第1曲目 第53小節目:チェリー
「明日から夏休みですが、高校生らしい節度を持った行動をお願いします」
校長か教頭か生活指導担当か。とにかく教師がそんなことを壇上で言い、終業式はお開きとなった。
その瞬間、ロック部員と思われる生徒たちがトコトコと走って体育館から出ていった。おれもそれに従う。
急ぐのには理由がある。
あまり準備に時間がかかると、観客たる生徒たちが帰ってしまう。
だが、舞台設営、音響の設置、ドラムやアンプの運搬など、やることは結構盛りだくさんなのである。
これを1時間程度で行わないといけない。
おれも、市川からこれを聞いた時には驚いた。
「小沼くんは多目的室で、ミキサーの設置よろしく」
「おう」
体育館から出る時に、新部長・市川からそう指示を受ける。
何気に進学校である武蔵野国際高校では、2年生の後半に部活を引退することが多い。
ロック部にも、推薦で大学が決まっている人など、続けている3年生もいるが、
兼部がほとんどのロック部において、ロック部にだけ所属している市川が自然と新部長になったということらしい。
今回のロックオンが市川が部長として迎える初めてのライブ。
それはいいのだが、そのせいで……。
ロックオンの会場である多目的室に着くと、事前に準備されていた、大きく『タイムテーブル』と書かれた模造紙が入り口に貼り出されるところだった。
『13:15〜13:25 EUROPEAN MUAY-THAI GENERATION』
『13:25〜13:35 AndyHayashi』
『13:35〜13:45 NIGAKKI NO OWARI』
などしょうもない出演バンド名と時間が連なるリストの一番下に、大トリを務めるバンドの名前が刻まれている。
『14:55〜15:00 amane』
「おれ、amaneになっちゃったよ……」
つい、そうぼやいていた。
* * *
天音『みんな、大変だよ!』
市川がLINEで『プロジェクトamane様』にそうを声をかけてきたのは、球技大会の翌日の夜のことだった。
由莉『どうしたの?』
天音『今日、ロックオンの出演順を決める会議があったんだけど、私たち、大トリになっちゃいました!』
波須沙子『え?』
「は?」
リビングでスマホを見て、つい声が出る。
(ちなみに、沙子は、文字上ではしっかり疑問符をつけることができる。)
「たっくんどうしたの?」
由莉『すごいじゃん! おめでとう笑』
波須沙子『え、うちら一曲しかないけど』
天音『ごめんね、私が部長になって最初のライブだから、そういう風習があるみたいで…』
由莉『なるほどねー』
風習とかあんのかよ……。
お前らロック部なんだろ、反体制だろ。風習なんかにとらわれてんじゃねえよ。緊張するだろうが。
天音『でね、もっと大変なことが……』
波須沙子『何?』
天音『私たち、バンド名が決まってないんだよ!』
由莉『あー笑』
波須沙子『たしかに』
たしかに。
いつぞやどうするか話し合ったものの、決まらないまま放置にしていたんだ。
天音『それでね、私考えたんだけどね』
由莉『ん?』
波須沙子『ん?』
そこで、市川がとんでもないことを言う。
天音『もしみんなが大丈夫なら、amaneっていうのはどうかな?』
「は!?」
「たっくん、うるさい!」
ついつい大きな声が出て、テレビを見ているゆずが文句を言ってくる。
由莉『えええええええええええええ』
波須沙子『まじ?』
何かおれも反応しないと……。
小沼拓人『なんでだ?』
天音『あ、レアキャラ小沼くんだ笑』
いや、そんなこと言ってる場合じゃなくて。
天音『今私たち、小沼くんの作曲も、由莉の作詞も隠して、私の曲として歌おうとしてるけど、嘘つくのはなんだかなあ、と思ってて』
はあ……?
由莉『うん? それで…?』
天音『バンド名をamaneにしちゃえば、作詞・作曲:amaneでも嘘つかないで、私の曲みたいに見えるでしょ? バンドで作詞も作曲もしてますって風に』
「おお、なるほど……」
波須沙子『市川さんは、それでいいの?』
天音『もちろん!』
「いや、だとしても……」
「うるさいっていうより、一人で喋ってんのマジキモいから……」
由莉『いや、あたしはバンドメンバーじゃないんだけど笑』
そうですよ。
天音『いや、こうしたら由莉も隠れメンバーってことでメンバーに出来るかなって! 326みたいな!』
「さんにーろく……?」
おれが、はて、と首をひねっていると、
「……よくわかんないけど、ミツルのこと言ってる?」
と、ゆずが助け舟を出してくれる。
「みつる?」
「
「じゅーく? ああ、あのゆずみたいな人たち?」
「ゆずと
何怒ってんだこいつ。お前がおこるとややこしいだろうが。
波須沙子『市川さんがいいなら、それでいいけど』
由莉『まじかー、あたし、amaneのメンバーになっちゃったか笑』
小沼拓人『了解』
まじかー、おれ、amaneのメンバーになっちゃったか。
「たっくん、ちょっと、聞いてる? ゆずと19はね……」
* * *
ちなみにそのあと、個別ラインで、『あと、小沼くんロック部員じゃないから、明日入部届け出してね!』という連絡が来た。
なに、沙子はいつの間に入部してたの……?
