第2曲目 第2小節目:スタンドバイミー

 市川から音楽部合同合宿とやらの電話をもらった三日後。


 重いリュックと小さめのスーツケースを引きずって、朝7時半に高校の正門前に到着する。


 朝5時起きでしたよ。こんなに早く起きたの、中学の時の吹奏楽部の合宿以来かも知れない。


「うおお……」


 そこには既にたくさんの生徒が集まっていた。


「小沼じゃん! おはよ!」


 肩をぱしん、と叩かれた。


 その叩く力の強さでもう誰か分かるってなもんです。ていうかちょっと強いです痛いです。


「おお、吾妻、おはよう」


 振り返って挨拶あいさつを返すと、吾妻ねえさんは満足げに頷く。なんだか素っぽい笑顔がまぶしい。


「小沼、ロック部で参加?」


「うん、そうなんだが……なまらひと多いな」


 おれはビビりながらそう口にした。


「なまら……? んん、まあそうだね。別の高校の音楽部とやるよりはいいでしょってことで、音楽できる合宿所を貸し切るために、武蔵野国際ムサコクの2大音楽部を合同でやるからね。あたしたち器楽部40人くらいと、ロック部30人くらいかな」


「すげえな……」


 ほえーと感心していると、ロック部新部長市川が近づいてくる。


「あ、小沼くん、ちゃんと来てくれた! 由莉もおはよー!」


「おはよう」「おはよ!」


 ていうかおれ、ちゃんと来ないと思われてたの?


「というか、今思ったら、私、去年も由莉と一緒に合宿行ってたんだねー」


「そうだよ! あたしはamane様のことちゃんとずーっと見てたけど……。お風呂でも、寝る前のパジャマも……ね?」


 いや、吾妻ねえさん怖いわ。『ね?』じゃねえよ。吾妻はamaneのことになるといつも怖い。どうかしてる。……え、パジャマだって?


「あははー……なんか、目が怖いね?」


 ほら、amane様も引いてるじゃん。……パジャマだって?


 吾妻同様に怪しく光りそうになる目をなんとかおさえているとそこに、沙子とはざまと英里奈さんもやってきた。


「ゆりすけ、拓人、市川さん、おはよ」

 沙子は相変わらず金髪で、ベースをかついで、ガムをくちゃくちゃさせている。そういうの不良と疑われるからやめなさいな。


「コヌマ、アマネ、ユリ、おは」

 はざまは相変わらず平たい野球帽を被って、つばに変な金色のシールを貼ってる。ダンス部男子かよ。(事実)


「たくとくん、天音ちゃん、ゆり、おはよぉー!」

 英里奈さんは相変わらずふわふわのツインテールだが、テンション上がってるのか、サングラスをひたいの上にすちゃっと装着している。リゾートかよ。かけろ。


 何はともあれ、これでみんな集まったね。勢揃い!


 …………いやいや!


「なんで英里奈さんいんの!?」


 ついつい大声が出る。


 すると、英里奈さんはむふふーと変な笑い方をして、


「実は! えりなはロック部に入部したんだよぉー!」


 パンパカパーンみたいな擬音と共にウィンクをかましてきた。


「え、いつ?」


 まさかの事実に呆気あっけにとられておれがふぬけた質問をすると、


「えっとね、入部届は、たしか球技大会の日に受け取ったかなあ」


 市川部長が横からけろっと答える。


 え、それってもしかして……。


「だから、小沼くんよりもロック部員になったのは早いね」


 ですよね!


 あははー、と市川が笑う。


「たくとくん、えりなの方が先輩だよぉー? 敬語使うー?」


 ニヤーっと英里奈さんが高圧的に言い放ってきた。


「まじですか……いや、敬語は使わないですけど……」


「いや小沼、まんまと敬語使っちゃってるから」


 はっ。吾妻にツッコまれて気づく。


「そういえば、英里奈、何の楽器やるの」


 おれも気になっていたことを、沙子が英里奈さんに質問してくれている(多分)。


「えりなはねぇ、チェリーボーイズのマネージャー!」


 胸を張って英里奈さんが言う。おれはついつい目をそらしてしまう。


「はあ……」


 そういうのありなの、と沙子とおれが市川部長を見ると、


「んー、まあ、める理由はないかなって」


 可愛く苦笑いをされてしまった。


 まあ、運動部にもマネージャーいるもんなあ、となんとか納得してうなずく。高校生の校内バンドのマネージャーの仕事が分からないけど。


 それ以上に、チェリーボーイズを女子がマネージメントするというなんというか、なんかの隠語みたいな構造どうにかならんのですか。


 頭の中で変なこと考えそうになっていかんいかんとかぶりを振っていると、英里奈さんは突然おれのみみみ耳元にくいっとくくくく唇を近づけて、


「本気で『恋』するって決めたから、この合宿絶対来たかったんだよぉ」


 と言う。


「だから、たくとくん、協力してねぇ?」


 パッと離れた英里奈さんを見やると、小悪魔さながらに、ふひひーと不敵に笑っている。


 なに、おれ、また協力すんの? 同盟は終了したのでは?


 ……もうだまさないでね?


 いつの間にか復活していたおれと英里奈さんの同盟(ただし目的は『愛』から『恋』へシフト)に思いをはせていると、


「……拓人、ニヤニヤしててキモい」


「……小沼くん、ちょっと会わないうちになんか、充実してるね?」


 おれのバンドメンバーが口々に嫌味を言ってくる。に、にやけてなんかないもん!(可愛くない)


 二人のジト目になんだか居心地悪く身をよじっていると、向こうからメガネの男子が近づいてきた。


「由莉ちゃん、そろそろみんな集まったし指示してー」


 吾妻に話しかけてくる。


「あ、ゆたか。おっけー、すぐ行く」


 ゆたか……?


 ああ、この人器楽部のドラムの人か! 吾妻と一緒に帰る時に器楽部の部室前で待ってたら出てきた人。確か名字は大友おおともくん。


 大友くんは意味ありげにおれにニコッと爽やかに笑いかけた後、吾妻を連れて器楽部軍団がいる方へと歩いていった。

 

「よし、じゃあこっちもやりますか! ロック部集合!」


「うーい」「はいー」


 市川部長の掛け声と共に、おれたちは、機材の積み込み作業を始めた。

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