第3曲目 第44小節目:ワールズエンド・スーパーノヴァ

「……それは、学園祭の時に出来ないと言ったはずだけど?」


 有賀ありがさんは、『amaneをバンドとしてデビューさせていただけませんか?』という質問に対して怪訝けげんな表情になる。


 だが、それはさすがに予想の範疇はんちゅうだったのだろう、吾妻あずまはたじろがない。


「はい、分かっているつもりです。ただ、完全に『ない』ってことを認識しないと、ずっとその可能性を考えてしまうかもしれないなって。多分、あたしがまだ理解しきれていないところがあるんです。それが残ったままだと、いつまでも変なところでねばっちゃいそうなので……」


「なるほど……それは正論かもね」


 ふむ……、と有賀さんは小さくため息をついて、聞く姿勢しせいを作った。吾妻はそこに対して質問を繰り出す。


「たとえば……あたしとしては、この方法は絶対に選びたくないのですが、小沼おぬま天音あまねが恋愛関係でなくなれば、バンドとしてデビューできますか?」


「吾妻……」


 その眼差まなざしに、おれは横で圧倒あっとうされる。


 有賀さんも吾妻の真剣さをみ取ったのか、うなずいて、神妙に答えた。




「そうですね。二人が恋愛関係でなくなるだけでは、デビューはさせられません」




「そう、なんですか……」


 理解しようとする吾妻に有賀さんは続ける。


「あの時、私が小沼君に聞いたのは、『あなたにとって、市川いちかわ天音あまねは、なに?』だったはず。私が聞きたかったのは、持っているのが恋愛感情かどうかではなかったの。結果的には恋愛感情だってそういう答えだったから、もうそれ以前でNGという感じだったのだけど……。でも、バンドとしてデビューさせられない理由は他にある」


「それは……?」


 吾妻がすがりつくような目でみあげると、有賀さんは目を閉じ、うなり始める。



「んん……、これは伝えるべきなのかな……」



 ぶつぶつ言ってから、ちらとおれたちを見た。


「……でも、前に進もうとしているんだもんね」


 と、つぶやいてから背筋を伸ばす。


「最後まで聞いていただく前提ぜんていで、問題点をまず、はっきり言いますね」


「はい、お願いします」


 吾妻は真剣な顔で見返す。




「……すごいこと言いますよ? ひどいこと言いますよ? 心の準備、大丈夫ですか?」




「「は、はい……」」


 あまりに念を押されるのでかえって怖くなる。ゴクリと唾を飲み込んだ。


 おれたちの神妙な顔を見て、有賀さんも覚悟を決めたように口を開く。







「天音さん以外のメンバーは、全員不要です。現状、『バンドamane』よりも『シンガーソングライターamane』の方が価値があります」





「……!」


 みぞおちを強く押されたような感じがする。


 全否定だ。あまりのことに、声が出ない。


 魔王戦などと揶揄やゆしていたが、これはそれ以上かもしれない。


 ……でも、ここで倒れるわけにはいかない。倒れたら、ゲームオーバーだ。


「それは……どうしてでしょうか? おれたちの演奏技術が足りませんか?」


 こらえて質問をするおれの姿を見て、有賀さんは真剣な顔でうなずきを返してくれる。この人は決して、おれたちを傷つけるためにこれを言っているわけではないのだろう。


「結果的には、それもあります。だけど、天音さん自身も演奏技術がすごく高いとは言えないから、それは自体は理由ではありません」


「それじゃあ、どうして……?」


 吾妻がなんとかやっと口に出す。


「では……そうね。学園祭のアンコールの曲、あの曲、なんて言ったっけ……」


「『あなたのうた』ですか?」


 おれにとっては、曲順を思い出すまでもない。


「そう、その曲。あれは天音さんが一人で作った曲なんですよね? あの曲について、どう思っていますか?」


 その質問に対してはまず、吾妻が答えた。


「すごくいい曲だと思います。曲自体もキャッチーだし、歌詞にも情景があります。amane……天音の今の感情が生で反映されていると思います」


「なるほど。小沼君は?」


「そうですね。思いもこもっているし、あれはずっと曲が作れなかったamaneの3年ぶりの新曲で……」


「たしかにそうですね。……他には?」


 片眉かたまゆをあげて質問を重ねてくる。


「他には……わからないですけど、とにかくあの曲が好きです」


「……おれもです」


 おれと吾妻の答えを聞き、ふう……と息をつく。


「……そこです」


「はい?」




「『あの曲がどうやったらもっと良くなるか』ということが、あなたたちからは一切出てこない」




 おれはぞくっとして、息を呑む。


「小沼君は、あの曲が出来てから発表するまでの間に、何かあの曲がもっとよくなるように提案をしましたか?」


「……アレンジを、しました」


「アレンジ、ね……。弾き語りで出て来た曲のコードをそのままに、ありきたりなベースラインと一般的なエイトビートのドラムパターンをつけたことをアレンジと言うのなら、そうかもしれません」


「そんな言い方……!」


「吾妻さんは、」


 食ってかかろうとする吾妻を有賀さんが制した。


「……吾妻さんは、あの歌詞が出来てから発表するまでの間に、歌詞について提案しましたか?」


「い、いえ、歌詞は本番で初めて聴いたので……」


「なるほど。それはそもそもマネージメントするのであれば、ありえないことですね。……まあ、学園祭のバンドにそんなことを求めるのはさすがにおかしな話だけど。でも、じゃあ、歌詞を事前に聞いていたとして、あなたはその歌詞に何か指摘を出来たと思う?」


「それ、は……」


 吾妻はうなだれながらも、正直な言葉を吐いた。


「出来なかったと思います……。あたしが、amaneの作った歌詞に何かを言うことなんて……」


 有賀さんは頷いてから、


「私のもとに一番最初に届いた『わたしのうた』のデモ、聴いてみて」


 そう言って、スマホを取り出す。


 クラウドに上がっているのか、……それともスマホにずっと入っているのか。


 そのスピーカーから『わたしのうた』の原型デモが流れた。


 すると、そこからは。


「これが……?」


* * *

ねえ、自分にしか出来ないことなんて たった一つだってあるのかな?