とにかく、そんなこんなで、おれはamaneというバンドのドラマーになったらしい。
「コヌマ、早くしろよ!」
隣で準備をしていた
「すまん」
いそいそとおれはミキサーの調整を始めた。
準備を無事に終えて、ロックオンが始まる。
おれは、ミキサーの前に立って、音響の調整をしていた。
宅録用のつまみとは少し違う部分もあったが、色々なつまみをいじりまくり、なんとか、ボーカルが聞こえるように調整をする。
バンドごとに音量バランスが違うため、それぞれに合わせてミキサーをいじっていく。
1回だけハウリングを起こして客席から小さく悲鳴が上がったが、そのあとは案外上手く出来ている気がする。
自分で聴いていても、おれが以前観に来たロックオンとは
「小沼くん、ありがとう! めっちゃすごい!」
横で、市川が歓声をあげている。
「あれ、たくとくん、そんなこと出来るのー?」
近くに立っていた英里奈さんまで声をかけてくる。
「え、あ、まあ」
「ふーん、たくとくん、オタクっぽいもんねぇ」
ええ、ここは『たくとくん、すごぉーい!』って言うところじゃないの?
「そしたら、チェリーボーイズは、ボーカルメインでよろしくねぇ」
久しぶりに出て来た
「今日は、健次の声が聞き取れないと、絶対ダメだからねぇ?」
と付け加えて部屋の真ん中あたりへと去って行った。
何? 英里奈さんどうしたの?
ていうか前から思ってたんだけど、英里奈さんはチェリーボーイズのマネージャーかなんかなの?
「惜しいのは、私たちの出番は、小沼くんが音響いじれないってことだよね……」
おれの近くに残った市川が嘆くように言った。
「それは大丈夫だ」
「どうして?」
「おれはドラムで調整する」
「ふーん?」
要するに、この多目的室の音響の問題点は、そんなに広くないところで生のドラムが音を出しているため、ドラムがフルパワーで叩いた時点で、ボーカルやギター、ベースの音をかき消してしまうことにある。
通常、みんながドラムに張り合ってギターやベースの音量のつまみをあげるのだが、ボーカルだけは、マイクが他の楽器の音まで拾ってしまうこともあり、他の楽器ほど単体で音量をあげることができない。
でも、それを改善するのは簡単。
ドラムをフルパワーで叩かなければいいだけの話だ。
ということを、この大音量で音が鳴っているなか説明するのが面倒くさいため、
「とりあえず、大丈夫だから」
と言うと。
市川がスーッとおおおおおおれの、みみみ耳元に唇を寄せて
「頼りにしてるね」
と、そう言ったのだった。
そうこうしているうちに、おれたちamaneの一つ前のバンドが壇上に上がった。
「どうも、チェリーボーイズです」
マイクを通して、
ああ、そうだった。
『おれらのあとに波須のバンドにしてくれ。そしたら、どうやっても見ることになるだろ』と、いつかのスタジオで
沙子は、どこだ……?
そう思って見回すと、フロアの中央あたりのステージがよく見えるところに立っていた。
横に立っている英里奈さんにしっかり腕を掴まれているところを見ると、逃げられないようにホールドされているのだろう。
その少し後ろで、吾妻が2人の姿を見ていた。
「今日は、オレら一曲しか用意してないんだけど、大事な人のために、心を込めて歌うんで、聴いてくれ」
その一曲ってもしかして……?
「スピッツで、『チェリー』」
予想通りすぎる!
おれが心の中で突っ込んでいる間に、ドラムのフレーズから、曲が始まった。
こればっかり何回も練習しているからだろうか。
以前、学園祭で聴いた時の数倍は上手くなっているように聞こえた。
サビを、目を閉じて健次が歌っている。
なんか、なんていえばいいのかわかんないけど。
『チェリー』、めっちゃいい曲だな……。
バンドを始めた人からすると、バンド初心者のための曲みたいな立ち位置になってしまっているこの曲だが、改めて本当にいい曲だ……。
その感動をちゃんと伝えられるチェリーボーイズは、実はすげえバンドなのかもしれない。
上手いとか下手だけでバンドを区別していた頃のおれには、きっと分からなかっただろうけど。
やがて、Cメロを歌い終えた
バックで間奏をバンドが演奏している中。
なんと。
「お前の心がオレじゃないヤツに向いていることは分かってる。だけど、そんなんじゃオレの心は変わらねえ。波須! お前のことが! 好きだああああああああああ!」
は、ちょ、え、まじで!?
ぼっ、と音を立てるように、沙子の顔が赤くなるのが暗がりでも分かった。
観客たちが「ヒョオオオオオオオウ!」「キャアアアアアアアアオ!」みたいな感じではやし立てる。(大丈夫!?)
沙子の隣で、英里奈さんがケラケラと笑っている。その瞳が、照明に反射して、キラリと光ったように見えた。
「うっひゃあ……」
横を見ると、市川が口の前で手を合わせている。
さすがの大天使アマネルも引いているみたいだ。
うん、分かる、あれはさすがにちょっと恥ずかしいよね……。
「いいなあ……」
あ、いいんだ!?
「超いいなあ……」
超いいらしい。
ははは、とおれは苦笑いを作りながら、
『オレ、今回のロックオン、マジかけてっから出らんねぇとかないんだわ』
これに、かけてたんだな。
全く音楽的ではないし、理論もへったくれもあったもんじゃないけれど。
あまりにもまっすぐで、恥ずかしいし、もう赤面するしか出来ないようなパフォーマンスだけれど。
実は、これが音楽なのかもしれない、と、おれは心のどこかでそう思っていたのだった。
「いよいよだね、小沼くん」
「……ああ」
おれはミキサーを離れ、ステージの方へとゆっくりと歩み始める。
いよいよ、おれたちのライブが、始まる。
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