第1曲目 第28小節目:秘密

「由莉......」


 吾妻が話を終える。


「......吾妻は、高校デビューってことか?」


「......そういうこと」


 吾妻は口をとがらせる。

 

 おれは、今の吾妻からは想像できない過去に、ただただ呆気にとられていた。


 吾妻のことを、リア充の鑑みたいなやつだと思っていた。


 その笑顔はいつも眩しくて、人のことをよく見ていて、青春を追いかけている。


 でも、それはきっと全部、中学時代の裏返しなんだろう。


「吾妻......」


「何? 小沼に偉そうに色々言ってたあたしのこと嘘つきって言いたいの?」


 少し気まずそうに、前を向いて歩みを進めている。


「吾妻、めちゃくちゃすごいな」


「へ......?」


 吾妻が、意味わかんない、という顔でこちらに振り向いた。


「皮肉でも嫌味でもなんでもなく、まじですごいよ、それ。努力でリア充になったってことだろ?」


「努力っていうか......」


「努力だろ」


 おれは、言い切る。


 だって、おれはリア充は何もしなくてもリア充なんだ、って思ってたし、おれは、そう言ってしまっていたのだ。


 そんな、失礼なことを。


「吾妻は、やりたいこと、諦めないで、今、そこに立ってるんだろ」


「何、小沼、いきなり熱いこと言ってんの......」


 吾妻が照れ臭そうに頬をかく。


「由莉!」


 突然、市川が吾妻に抱きつく。


「ひゃっ、あ、amane様......!?」


 吾妻の身体の力が抜ける。


「由莉、話してくれてありがとうね。信じてくれてありがとうね」


「ひゃぅん......」


 市川が吾妻の肩に額を乗せて、思いをポロポロとこぼした。


「歌詞を書いてくれてありがとうね、勇気出してくれてありがとうね」


「市川......」


「武蔵野国際に入ってくれて、ありがとうね」


 その言葉はきっと、吾妻のこれまでが全部報われるような言葉で。


「ぅ......」


「市川......もう......」


「出会ってくれて、ありがとうね」


 そんなことを市川に言われた吾妻は、当たり前だけど、


「......」


「気を失ってるからやめてあげて......」


「......へ? あ、あれ、ええええええ!?」


 市川が身体を離して驚いている。


「小沼くん、これ、私のせいかな......?」


「そうなあ......」


「そうかあ......」


 おれは吾妻の背負っているベースケースを引っ張って揺らしてやる。


「あれ、小沼くん、由莉起こせるようになったの?」


「別にもともと本人に触んなきゃ大丈夫だわ」


「はあ、なるほど」


 市川が吾妻を支えながらぽけーっと言っている。


「......はっ! また気絶してた......!?」


「あはは、そだね」


 さすがのamane様も苦笑である。


「天音がすごく嬉しいこと言ってくれてた気がするんだけど......」


「聞かない方がいいと思うよ」


 だって、また、気絶するじゃん。


「あー、たくとくん!」


 そんな話をしていたら、後ろから声がした。


 振り返ると、


「あ、拓人。......と、ゆりすけと市川さん」


「お、由莉と天音じゃん。」


 英里奈さん、沙子、間(はざま)のダンス部3人衆がそこにいた。


 トットット、っと英里奈さんがこちらに近づいてくる。


「えりなには一緒に帰れないってゆったじゃん!」


 英里奈さんがおれの裾を掴んで言う。


 またこの人はこういうことをさりげなく自然にやる……。


 拗ねた顔。英里奈さんは小柄なので、そんなに身長が高くないおれに対しても自然と上目遣いになる。


 これまでお互い立って話したことがあまりないから気が付かなかったけど。


 と、英里奈さんがすっとかかとを上げて、おおおおおれのみ、みみ耳元にくく唇をちっ、近付けてきた。


「えりなよりも他の人と仲良くしてるとこ、健次とさこっしゅに見られたら意味ないじゃん」


 その声は存外に低い温度で、急接近に沸騰しかける頭に冷や水をかけるようだった。


 英里奈さん怖っ……と身震いしている間に英里奈さんは背伸びをやめて、裾を掴んだままニコーっと笑顔を見せていた。


 笑うの怖いのでやめて。


「由莉、そいつと仲良いんだ?」


 ハザマが片頬をあげる挑発的な笑顔を浮かべて、吾妻に言った。『そいつ』とは無論おれのことだろう。


 そいつ呼ばわりされる筋合いもないけど、まあ、カーストが高いやつは低いやつのことをそう呼んでいいという暗黙のルールがあるのも事実。


「いや、たまたま帰り道が一緒になっただけデスよ」


 そう言ったのはおれだ。なぜか敬語デスが。


 せっかく、吾妻が一生懸命頑張って勝ち取ったリア充という立ち位置を、こんなことでフイにさせるわけにはいかない。


「市川と吾妻…さんが一緒になったとこにたまたまおれがいただけだから」


 吾妻はおれなんかとは関係がないと、そう思ってもらった方がいい。


「だから、仲良くなんか」


「仲良いよ」


 おれの言葉を遮って、吾妻がそう言った。


「「……は?」」


 おれとハザマの声がかぶる。あらやだ珍しい。


 吾妻はキッとおれを一瞥してからハザマの方を向いて、


「だって小沼、いいやつだし、話してても面白いし、あと、信用できるし」


 と言い放った。


「あたしの秘密を、初めて話せるくらいには」


 なんて付け加えて。


「小沼はどう思ってるか知らないけど?」


 流し目でこちらを見る。


「お、おう……」


 堂々とした吾妻ねえさんと比較すると、驚くほど情けなくおれはなんとかあいづちを打つ。


 おれの隣では、市川がにひひと柔らかい笑顔を浮かべていた。


「そうなんだ、結構コヌマと仲良いやつ多いんだな」


 ハザマがそんなことを言う。


「英里奈もやけに仲良いみたいだしな?」


 おれの裾を掴んだままそんなやりとりをぽけーっと見ていた英里奈さんは突然話を振られて、


「うぇ?」


 と首をかしげる。


 ……英里奈さん、作戦のこと覚えてます?

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