とうとうと話し続ける。


「そのあと、聴いてたみんなの喝采かっさいとか、会う人会う人みんな『わたしのうた』のことしか話さなかったな、とか、そんなこと思い出してたら、なーんか、気づいちゃったんだよね」


 それは、おれの心の中を、一つ一つ言葉に変えていくみたいだった。



「ああ、この作品を好きなのって、自分だけなのかもなって」



 吾妻は、おれの心の奥底にあったものを、一つ一つ、形をともなって、突きつけてくる。



「そんなこと考えてたら、変に実感しちゃって。やっぱ自分には才能がないんだなあ、とか、相手が悪過ぎる、とか、いやいや別にamane様は敵じゃないでしょ、とか、いろんなことがぐるぐるしてさ」


「……おう」


「だけど、考えまくった結果、『どんなにちょっとでもあの曲があって変わったものがあったなら、誰かの心を動かしたんだったら、それを誇るべきなんじゃないかな』って思った時に、気づいたんだよね」


「何に……?」


 訊きながらも、その答えはおれにも分かっていた。


 だって、おれたちは、そのおかげで出会った関係なのだから。


「それって、『わたしのうた』の歌詞じゃんって」


 吾妻が、はは、と渇いた笑いを浮かべる。


「それって、もう、完敗じゃない? けた曲に、真理を突かれて励まされてんの、あたし」


「吾妻……」


 情けないおれは、二の句をぐことも出来ない。


「ね、小沼。あたしら二人ふたりで、amane様のいない世界にいたらどうなってたと思う? こんなこと考えずに済んだかな? 最高な曲ができたねって笑いあってたかな?」


「それは……」


 吾妻は首を横に振った。


「なんてね。そんなこと考えるだけ無駄だよね。だって、天音・・がいなかったら、小沼は曲を作ってなくて、あたしは歌詞を書いていなかった。あたしはそもそも武蔵野国際高校ムサコクに入学してないかもしれないし、そしたらあたしたちはまともに出会ってすらいなかった。『平日』なんて生まれてない」


「そうだな……」


「ねえ、あたしみたいな、ただのamane様のフォロワーが歌詞を書く意味なんてあるのかな」


 ……やめろよ、吾妻。


 なんであの吾妻ねえさんがそんなに弱気なんだよ。


 おれは言葉を失いそうになる。


 でも。


 おれは、諦めちゃダメなんだ。


『拓人は、出来るよ』


 沙子が信頼してくれている。


『そしたらさ、小沼くん、競争ね! 私が歌詞を書けるようになるのと、小沼くんが曲を書けるようになるの、どっちが早いか!』


 市川が期待してくれている。



「なあ、吾妻」


「……なに?」


 もう、おれたちがここから這い上がるには、これしかないだろ。


「おれの曲に、歌詞を書いてくれないか?」


「……は? 今のあたしの話聞いてた? 書けないんだってば」


 すっかり、しかめっ面になってしまった。


「それでもだ」


「それでもって……。小沼だって、作れないんじゃないの?」


 吾妻が眉をひそめる。


「おれは、それでも、学園祭までに曲を作る」


「……まじで?」


 驚いた顔でこちらを見てくる吾妻に、おれは、なるべくしっかりうなずく。


「だって、そんなの、出来るの……?」


「やってみないと分かんないだろ」


「やってみて、出来なかったら?」


 相変わらず弱気に訊いてくる吾妻のために、おれは、吾妻に強く響くであろう言葉を探す。


「『やってみても出来ないかもしれないけど やってみなかったら絶対出来ない』だろ」


 吾妻は、ハッとした顔をしたあと、「まあ、それはそうだけど……」と戸惑った顔を向けてくる。




「それで、おれが作ったら、吾妻が歌詞を書くしかない」


「なんで……?」


 怪訝けげんな表情をした吾妻は少し考えた結果、その理由に思い当たったようにあきれ笑いを浮かべて、


「ああ、あたしが書かなかったら『日常は良い』みたいなヘンテコな歌詞になるからってまた言うつもり? それだったら……」


「違う」


「え?」


 おれは、吾妻の言葉をさえぎって、告げた。



「おれの曲には、吾妻の歌詞じゃないと嫌なんだ」



 吾妻は大きな瞳を見開いて、動きを止める。


 だってそうだろ。


 さっきの会話だって、全部そうだ。おれが無意識にフタしていた思いまで全部掘り返してくる。


 おれは、おれの感情をこんなにも的確に、おれの気づいてないところまで言葉にしてくれる、出来る作詞家を吾妻以外に知らない。


「おれの曲の歌詞に最高の歌詞を書けるのは、吾妻以外にありえない」


「あたし、が……?」


 おれは、うなずく。


 …………。


 ……えっとですね。


 ちょっと伝わりづらくてアレなのですが、吾妻ねえさんはさっきの「あたし、が……?」以来10秒ほど驚いたみたいに口を開けてずっとわなわなと震えていらっしゃって、これはなかなかに気まずいのですが!


「あ、吾妻……?」


 おれがもう一度呼びかけると、吾妻は我に返ったのか、少し無理したように笑ってから、


「……曲作ってから言えし」


 と、ジト目になってそんなことを言う。


「それは、まあ、たしかに……」


 うん、吾妻ねえさんは本当に納得感のあることをおっしゃるわ。


 そんな風にごまかしながらもおれは、そのジト目が少し潤んでいることに気づかないふりをするのに精一杯だった。


「出来上がった小沼の曲が良かったら、考えてあげる!」


 吾妻はそう、吹っ切れたように笑って、


「やば、こんな時間じゃん。花火行こ!」


 おれの腕を引いて、手持ち花火大会の会場に、ぐんぐんと歩みを進めていった。


「……小沼って、ほんと、悪いやつ」

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