カルテ110 死せる少年 その4

 最初、城門すらない異形の城に戸惑うアルトだったが、壁のとある箇所の前で「クロザリル」と唱えれば入り口が出現することに大いに驚いた。城にはリリカとロゼレム以外にも十数人の吸血鬼が住んでおり、中には女性吸血鬼も5名ばかりいた。全員がリリカに深く忠誠を誓っており、皇帝もかくやというほどであった。彼らのアルトを見る目は一様に冷たく、まるで足元を這う虫けらでも見下ろすかのようだったが、皆表面上は彼を客として扱ってくれた。吸血鬼と違って夜目が利かないため、ロゼレムが苦心して数世紀前のロウソクと火打ち石を探し出してきたが、非常に心許なかった。


「これから先は、食料と燃料ぐらい自分で手に入れなさい。ここでは皆自給自足よ!」と別に自給自足する必要のない女城主に言われたため、アルトは城を出て、薪や松明になりそうな物や、食べられそうな物を探しに出かけた。食欲は相変わらずあまり無かったが、さすがに少しは口にしないと身体を動かせないので仕方がなかった。


 探索には、時々リリカの手下の吸血鬼が付き添ってくれることもあり、有り難かった。イーケプラ島は全体的にゴツゴツした岩で覆われていたが、所々に草が生え、白い花をつけた低い灌木も見られた。月の光の下で輝くその花は、荒涼とした風景の島において、一服の清涼剤のような存在だった。


「その木は蛇のような根を持つため、スネークルートと呼ばれます。ちなみにその白い花はリリカ様のお気に入りなので、摘んでいくと喜ばれますわよ」


 アルトについてきてくれた、セディールという名のややふっくらとした中年女性の外見をした吸血鬼が、親切に教えてくれた。


「へえ、知らなかったです。セディールさんは、この島の生まれなんですか?」


 一見優しげな雰囲気に安心し、つい人外の者の履歴なんぞを聞いてしまったアルトだったが、彼女の冷え切った返事にすぐ後悔した。


「私の生まれ育った町は確かにこの島にありましたが、もう数百年も前の突然起きた火山の噴火に呑まれ、大地の下で眠っております。私はリリカ様のお世話係として、お嬢様の小さい頃からお城に住み込んでいたため、転生後に酷薄な一族を粛清されたリリカ様も、格別の思し召しを持って、わざわざ私めなんぞを闇の一族の末席に加えて下さったのです」


「そ、そうでしたか……」


「ところでアルトさん、良い機会ですから一言ご忠告申し上げますが、決してリリカ様の寝室には近寄ってはなりませんよ。血で血を洗う歴史をその身に刻むお方の真の姿を見ようものなら、一時の気まぐれで生かして頂いているあなたの命なぞ、道端に落ちている枯葉よりも簡単に踏み潰されてしまうでしょうからね」


「わ、わかりました。肝に命じておきます……」


 気丈な少年も、目を光らせた中年女吸血鬼のあまりの威圧感に押し潰されそうになり、うつむいて海鳥の巣なんぞを探すふりをするのだった。



「リリカ様、あのアルトとかいう人間の少年、性懲りも無く居着いておりますが、まだ飼われるおつもりですか?」


 自室でベッドに寝転びながらカード占いに興じるリリカに対し、ロゼレムが問いかけた。多分彼女の機嫌が良いと踏んだのだろう。


「そうねー、最初は面白かったけど、もう飽きてきちゃったし、そろそろあなたのおやつにでもしちゃう?」


「有り難いお言葉ですが、私は今、魔力は十分に満ち足りておりますので、必要ないのですが……」


 ロゼレムは丁重に断る。


「じゃあ、やっぱりこの前のクソ鳥のような非常事態に備えて、いざという時の保存食として置いとく?」


「それも一つの手ですが、この食料の乏しい島で、いつまで生きながらえるものやら、私には予想できないのですが……」


「全然吸血鬼化する兆候もないしね。でも、彼の知り合いにバンパイア・ロードがいるっていうのは厄介よね。もしあのガキんちょに手を出したら、報復してくる可能性もあるし……」


「確かにそうなると人狼の攻撃力もバカになりませんし、面倒極まりありませんね。いっそのこと、私から、彼に出ていくようにはっきり申し渡しましょうか?」


「でもあの頑固者がそれぐらいで島を去るとは思えないわね……よし、あたしに良い考えがあるわ!」


 急にリリカは古いカードを放り出すと、忠臣ににんまりと微笑みかけた。


「この作戦で居候には穏便にお引き取り願いましょう!」

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