第2曲目 第68小節目:『キョウソウ』
ホームルームが終わり放課後がやってくると、
「小沼くん、スタジオ行こう!」
勝気な笑顔で市川が声をかけてくる。
「朝は
チェリーボーイのギター担当でもあるにもかかわらず
「はいはぁーい、
その後ろを相変わらず
練習にもちゃんと顔を出す英里奈さん、マネージャーの
「英里奈姫ー、俺の腕も引っ張ってってくれよー! 朝、小沼にしたみたいに!」
「
教室の出入り口で立ち止まり、扉に肩で寄りかかって半目で安藤を見る英里奈さんは、なんだか怒っているみたいだった。
「……っていうかぁ、彼女いるのに他の女子に触ろうとするなんて、サイテーだよぉ?」
英里奈さんはこう見えて(失礼)、そういう
「なんで俺に彼女が出来たことになってんだよーい!」
と、笑いながら安藤が大掛かりなツッコミを入れる。そんなツッコミする勇気よくあるな……。
ところがその勇気を前にしても、英里奈さんはさらに顔を
「はぁ……? じゃあ、彼女じゃない人とってことぉ……?」
「彼女じゃない人と、ってなんだよーい!」
「いやぁ……、オトナになったとかって言ってたじゃんー?」
「そうだよ、この夏におれはオトナになったんだよ!」
「えーと、始業式の時にも言ってたけど、オトナになったって、何……?」
「はぁ……それはぁ……」
「それはつまり!」
あきれる英里奈さんをさえぎって、安藤が胸を張って右手の人差し指で
「俺、飲めるようになったんだ!」
安藤の鼻からフンッと息が漏れる。
「「え、そうゆうこと……?」」
おれと英里奈さんの声がハモった。
なんだよ、酒の話かよ……。ただのイキリ野郎か安藤……。見損なったぜ……。
おれですら呆れてため息をつくと、
「何が飲めるようになったの?」
と、天然天使が小首をかしげた。
すると、安藤は『当たり前だろー?』という顔をしたあと、
「ブラックコーヒーがだよ!」
とドヤ顔でのたまった。
あ、そういうこと!?
「なんだぁ
と、急に機嫌を直したらしい英里奈さんが
「へー、すごいね!」
そしてニッコニコの市川さん。
あれあれ、えっと、あの、おれもブラックコーヒー飲めるよ……? ほら、マックで飲んでるところ見たでしょ?
「まぁまぁ、それじゃぁ、ブラックコーヒー飲める
「あれ、結局腕は引いてくれないのー!?」
「一人で歩けるでしょぉー?」
「小沼だって歩けるだろー!?」
「たくとくんはたくとくんだから、一人で歩けてないようなもんなんだよぉー!」
二人が廊下を歩きながら、声が遠ざかっていく。
……なんか後半失礼なこと言われてなかった?
「それじゃ、私たちも行こうか、小沼くん!」
「そうなあ……」
「……一人で歩ける?」
市川がニヤーっと笑いながら手を差し出してくるので、
「ほら、行くぞ」
おれはその手をスルーして脇を通っていった。
スタジオに入って少しすると、扉が開いて、沙子が入ってきた。
沙子は市川の前に腕を組んで立つ。
「……お疲れ、市川さん」
「……お疲れ、沙子さん」
「……拓人に聞いたよ」
「……そっか」
「……仲直り、までね」
「……うん」
「……」
「……だから、痛いってば」
なんなんだ、この二人の
感心と呆れが混ざったような感情で眺めていると、
「拓人も、おつかれ」
沙子が市川のほっぺをつまんだまま、おれにも声をかけてくる。
「沙子、昨日は、その、なんだ。……改めて、ありがとう」
「……こちらこそ」
おれの一言で
「よし、じゃあ、やりますか!」
市川が頬を抑えながら、それでも
「ん?」「ん」「お?」
3人全員のスマホが震える。
「わー……!」「お」「おお……!」
そこに表示されていたのは、
『由莉がノートを作成しました。』
由莉『お待たせ! 歌詞が書けました!』
そんなメッセージだった。
* * *
『キョウソウ』
靴紐がほどけて 踏んで 転んで
うずくまって動けなくなってしまった
それは多分 擦りむいたからじゃなくて
擦りむく痛みを知ったから
再開に
ふてているうちに遠くまで行ってしまった
憧れには 手も足も届かなくて
気づけば私は最下位だ
リタイアしかけたその時
どこかから力強い音が聴こえた
リズムを刻み ビートを叩くその音の正体は
自分の心臓の鼓動だった
自信なんかないけど 定義すら分からないけど
一番強くなるって 今、決めた
待ったりなんかしないで
すぐにそこまで行くから
息が上がりそうなその時
どこかから力強い音が聴こえた
花火みたいな ドラムみたいなその音の正体は
あなたにもらった言葉だった
下手かも知れないけど 届くかは分からないけど
一番強くなるって もう決めた
待ったりなんかしないで
すぐにその先へ行くから
さよなら、拗ねていた私
さよなら、いじけてた私
さよなら、怖がってた私
さよなら、負けていた私
ラララ〜♪
* * *
「ほあー……」
おれは、ついつい感激のため息をついた。
本当に、吾妻に頼んでよかった。
いつだって吾妻は、おれが言葉に出来ていないことを、すくって、具現化してくれる。
「いいじゃん」「わあー……!!」
沙子と市川も喜んでいるみたいだ。
でも、一つ気になったところがある。ていうか吾妻から歌詞が届く時、だいたい一つ気になったところがあるんだよな……。
「この最後の、『ラララ〜♪』ってのはなんだ……?」
おれは疑問を
「えーっと、最後の1フレーズを『ラララ』で歌えってこと、かな?」
「『Hey Jude』みたいな感じなんじゃないの」
「んー、たしかに1フレーズ分歌詞は足りないんだが、それにしては中途半端というか、あの曲みたいに繰り返すわけじゃないしな……」
そんな議論を交わす中、吾妻から追加でメッセージが届く。
由莉『ごめん言い忘れてた!最後の1フレーズだけ、どんな言葉もどうにもしっくり来なくて、まだ浮かんでなくてとりあえずラララとしか書いてない!本番までにはなんとかします!』
ほお、なるほど。
「んんー、吾妻師匠、
「「何その
市川が満面の笑顔でいって、おれと沙子が呆れ目でツッコむ。
なんだか3人のやりとりが戻ってきたなあ、と内心でほっこりしていると、
「それにしても、由莉の歌詞ってさ、一人称が『私』なんだよね」
と、突然市川が首をかしげた。
「それがどうしたの」
「いや、由莉っていつも自分のこと、『あたし』って言わない? そう聴こえてるだけかなって思ってたんだけど、ほら、由莉の歌詞のブログ、『あたしの
「たしかに……」
沙子も一緒にううーん、とうなっている。
「それは多分、amaneの歌詞として書いているからだろ。『平日』もそうなってるじゃんか」
「ああ、そういうことか!」
市川が嬉しそうに手を叩いた。
「小沼くんにしては鋭いね!」
いや、別に普通にそれくらい分かるだろ……あと失礼だから。
満面の笑みを浮かべた市川の、
「よし、じゃあ、やりますか!」
という号令で、再度楽器を構え直す。
どの曲からやるのかなんて、もはや確認する必要もない。
「1、2、3、4……」
おれのカウントから、演奏を再開する。
そうして練習を重ねているうちに、あっという間に二週間弱は過ぎ、いよいよ学園祭の当日になる。
おれの人生を変えてしまったあの学園祭が、始まった。
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