私にはそんなことが全然分からない

ねえ、かけがえのない存在なんてものは たった一つだってあるのかな?

かけがえない存在だと言ってくれる人と出会えないかもしれない


私は何にも持ってないから自信がなくて

私には自信がないから勇気がなくて

「そばにいて」ってそんなことすら言えないまま


痛みとか傷を避けて歩いてたら いつの間にか大切なものから遠ざかってた

それはきっと大切なものの近くにいるのが 一番いたいからなんだろう


これが、わたしのうた


* * *


 あまりにも短い、まさしくデモという感じの音源が流れた。



「これが天音さん一人で作った『わたしのうた』です。言ってしまえば、ただの小娘の弾き語り。14歳の女の子の日記帳に書かれた落書きみたいな歌詞。これをこのまま音だけ綺麗にして、伴奏をつけて、それでもamaneは、あなたたちの心を掴んだかな」


「それは……」


 もはや判断が出来ない。だけど、とにかく、今持っているのとは違う印象を受けたことだけはたしかだ。


「だけど、私や、当時のディレクターは、この音楽の奥に、光るものを感じた。これも、すっごく月並みな言い方だけどね……。それを、同じように可能性を感じたプロたちが協力して、あの形にしたってわけ。まあ、日本中で大ヒットしたわけじゃないから、それがどれくらいの成功だったのかはわからないけど……」


 おれはその説明が入ってこないくらいに、唖然あぜんとしていた。


「もちろんこれから3年以上が経っている今、特に10代の3年間ですから、この当時よりも天音さんが圧倒的に成長しているということはわかります。でも、天音さん一人の実力には、当たり前だけど限界がある。それは彼女にどんなに才能があっても、です。なのに、天音さんの音楽が完成しきったものだって前提であなたたちは聴いてしまっている。信じてしまっている」


「そう、ですね……」


 もう、うなずくことしか出来ない。


「バンドっていうのは、一人では出来ないこと、考えつかないようなこと、起こりえないことを協力して作って、高め合っていくことに意味がある」


 そしてもうとっくにノックアウトされているおれたちに、それでもまだ有賀さんは大切なことを真っ向からぶつけてくる。




「つまりね、バンドを組む相手として、信者ほど意味がない人っていないのよ」




「信者……」


 その言葉が強く、鋭く胸に刺さった。


 分かっていたはずなのだ。自分たちがamaneの信者だということは何度も口にしているし、自覚も十二分じゅうにぶんにあった。


 だけど、それが、バンドにとってマイナスになるかどうかについて、おれはなんでこれまで考えなかったんだろう。



「じゃあ……あたしが、天音の作ったものにケチをつけろっていうことですか……?」


 吾妻が食い下がる。


 だけど、おれにも、きっと吾妻にも、それが違うと言うことくらいは分かっていた。


「あなた、分かっていて聞いているんだね……。天音さんの言うことを否定すればいいかというともちろんそれは違う。だけど、少なくとも天音さんを『崇拝すうはい』している限りは、天音さんが出したものが上限であり、それ以上のものをあなたたちが天音さんに提案することは出来ないということです」


 そりゃそうだ。


 おれたちは、疑うこともしないし、芸術という評価軸が曖昧あいまいな世界において、自分の案の方が良いと言えるその自信だって持ち合わせていない。


「それじゃあ、やっぱり、天音は、あたしたちなんかじゃなくて、有賀マネージャーがデビューさせてくれた方が……」


「吾妻」


 おれは吾妻の言葉を遮った。


 ……もちろん、吾妻の言おうとしていることは正しいとおれも思う。


 有賀さんがマネジメントしたamaneこそ、間違いなくおれたちが求めているかつてのamaneなのだから、やっぱり有賀さんにたすすべきだと思う。


 だけど、それじゃだめなんだ。


『おれが、小沼拓人が作った曲に、吾妻由莉が歌詞をあてて、そこに波須沙子がベースを弾いて、市川天音が歌って、それで、初めてこの曲になるんです』

『他の誰にも渡すわけにはいかない、おれたちの、おれたちだけの音楽なんです』


 その可能性は、あの日おれがつぶした。大見得おおみえを切ったんだ。


 だったら、もう。


「おれたちは、バンドでデビューするためにここに来ている」


「……ごめん、小沼」



 言ってはいけないことをなんとか飲み込んだおれたちを見て、有賀さんはうなずく。




「……失礼。かなりきついことを言った自覚があります。……それでね、最後にこれがすごく大事なのだけど」


 そう言って有賀さんは前かがみになる。


 相変わらずちっとも柔らかくない、むしろこれまでよりも真剣な眼差しで。




 だけど、これまでで一番希望のある言葉を告げた。




「『キョウソウ』はすごく良かった。あの曲でなら、あの歌詞でなら、再デビューさせたいと思うくらい。……ゴーストライターだなんて、反則中の反則を頼みたくなるくらい」




「曲名、覚えててくれたんですね……」


 先ほど有賀さんは『あなたのうた』の曲名はまったく覚えていなかったはずなのに、『キョウソウ』の名前はすっと出て来たことに、おれは驚く。



 有賀さんはもう一度だけしっかりうなずき、言葉を続けた。




「だから、考えてみて。『amane』が『シンガーソングライター』じゃなくて、『バンド』になるためのヒントは、きっとそこにある」

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