第2曲目 第22小節目:ray

「ていうかさ、明日の最終日の発表会って、おれたちも演奏するんだよな?」


 スタジオに入って開口一番かいこういちばん、大切なことを確認する。


「うん、そのつもりだよー。よっこいしょ……」


 市川がぬけぬけと答える。


「えっと、市川、それまでに歌詞書けそうか?」


「うーん……」


 市川は地べたに座りながら、


「ちょっと難しいかなあ……」


 とぼやく。


「ですよねえ……」


「んしょ、んしょ……」


 さすがにそんなにすぐにはできないよなあ。


 まあ、


『私が歌詞を書けるようになるのと、小沼くんが曲を書けるようになるの、どっちが早いか!』


 競争とか言われているから、それで書けちゃったらおれの負けだしな……。


「拓人も、さすがに曲、できないよね」


 沙子が気遣いながら質問をしている(多分)。


「そうなあ……吾妻も歌詞書ききらないだろうし……」


「んっ、んんっ……」


 どうするのがいいんだろうか。


「ん、あっ……、」


 ……っていうか!


「「ちょっと、市川!」さん」


「ほえ?」


 ゆるめのTシャツ姿で地べたに開脚して前かがみになった(であろう)市川がおれたちの方を見上げた(気がする)。


「『ほえ?』じゃないっての、それやめろって言ってんじゃん」


 沙子が市川のモノマネをまじえながら注意する。


 そうだった。市川の謎のくぐもった声を発しながらやるストレッチのことを、すっかり忘れていた。ちなみに、さっきの文が推測なのはおれは見てないからです……。


「つか市川さん、昨日そんなんやらなかったじゃん……」


「昨日は荷下ろしで充分運動してたから!」


 市川はちからこぶをつくるような動作と共に快活に笑う。


「「はあ……」」


 あまりの爽やかさに毒気どくけを抜かれたおれと沙子のため息が重なった。


「まあいいや……んと、じゃあ、『平日』か『わたしのうた』かどっちかをやる感じになるのかな」


 沙子があきれをとりあえず脇にやって話を進める。偉いな。


「じゃあ、さ」


 いつの間にか立ち上がっていた市川がおれの顔を覗き込んだ。


「小沼くんは、どっちをやりたい?」


 その目は何かを試してくるようで。


「そうなあ……」


 でも、おれには、考えていたことがあったのだ。


「おれがやりたいのは、どっちの曲でもない」


「「どっちの曲でもない……」?」


 珍しく、市川と沙子がハモった。


「新曲ってこと」


 沙子に質問される(多分)。


「いや、違う」


「カバーってこと?」


 市川に質問される(これは確実)。


「それでもない」


「じゃあ、何……?」


 なんか、元々別にもったいぶる気はなかったのに、妙に息のあった二人の連携プレーで種明かし感が出てしまった。恥ずかしいな……。


「『ボート』を、やらないか?」


「「ああ……」!!」


 おれの提案に、二人が同時に声をあげた。今日よくハモりますね。


「え、あれ、沙子さん、知ってるの?」


 市川が意外そうな顔をして尋ねるが、


 


「は、何が」


 沙子がよそを向いてしらばっくれた。


「いや、何がって、『ボート』だよ? 今その話しかしてないじゃん」 


「知らない」


「ふーん?」


 市川が口元をほころばせながら首をかしげた。嬉しそうだなあ……。


「なに」


「ふふ、沙子さんってば、」


 市川が満面の笑みで言う。


「『わたしのうた』のカップリングまで聴いてくれてたんだ?」


「……うっさい」


 まあ、そう言うことである。


 おれの提案は、amaneの幻のシングル『わたしのうた』のカップリング曲である『ボート』を演奏しないか、ということであった。


 ちなみに、沙子が『ボート』を聴いていることはおれは知っている。


 なぜならこの間、吉祥寺の楽器屋に3人で行った時に、『ボート』の歌詞を元に、市川の家が井の頭公園の近くだと当てていたから。いや、どんだけ真剣に聴いたらそんなこと出来んだよ。


「えっと、小沼くん、誰かに、この曲を贈りたいの?」 


「そうなあ……まあ、そんな感じ」


「そっか……」


 市川は、少し考えるようなそぶりをしたあと、


「じゃあ、頑張んなきゃだね!」


 と笑った。


「あれ、でも、沙子さんは知らないからベースライン弾けないかなー?」


 ニヤニヤしながら市川が沙子の顔を覗き込む。


「知らないけど弾ける」


「え、どうして?」


 首をかしげる市川。


「amaneの曲なんか簡単すぎて、知らなくても弾けるから」


「いやいや、どういう理屈だよ……」


 そんなやりとりをしていると。


「どうもぉー、ギター貸してくーださい!」


 と、スタジオの入り口から小悪魔の声がした。


「あれ、英里奈ちゃんいらっしゃい。英里奈さん、ギター弾くの?」


 市川が首をかしげる。いらっしゃいって。


「ううん、えりなじゃなくて、健次の分! なんか、弾けるようになりたいんだってさぁー」


「いや、そんなん、自分で探しに来いよ……」


 おれがあきれてつぶやくと、


「いや、えりな、マネージャーだし」


「た、たしかに……」


 英里奈さんてば結構クールに突っ込みますね……。


「英里奈ちゃん、ギターはこの部屋にはなくて、中央棟のフロントで借りられるよ」


 おお、部長がちゃんと部長してる。


「そぉなんだー! じゃー、フロントに行こぉー、たくとくん!」


「「え?」」


 


 おれ?


「えっと、英里奈ちゃん、フロントだよ? 一人で分かるよね?」


「うん、分かるよぉー! んじゃ、たくとくん借りてくねぇー!」


「え、小沼くん要るー?」


 そんな市川の戸惑いの声を背に、英里奈さんに腕を引かれておれはスタジオを出た。


「……なんか、話あるの?」


 まあ、あんなにわざとらしくおれを連れ出したってことは、そういうことなんだろう。


 おれも、ずいぶんと英里奈さんのことが分かってきた。


「え? なんもないよぉー?」


 ……え、そうなの?


 つい三行前、わかったような顔してカッコつけてたおれ恥ずかしいじゃん!!


「じゃあなんで連れてきたんすか……」


「いやぁー、なーんか、」


 英里奈さんは優しく微笑んで、


「一緒にいたいなって思って」


 と言った。


 これだからこの天然悪魔は……。


「ていうか、はざまと一緒にくればよかったのに。うちのスタジオに来るにしろ」


「うぅーん、だってさぁ」


 英里奈さんはまゆをハの字にして、


「そしたら、さこっしゅと健次が会うじゃんかぁー」


 と笑った。


「そうか……」


 そうだよな。


 いつも、なんでもないみたいに笑ってる英里奈さんにだって、きっと、『切ない』という感情はあるのだろう。もしかしたら人並み以上に。


『えりなは、何をどうしても、健次の特別になるんだ』


 それでも、英里奈さんが強い覚悟をするのなら。


「英里奈さん、明日の発表会、おれらの演奏聴いてて」


 おれがそっとそう言うと、


「えぇー? なにない、告白ぅー?」


 ニターっと笑って英里奈さんがこちらを見る。


「告白じゃないけど、聴いて欲しい」


 しっかりと、英里奈さんの目を見て、もう一度伝えた。


「あ、うん、分かったぁー……」


 英里奈さんがちょっと驚いたみたいな顔をしてから、顔を少し伏せてうなずく。


 よし、あとはしっかり演奏するだけだ。


「いきなり真剣な顔しないでよぉー、もぉ……」

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