カルテ271 エターナル・エンペラー(前編) その16

「確かにその顔色の悪いお嬢ちゃんの言う通りだわね。あたいの敏感でセクシーなあんよが冷え切っちゃったわー」


 フードの下からイレッサがルセフィへの賛同の意を表し、一同の緊張をほぐした。


「さっきから疑問なんですけど、一番後ろの方は女性なんですか? それにしては声が低すぎるような……」


「それに彗星が照らしているとはいえ、この暗さで結構距離も離れているのによく私の顔色までわかるわね。怪しいわねあなた、一体何者なの?」


 頭上に疑問符を浮かべるダオニールにルセフィも加わり、せっかく同意してくれたイレッサをよけいなお世話とばかりに攻撃する。


「あまり気にしないでください、皆さん! あれは頭の腐った茶色い大根です! イレッサさんも余計な無駄口を叩かずに静かにしていてください!」


 シグマートが意味不明な返答で一行を煙に巻く。


「なんだかよくわかりませんが……じゃあ、お先にどうぞ、美しいエルフのお嬢さんとその仲間の皆さん」


「あらーん、あたいたちはミラちゃんのおまけだっていうのー、ダンディなのにいけずねー」


「だから黙ってろこのインキンタムシ野郎が!」


「落ち着けシグマート。しかし本当に悪いな。いろいろ教えてもらった上に道まで譲ってもらうとは……」


「お気になさらず、お互い様ですよ……ってうがあああああああっ!?」


「か、風が!」


 和やかな雰囲気で会話中の彼らの元に、突如全てをなぎ倒す威力を持った凄まじい強さの疾風が轟きを上げて襲い掛かった。


「きゃあーっ、あたいの大事なモヒカン頭が滅茶苦茶にーっ! これセットするの意外と大変なのよーっ!」


「んなもんどうでもいいから何とかしてくださいイレッサさん!」


「そんなこと言ってもこれは無理よーっ!」


「す、滑るううううう!」


「小生の手を離さないでください、テレミンさん、フィズリンさん!」


 何の前触れもなく発生した理不尽な自然の暴力に抗えず、その場の7人は持ち主にまとめておもちゃ箱に投げ入れられる人形たちのように、広大な白い斜面を滑り落ちて行く。


「うわあああ! 氷の亀裂が迫って来る!」


「なんでええええええええ!?」


「こ……これはクレバスだ! こういう雪渓や氷河に出来た深い氷の裂け目で、登山中に落下して死ぬ人も多いって話だよ!」


「な、なるほど……ってこんな時に冷静に解説しなくていいですよテレミンさん!」


「ごめんなさい、フィズリンさん……って落ちるうううううう!」


「うがあああああああああ!」


 こうして一同は、一人残らず悪魔の口の如く雪上に開いた大きなクレバスの中に仲良く転がり落ちて行った。

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