第3曲目 第8小節目:ユートピア

「それじゃ、今日は何やろっか?」


 神野じんのさんからマイクを受け取ってスタジオに4人で入り、準備を終えると、楽器を構えた市川が声をかけた。


「そうなあ……。今度のライブで何やるか次第しだいじゃないか?」


「うん、何やるか先に決めないと」


「はい、あたし書記やります!」


 吾妻あずまがすかさず壁にかかった小さなホワイトボードの前にペンを持って立ち、『スタジオオクタ主催 レコーディング権争奪ライブ!』に向けてのセットリスト決め会議が始まった。


「吾妻、本当にマネージャーって感じだな……」


「へへっ、英里奈えりなと張り合えるかな?」


「吾妻の圧勝だろ……」


 あの人多分、ゲストボーカルで出た以外でチェリーボーイズの活動に何も貢献こうけんしてないよ。(言い過ぎ)


「はい。持ち時間は何分なんだっけ」


「今回は転換別30分だね」


 小さく挙手をした沙子さこの質問に吾妻が答える。


「はい!」


 次は市川が挙手きょしゅ


「はい、市川さん、どうぞ」


「転換別ってことは、演奏とMCだけで30分使えるってこと?」


「そういうことだね。演奏するのは5曲で25分、MCで5分って感じかな」


「そしたら、学園祭ロックオンと同じセットリストがアンコール込みで出来るってことじゃないの」


「そうだねさこはす。えっと、あの時のセットリストは……」


 そう言いながら、吾妻がホワイトボードに曲目を書き出す。


* * *


1.平日

2.ボート

3.わたしのうた

4.キョウソウ

En.あなたのうた


* * *


「最後の『En.いーえぬ』って何?」


「ん、これ? 『アンコール』って意味。もともとフランス語らしくて、そのつづりの頭2文字をとってこうやって書くんだよ」


「「へえー」」


 吾妻先生は豆知識まで持っていた。


「じゃあ、とりあえずはこの5曲でいいんじゃないの」


 沙子がそう言うと、


「あのね、それなんだけど……」


 市川が言いにくそうにまゆをハの字にして小さく手をあげる。




「『ボート』と『わたしのうた』は、一旦封印したいんだよね」




「「ええーーーーー?」」


 抗議こうぎとも疑問ぎもんともつかない声をおれと吾妻の信者2人があげる。


「なんで」


 現状唯一まともな沙子が質問を言語化してくれた。(3文字だけど)


「あのね、今回は、バンドamaneとして正規のルートでデビューを目指すっていう話でしょ? だから、シンガーソングライターの時のamaneの曲を使うのは、なんか違うかなって思って」


「「ああ……」」


 また信者が2人で納得の声をあげる。


 言いたいことはよく分かるし、市川の覚悟も嬉しい。『さすがはamane様です(さすあま)』という感じもする。おれたち、amaneの曲が好きだし聴きたいんですよねーというファン心理もないではないけど、バンドメンバーとしては、大賛成だ。でもおれたち、amaneの曲が好きだし聴きたいんですよねー……。(二回目)


「うん、まあ……分かった。そしたら、新しく、2曲作る必要があるのか」


 おれが渋い思いをなんとか飲み込んで小さくため息をつくと、


「あ、ごめん、あと1曲削りたい曲が……」


 市川がまたかぶせる。


「ん、どれ?」


 吾妻が首をかしげた。


「『あなたのうた』は削りたい、かな。あの曲は、あの日のために作った曲だから、ライブハウスで人に向けてやるものでもないかなって……どうかな?」


「「「はあ……」」」


 市川が困ったように笑うのを、今度は信者じゃない沙子も一緒に声をあげる。


 市川の作った曲全滅じゃん……と思っていると。


「まあ、市川さんがそういうなら、やるわけにはいかないでしょ。どうせ、言うことなんか聞かないんだし、この人。女の子である前にミュージシャンとか言い始めるよ」


 沙子はあきれたように軽く息をつく。


「うん、それもそうだね」


「いや、天音が同意するのはおかしくない?」


 なぜかニコッと笑ってうなずく市川と、それに対する吾妻のツッコミを聞きながら、おれは次のことを考える。『ボート』『わたしのうた』『あなたのうた』がないなら……。


「え、じゃあ、『平日』と『キョウソウ』しか残ってないじゃん」


「あはは、ごめんねー……?」


「いや、まあ、別にいいけど……」


 沙子の言う通り、市川がやりたくない曲をやっても仕方ない。『あなたのうた』については、その内容を知っている今、おれも真顔で叩けるか怪しいし。


「えっと、じゃあ3曲新曲が欲しいところだけど……。天音、新曲は作れそう?」


「うん、もちろん!」


 市川が力こぶを作るような動作と共にうなずく。


「じゃあとりあえず、おれと吾妻で1曲、市川が1曲は確実に作るとして、それからもう1曲は出来そうな方が作るってことでいいか?」


「天音は1人で、あたしと小沼は2人だから、あたしたちが2曲作った方がよくない?」


 おれの提案に吾妻が首をかしげる。すると、沙子がため息をついた。


「甘やかさなくていいよ、ゆりすけ。全部市川さんの開けた穴だから。『ボート』『わたしのうた』はともかく、『あなたのうた』は市川さんのわがままだし、仕方ないでしょ」


「逆に沙子さんは私に厳しすぎると思うんですけど?」


 市川が言葉とは裏腹にちょっと嬉しそうに笑っていると、沙子の顔を見た吾妻が何かに気づいたみたいに、にやーっと意地悪く笑う。


「さこはすは天音の曲が好きだからたくさんやりたいんだよねー?」


 その言葉に沙子が金髪をいじり始める。


「はっ、何言ってんの。責任を持てって言ってるだけなんだけど」


「「へー?」」


 沙子が少し頬を赤らめているのに気づいたのだろう。市川も調子に乗り、吾妻と一緒にニヤニヤと首をかしげる。


 なんだか女子3人で仲良くしているのは結構なのだが、そんな中おれは思うのだ。


 いや、おれの作った曲はやりたくないの……?


「小沼、今はあんたのターンじゃないだけだから安心して」


「おれ、何も言ってませんけど!?」


 スキル《読心術どくしんじゅつ》は今日も健在です……。

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