第2曲目 第69小節目:横顔

「それでは、これから、学園祭を開催いたします!」


「「「「わあああああああ!!!!!」」」」


 学園祭の開会のセレモニーが始まっていた。


 全校生徒たちが教室のベランダからのぞく中庭には簡易的なステージが設置されていて、その上で生徒会長なのか学園祭実行委員長なのかが、笑顔で宣言している。


 方々ほうぼうから拍手が巻き起こり、誰かが鳴らしたのだろう、クラッカーのはじける音も聞こえる。


「いよいよだね、小沼くん……!」


 2年6組の窓際から中庭を見ていると、隣で市川は胸の前で両手の拳に力を込めて、フンッと、鼻息を漏らした。


「そうなあ……」


 対しておれは別にテンションが低いわけではなく、去年の学園祭のことをほとんど覚えていないと言うことに気付いて変な感慨かんがいに浸っているところだ。


 いや、本当に覚えてない。あんな開会セレモニーみたいなのあったっけ? 覚えているのは……市川amaneの弾き語りのライブと、その前にやっていた下手へたな「チェリー」くらいだ。


 一人だと思い出は思い出になりづらいというようなことを聞いたことがあるが、まさしくそれなんだろう。


「晴れてよかったね」


「そうなあ」


 武蔵野国際高校の学園祭は土曜日、たった1日だけの開催となる。


 クラスの展示(お化け屋敷や飲食店やメイド喫茶や迷路……)と、部活ごとの展示、少し変わり種で言うと、陸上部が手紙を走って届けるというようなものまである。


 ロック部のライブである『学園祭ロックオン』も含めて、ほとんどの演目は屋内で行われるので、天気の影響は受けないが、それでも、来る人の気持ちを考えても晴れているというのは良いことだ。


「何見て回ろっか?」


 そう言って市川は横で無邪気むじゃきにパンフレットを開く。


 どうやら一緒に回ることは前提らしい。異論はないけど……。


「えーと、11時から体育館でダンス部、13時からこれも体育館で器楽部……、15時からはレクチャールームでロック部だね。結構この3つ見てたら他のを見る時間なさそうかも?」


 ふーむ、と市川はあごに手を添えて考えていた。


 とはいえ、その3つを見る以外に選択肢はないだろう。ロック部は見るというより出演するわけだが。


 というか、沙子やはざまは1日に2つの舞台に立つのか、すげえな……。


「それじゃ、まずは、体育館にダンス部を見にいこっか!」


「おう」


 ということで、体育館へと向かう。


 その道すがら、市川はなぜかキョロキョロしていた。


「……どうした、市川」


「あー、うん、ちょっとね……」


 またか、とおれは小さく息をつく。


「……徳川さん?」


「ん? ううん! 違う! ああ、そっか、ごめんね」


「いや、別にいいけど……」


 なにを謝られてんだおれは。


「実は、有賀ありがさん……私のデビューしてた時のマネージャーさんから、昨日連絡があって、この学園祭に来るって言ってたから……」


「え? まじ?」


「……うん。有賀さんも武蔵野国際の卒業生なんだよ。十何年か前だと思うんだけど」


「ほおー……」


 まじか、amaneの昔のマネージャーが来るのか。市川の才能を発掘した人、ということになるのだろうか? すげえな、サインもらおうかな……。


 おれの心はまだ見ぬ有賀マネージャーにほぼ占領せんりょうされてしまっていたのだが、市川はそんなことに気づかず、ふふっと笑いながら話を続けていた。


「というよりね、デビューしてた時期に雑談で聞いた有賀さんの高校時代の話がすっごくキラキラしてて楽しそうで記憶に残ってて、それで私はこの高校を受験することにしたんだ」


 


「そう、なんだ……」


 だがそれよりもおれにとっては気になることが。


「その、有賀さんって人は、amaneの再デビューのために観に来るのか?」


 心がどこか高揚こうようしているのだと、自分の声を聞いて気付く。


「まーたアマネって気軽に言う……まあいいけど。うーん、そう、なのかも。『歌えるようになったって風の噂で聞いたよ!』って言ってたし……。どうして私が歌えるようになったって知ったんだろ……風の噂って何かな?」


