カルテ53 符学院の女神竜像 その7

「ま、そんなこんなで囚われの日々を過ごしていたけれど、姉たち二人は魔竜に改造され、人間の心を失ったという噂話を警備の兵士たちがしているのを聞いたときは、さすがに落ち込んだわ。あたしのせいで無関係の彼女たちが自分よりひどい目にあっているなんて……! 何とか脱出して皆を救おうと思っていた矢先、一頭のマンティコアが油断していた警備兵を殺して大暴れし、牢屋を次々と破壊してくれたので、これ幸いと、先生を含めた大勢の合成魔獣たちはその時大脱走したの。全ての魔獣には、『インヴェガ帝国の兵士を攻撃してはならない』という暗示が埋め込まれているはずだけど、中には暗示にかかりにくい者もいるしね。もしくはまだ暗示が中途半端だったのかしら? とにかく、混乱の渦中を逃げる時に、先生は明らかに二人の姉さんの顔をした二匹の魔竜がそれぞれ飛び立っていくのを目にしたの。『姉さん!』って一所懸命に叫んだけど、彼女たちの耳には届かなかった様子で、空の彼方に消えていったわ」


「……それで、彼女たちを探すため、旅をしていたわけですね」


「ええ、そうよ、ソルくん。姉さんたちを人殺しにさせたくなかったの。もし彼女らを止められず、元に戻せないならば、あたしの手で二人を殺すしかない……! それだけの想いで、何とか鉄仮面を壊し、ガウトニル山脈を越え、エビリファイ連合諸国を転々とさまよい歩いた。そしてようやく姉の一人がロラメットに向かっているという情報を得て、ここ符学院で運命の時を迎えたってわけよ」


「ってことは、学院の庭にあるあれって……!」


「今更気付いたんですか、プリジスタさん。随分前から話の流れ的に明白でしょうに」


「黙れ山猿!」


「もー、すぐにイチャイチャするんだから、二人とも。てなわけで、後は大体わかるでしょうけど、先生は変わり果てた下のエレンタール姉さんを、一時的にメデューサに戻ることで石化した。本当はすぐに石像を破壊してその場を立ち去りたかったけれど、そこまで強力な護符は持っていなかったし、運悪く人に見られちゃって逃げ出せなくなり、しかも符学院の教員に勧誘されちゃって、つい考えてしまったのよ。いくら無力化したとはいえ、このまま姉さんの石像を放置していくことは危険極まりないし、小動物を石化した後ぶっ壊して石化解除して食べる日々にもちょっとうんざりしてたし、ここでしばらく教職をしながら姉さんを監視し、隙を見て破壊しようと思って話に乗ることに決めたわけ」


「なるほど……でも、石化解除できるのなら、なぜリオナをすぐに元に戻したらいけないんですか?」


「先生も解除してあげたいのは山々なんだけど、そうすると、今まであたしが石化した全ての生物が一度に戻ってしまうのよ、わかる、プリジスタ?」


「……そうか、女神竜像までもが復活してしまうのね!」


「ご明察! 先生がもっと早く手を打っておけば良かったんだけど、いざ事に及ぼうとすると、どうしても躊躇しちゃって、今までなあなあで来ちゃったのが悪かったんだけどね……」


「仕方ないですよ、血を分けた大切な姉妹なんですから」


 ソルがやや大人びた雰囲気を醸し出しながら、駄目教師をフォローする。


「あ、ありがとう、結構優しいのね、ソルく………ゲボアアアアアアアアア!」


 やや鼻声になっていたエリザスが、突如体躯を激しくよじったかと思うと、黒ローブの中から再び床に滝のごとく赤いものを吐き出した。


「先生、しっかり! 大丈夫ですか!? 無敵の魔獣パワーで何とかならないんですか!?」


「さ……さすがに魔獣とはいえ、普通の人間よりも寿命が長かったり、少しばかり出血しにくかったり、傷ついた内臓が治りやすかったりする程度で、病気や怪我もすれば、死にもするのよ、プリジスタ……」


 そう呟くエリザスの声は、先程よりもしわがれ、力弱く感じられた。


「くそ、いったいどうすればいいんだ!? こんな時、言い伝えにある……ん!?」


 その時ソルは、日もとうに暮れて墨を流したように真っ黒な窓の外に、凄まじい魔力を放つ、何か光るものを発見し、思わず瞳を凝らした。


(確かあの方向には、何もない校庭が広がっているはずだけど……ええっ!?)


 最初は目の錯覚かと思ったが、草一本生えていなかったむき出しの赤土の地面に、明らかに白い二階建ての四角い建物が出現しているのに気づき、彼は慌てふためいているプリジスタの肩を右手で掴んだ。


「プ、プリジスタ、あれを見て!」


「ちょっとどうしたのよ。今それどころじゃ……って、あれは!」


 ブツブツと文句を垂れながら、ソルが左手で指し示す方に視線を向けたプリジスタも、あまりの衝撃に可愛い瞳を満月のように丸くした。


「「あれは確か、伝説の……白亜の建物!」」


 期せずして両者の台詞が完全にハモり、緊急時にも関わらず二人は同時に頬を赤く染めた。

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