カルテ52 符学院の女神竜像 その6
「嘘でしょ、リオナ! これって一発芸なんだよね!? 早く元に戻ってよ!」
動揺しまくっているプリジスタは、物言わぬリオナの身体をあちこち叩きまくったが、拳に返ってくるのは石を叩いた痛みだけだった。
「ま、まさかメデューサが存在したなんて……」
ソルはといえば、あまりの恐怖に両手で顔面を押さえつつ、部屋の隅でガタガタ震えていた。
「そんなのいるわけないでしょ! ここには留年ばかりして自殺した学生の亡霊が出るって噂があって見るのを楽しみにしていたけれど、私は未だに会ったことがないわよ! なんでも成績優秀者の元に妬んで現れるっていうけど……」
「見れない理由は明白じゃんか!」
「なんですって、この世間知らずの童貞が!」
「二人とも、喧嘩しないでそこにある先生のローブを放ってちょうだい! ただし目を閉じて!」
「は、はい、先生!」
憧れの存在の鶴の一声によって我に帰ったプリジスタは、慌てて両眼を固く瞑ると、手探りで先程エリザスが脱ぎ捨てたローブを探り当て、勢い良く放り投げた。
「ブゴっ……! やべえ、首筋に当たって更に吐血しそうになったわ……でもありがとう。これでようやく顔が隠せる……もう目を開けていいわよ」
若干落ち着いた女教師の声で、プリジスタとソルも少しばかり平常心を取り戻し、恐る恐る前を見つめた。血の海に座るエリザスだった者は、お腹は丸出しだったが、いつの間にやら黒いローブを頭の上からすっぽり被り、上半身は全く見えなかった。しかしローブの端からは金色の縄のような生物が時折炎の舌のようにチロチロと蠢いていた。
「ほ……本当にメデューサなんだ……それよりも先生、リオナはまだ生きているんですか!? 元には戻せないんですか!?」
「大丈夫よ、プリジスタ。彼女の生命は保たれているし、あたしの意思で石化は解除できるの。でも、今すぐには出来ないわ……」
「な、なぜ……!?」
「……エリザス先生は、ひょっとしてインヴェガ帝国のご出身ですか?」
ソルがいきなり斜め上の質問を変わり果てた女教師に浴びせる。
「どどどどーしてそんなこと言うのよー!?」
取り繕うのが死ぬほど下手な彼女は、何とか掠れた声で返答した。
「僕も詳しくは知らないんですが、確か帝国では良家の子息や子女は家庭教師をつけて護符魔法などを教わる場合が多いと聞いたことがあります。また、先生は僕の母国の風習についてよくご存知でしたが、インヴェガ帝国と山一つ挟んで隣同士のグルファスト王国は、敵対しているとはいえ、戦争や亡命者などを通じてある意味一番交流のある国同士ですから、ひょっとすると帝国で情報を得たのかな、と推測した次第です」
「な……なかなかやるわね、あんた……見直したわ」
プリジスタが、少しばかり畏敬のこもった眼差しで、諄々と説く少年を眺める。
「あちゃー、鋭いわね、少年探偵くん。その通りよ。ここだけの話だけど、先生はインヴェガ帝国の貴族の令嬢なのよ。先程も話した通り、三姉妹揃って捕まっちゃったところまでは本当だけど、その後送られた先は牢獄なんかじゃなくって……」
「ひょっとして、魔獣創造施設ですか!? さすがにデマだと思っていましたが……」
ソルが驚愕の表情を表に浮かべる。
「あんた、本当に良く知ってるわね……魔獣オタクだったの?」
「もう隠しても無駄なようね。あたしたち姉妹は禁断の生物を生み出す北の果ての魔獣創造施設に護送された。そこで語るもおぞましい様々な人体実験を受け、古来その地に封印されていたと言われる伝説の『悪魔』や、その他の生物と魔術的に結合され、あたしは己の魔眼を見た者を瞬時に石とする恐るべき魔獣・メデューサに改造されたの。もっともあまりにも強力だから、鉄製の仮面を被せられちゃったけどね。また、『インヴェガ帝国の兵士に対しては魔眼を見せてはならぬ』という暗示も植え付けられた。それぐらいしなくっちゃ兵器にならないからね」
「……ひどい、あんまりだわ! ちょっとばかり放蕩娘でアル中で自堕落でずぼらでエロエロだっただけなのに、そんな目に合わせられるなんて……!」
「お願いだからそれ以上言わないで、プリジスタ! 先生なんだか穴掘って潜りたくなってきたわ……」
「よく発狂しませんでしたね……」
「確かにソルくんの言う通り、ほとんどの被験者は精神に異常を来して、心まで魔獣となってしまうんだけど、先生の場合は、まだ元の姿に近い人型の魔獣で、しかも以前から脳髄が半ばアルコールに浸っているような日々を送っていたから、意外と精神的にはそれほどショックを受けず、『仕方ないなあ』って感じで運命を受け入れたの。先生こう見えて、いろいろ魔獣には詳しかったし、たとえ魔獣となっても魔力を上手にコントロールすれば、人間に変身できることも知っていたのよね〜。あー、勉強しといてよかったわー!」
「結構図太い神経と毛の生えた心臓をお持ちですね……」
少年はいささか呆れ顔で表情の見えない相手につぶやいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます