カルテ51 符学院の女神竜像 その5
「というわけで、恥をかかされた新郎側は当然のごとく激怒して、なんだかんだあって、先生は哀れにも牢獄に入れられちゃったのよー。先生をかばってくれた二人の姉も一緒にね。全くひっどい話だわー」
「いや、確かにひどいけど、先生が一番ひどいですよ!」
突っ込み体質のソルが、ついに酒臭い息を吐く教師の頭にチョップを入れる。
「ハハハ、それは言えるわねー、そして風前の灯火となった先生たちだったんだけど、牢屋で反乱が起こった隙に、なんとか逃げ出すことができたのよー。でもその時姉さんたちとはバラバラになっちゃったけどね。私はとても親元には帰れないし、祖国に残るのも危険なので、ほとぼりが冷めるまで身を隠そうとして、国境を越えて放浪の旅を続け、ここまで辿り着いたってわけよ」
「凄い! まるで吟遊詩人の唄みたい! とっても波乱万丈な人生ですね、先生!」
何があろうとエリザスの支持者をやめないプリジスタは、瞳を星でいっぱいにしながら感に耐えない様子だ。
「そうなのよー、エロエロよーっ!」
「いや、エロ要素ほとんどないでしょ、今の話! ていうか、故郷を魔竜に滅ぼされて復讐のため後を追ったっていうのは一体どこに行ったんですか?」
「あー、ごめーん、あれって口から出まかせの嘘八百なのよーん。たまたま竜を退治しただけじゃドラマ性が足りないと思って盛っちゃったのよー」
「ひ、ひでえ! 以前感動した僕がバカみたいじゃないですか!」
「ソル、酔っ払いに突っ込んでも無駄というものです」
黙って聞いていたリオナが冷静に彼をたしなめる。
「で、お姉さんたちとは再会できたんですか?」
「そ、それはね、なかなか難しくて、まだ会えないのよー。色々と情報収集しているんだけどね……」
プリジスタの質問に、それまで饒舌だったエリザスが急に歯切れが悪くなる。まるで、聞かれたくないことを聞かれてしまったかのようだ。
「さ、そんなことよりジャンジャン飲むわよー! ソルくん、グルファスト名物ドワーフ走り踊りでもやってよー!」
「出来ませんよ!」
「んもー、ノリが悪いわねー。そんなんじゃ一生童貞卒業出来ないわよー。そんじゃ先生が代わりに脱いで踊るとしますかー」
「なんでそうなるんだよ!? やめてください! てか止めてよみんな!」
「せ、先生の玉のお肌を生で拝めるなんて……ゴクリ」
「残念ながらプリシスタは全く使い物になりませんね。でも、私も歳上女性の裸体はちょっと興味ありますので、このまま経過観察致します」
「ちょっとひどすぎない、リオナ!」
三人組が騒いでいる間に、麗しい女教師は漆黒のローブを脱ぎ捨てると、金色のブラジャーとパンティのみの姿に変貌を遂げた。
「あー、暑かったー!」
彼女が大きく伸びをすると、黄金の二つの果実がぶるんと景気良く揺れる。
「す、凄い……ジュルジュルジュルジュル」
「そこの腐れお嬢様は生唾をすすらないで! あれ、でもそのお腹の蛇に似ているものはなんですか?」
ソルが指摘する通り、あられもない格好で酒をあおる美女の真珠の柔肌の中でただ一箇所、複数の蛇が這いずるごとく、青黒いミミズ腫れのようなうねりが可愛らしいヘソを中心に放射状に伸びていた。
「まるで伝説の魔獣・メデューサですね……」
いつの間にやらエリザスの腹部を真剣に観察しているリオナが感想を述べる。
「な、なんであんたたちがそのことを知っているのよ!」
その言葉に上機嫌でメートルを上げていた女教師の血相が変わり、赤らんだ顔に焦りの色が浮かんだ。その時である。突如彼女の眼球が卵みたいに飛び出したかと思うと頰が膨らみアヒル口となり、次の瞬間床に盛大に嘔吐した。
「せ、先生! 大丈夫ですか!?」
「飲み過ぎただけでしょう、プリジスタ……って、これは、血ですか?」
部屋の絨毯を真っ赤に染める吐瀉物を見て、リオナが形の良い眉をしかめる。
「そういえば僕、聞いたことがあるよ! あまりにも飲兵衛の人が、血を吐いて亡くなることがあるって……!」
「さすがアル中の多いグルファストね……ってそうじゃなくって!」
てんやわんやの学生たちはどうしていいかわからず、戸惑っているのみだった。見る見るうちに顔面蒼白となったエリザスは、まだ吐血しながらも全身がわなわなと震えているようで、「血……血の海……私、血だけはダメなのよ……!」としわがれ声で呻き続けた。
「エリザス先生、しっかりして! これは血じゃなくて赤いゲロよ!」
「それよりも他の先生を呼ぼうよ!……って、今晩は誰もいないんだっけ……」
「私がひとっ走り街まで行ってライドラースの神官でも連れて来ましょうか……って、先生、その髪の毛はいったい……!」
腰を上げかけたリオナが、驚愕に目を丸くする。なんと、エリザスの流れるような金髪が、徐々にその太さを増し、生きているかのように蠢き始めたのだった。
「みんな、あたしの顔を見ないで!」
「見ないでって言っても、どうしたのよ、先生、それ……?」
「危ない、プリジスタ!」
「きゃっ!」
女教師の顔面を覗き込もうとしたプリジスタを、リオナが横から突き飛ばした。しかしその瞬間、運の悪いことに、友達思いの黒髪の少女は、目が合ってしまった。恐るべき魔獣の邪眼と……。
「痛いじゃないのよ、あんた……ってえええええええええっ!?」
振り返ったプリジスタが目撃したのは、服ごと石像と化したリオナの姿だった。
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