「いや、知らんけど……でも、それじゃなんにせよ、ライブ観に来るんだろ? おれたち、ロック部の最後だし、もう少し経ってからくるんじゃないのか?」


「うーん、そうかも」


 そんな話をしていたら、体育館へと到着した。


 そこには、開演30分前だと言うのに、すでに外部の人も含めた行列が出来ていた。なんとなく、他校の制服を着た女子が多いような気がする。


「ダンス部ってこんなに人気なのか……?」


「そう、なんだね……早めに来てよかったね?」


 そんなことを言いながら固まっていると、


「たしかにダンス部はいつも人気なのですが、今年の大盛況だいせいきょう健次ケンジさん効果なのですっ!」


 と、声がする。


 振り返ると、


「つばめ、いきなり話しかけないの……」


 そこにはやれやれ顔の吾妻あずま師匠とその弟子でし平良たいらちゃんが立っていた。


「わー、由莉!」


「天音、小沼、おつかれ!」


 飄々ひょうひょうと挨拶部部長が手をあげる。


「おー、おつかれ。というか……」


 そんな吾妻に対して、おれは気になっていることがあった。


「吾妻ねえさん、あちらの方、進捗しんちょくいかがでしょうか……?」


 そうなのだ。


 約2週間前に吾妻から歌詞が届いて以来、最後の1フレーズがまだ読めていない。


「あー、それね。本番前までには、ちゃんと、ね!」


「もう本番前だろ!?」


 器楽部が忙しいのは分かるし、責めるつもりはないのだが、このままだとあの曲の最後が『ラララ〜♪』になってしまう。


「まーまー、絶対なんとかするから」


 なのに、吾妻は全然危機感を持っていないように見える。そういうところがあまりにも吾妻らしくなくて、おれはむしろ、その事実にこそ動揺していた。


「健次さん効果? 健次さんって、はざまくんのこと?」


 弊バンドの天然天使も全然危機感がなく、楽しそうに平良ちゃんに話しかけている。


「ですですっ!」


 市川の質問にニッコニコで答える小動物後輩はスマホをシュババッと取り出して、


「2週間くらい前、高校生向けのファッション雑誌の公式インスタの『#街角イケメン制服高校生』に、制服の着こなしがお上手と言うことで、健次さんの写真が上がっていたのです! こちらですっ!」


 と、笑顔で画面を見せてくれた。


「へえーすごーい!」


 感嘆かんたんの声をあげる市川。


 そういえば、このあいだ英里奈さんがそんなようなことを言っていた気もするな……。話聞いた時、不機嫌だったから多分ほとんどまともに返せてないけど……。


「それで、はざまを観に女子たちが群がってる、と……」


「群がってるって言い方……いや、まあ、あれは群がってるか。あ……!」


 おれが呆れ目で行列を眺めると、吾妻が珍しく同意してくれる。


「だろ?」


 とそちらを見ると。


 吾妻が突然血の気が引いたような表情になっていた。


「おい、吾妻、大丈夫か?」


 たずねると、我に返ったようで、


「あ、うん、大丈夫……だと、思う。さこはすとか英里奈の青春の集大成しゅうたいせいだし、なんとかする……。けど、」


 そう言ながら、震える手でおれのシャツのすそをつかんだ。


「ごめん、一緒にいてくれる?」


「……おう」


 突然気弱になった吾妻におれは内心首をかしげながらも、まずは、しっかりとうなずいた。


「由莉……?」


「師匠、本当に大丈夫ですか? とりあえず、並んじゃいましょうか……? 保健室行くとかあれば自分付いていきますので、おっしゃってくださいね」


「うん、大丈夫。ありがとう……」


 そう言って、行列の一番後ろに並んだ。


「……それで、どうした?」


 小声で尋ねてみると、相変わらずおれのすそをつまんだままの吾妻は、ちらっと平良ちゃんの方を見た後に、おれの耳元に手を当てて、こしょこしょ声で言う。


「……中学の時の同級生が、並んでる」


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